やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 現在,口腔がんは,世界的な傾向として増加し続けています.日本もその例外ではなく,口腔がんの罹患率,死亡率は年々高まっており,さらに女性や若年層の患者も増加傾向にあります.口腔がんは患者自身では気づきにくく,二次医療機関に来院するころには,発症から時間がかかりステージが上がっている事例が多々見られます.来院経路を見ると,紹介は歯科医師からが6割,医師等が1割であり,その他3割が患者自身の意思で受診していることが判明しました.この患者自身のうち8割がかかりつけ歯科医師にかかっていたという報告があります.さらに歯科医師から指摘されていたにもかかわらず,紹介するまで長い時間を要し,抜歯等を行っていたなどの事例も散見されました.これらは一次診断の遅延ともいえるものです.
 口腔がんの第一発見者となりうる最大の存在は,開業歯科医師です.しかし,検診の必要性を認識しても,実施できない事情がそれぞれにあるのも現実です.この実態を踏まえ,何が問題かを抽出し,多くの歯科医院で可能なようシステムを提示することが必要ではないでしょうか.「がん」をチェックする不安などのハードルを下げ,ファーストゲートである開業歯科医師の検診についての意識を高め,口腔粘膜も診ることができ,一口腔単位で患者管理ができる歯科医師を養成することが,口腔がんの早期発見に寄与すると考えました.
 本書は単なる『how to検診』に留まっていません.がん患者さんの歯科治療についても言及し,周術期口腔管理まで含めています.また,口腔内を診るのは歯科医師に限ったことではなく,歯科衛生士の責務も重要です.歯科衛生士に知っていて欲しい口腔粘膜の知識,口腔ケアのことについても加筆しました.
 歯科医院,歯科医師会に是非一冊座右の書として置いていただき,日常診療に役立てていただければ幸いです.口腔粘膜を含めた一口腔単位で管理できる歯科医師等の職域の保全も筆者らの願です.
 『口腔がん検診』の必要性を2000年初頭から提言し地域歯科医師会で果敢に実践し,現在でも継承させている浅野紀元先生にもこの企画に加わっていただきました.先生は,開業医の立場から口腔がん患者に接し,忸怩たる思いをしたご経験を熱く語られていました.本書の執筆中に急逝されましたこと,大変に残念であります.先生の志を受け,多くの同僚歯科医師が口腔がん検診に感心を持ち,実践することを心から願う次第です.本書を完結し世に出版することが残された有志の責務と感じています.
 この書を有志の一人,浅野紀元先生に捧げます.
 2013年9月
 柴原孝彦
Prologue 口腔粘膜は歯科医師の専門領域(柴原孝彦)
I 口腔がん〜その見つけかたと対応
Step1 口腔がんじゃないか?―患者の異変に気づいたとき
 (1)知ってほしい基礎知識(野伸夫)
  1. がんは遺伝子病
  2. 遺伝子を障害する因子
   1)化学因子
   2)物理因子
   3)生物因子
   4)習慣因子
   5)遺伝因子
   6)年齢因子
  3. 検診に際して
   1)口腔の範囲
   2)口腔粘膜の特徴
    (1)咀嚼粘膜(歯肉,口蓋) (2)特殊粘膜(舌)
    (3)被覆粘膜(口唇,頬,舌下面,口底,軟口蓋,歯槽)
  4. 口腔がん患者とがんの好発部位
  5. 口腔がんのTNM分類
   1)原発腫瘍所見
   2)リンパ節触診所見
  6. 病期分類
 (2)異変に気づくきっかけは(片倉 朗)
  1. 口腔内に現れる病変から
   1)色で見分ける
   2)形で見分ける
   3)大きさで見分ける
  2. 患者の訴えから
Step2 口腔がんが疑われる場合の検査とその進め方―開業医でもここまでできる
 (1)口腔がん検査を行ったほうがよい?―基準と見きわめ方(長尾 徹)
  1. 口腔がん検査に進んだほうがよい場合
  2. 経過観察ないし他の疾患を疑う症例
  3. 一見異常と見られる正常組織
  4. 鑑別診断について
   1)口腔前がん病変の臨床的特徴
    (1)口腔白板症 (2)紅板症(紅板白板症) (3)口腔扁平苔癬
   2)口腔がんと良性腫瘍との鑑別診断
    (1)歯周病と歯肉がんの違い (2)歯肉に発生する腫瘤性病変との鑑別
    (3)歯肉以外の口腔粘膜に発生する良性病変と口腔がんの鑑別
    (4)慎重な病状説明―専門機関への紹介―その後の対応
 (2)検査の考え方(関根浄治)
  1. 口腔がんと歯科医療現場の現状
  2. 口腔を構成する細胞の特徴
 (3)検査におけるデンタルスタッフの役割分担(関根浄治)
  1. 歯科衛生士の職務
  2. 何かおかしいと感じることが大切
 (4)患者にどのように検査を促すか(関根浄治)
  1. 検査の目的
  2. インフォームドコンセント(説明と同意)
 (5)検査の種類と特徴(関根浄治)
  1. 専門機関での一般的な検査法
  2. 開業歯科医院ではどうするか?
  3. 病理診断
  4. 口腔細胞診
  5. 細胞診は病理診断とどこが違うのか?
  6. 細胞診の対象疾患
  7. 細胞診,問題点と危険性?
 (6)検査の実際(関根浄治)
  1. 口腔外の視診
  2. 口腔外の触診
  3. 口腔内の診察
   1)口腔内視診のポイント
   2)口腔内触診のポイント
  4. 細胞診の実際
Step3 診断後の専門機関との連携の取り方と患者のアフターケア
 (1)がんの疑いがある場合の患者への説明の仕方(杉山芳樹)
  1. かかりつけ歯科医における具体的な説明の方法
  2. がん告知に対する患者の精神的反応
  3. 専門機関における告知の考え方
 (2)専門機関への紹介方法(杉山芳樹)
 (3)専門機関からの返信の理解とその後の対応の仕方(杉山芳樹)
 (4)専門機関での治療の流れ(杉山芳樹)
  1. 治療の流れの要点
  2. 治療の種類
 (5)入院前後の患者に対して歯科医院で行うケア(歯科衛生士が行う口腔ケア)
  1. 入院前─かかりつけ歯科医院で行う口腔ケア(小島沙織)
   1)手術
    (1)歯科医院で行う手術前の口腔ケア
    (2)違いは,そこに「がん」があるということ
    (3)術後の形態・機能の変化を考慮した口腔衛生指導
   2)化学・放射線治療に向けての口腔ケア
  2. 入院中―病院歯科で行う口腔ケア(小島沙織)
   1)手術
    (1)術直後の創部と口腔ケア (2)機能訓練
   2)化学・放射線治療の口腔ケア
  3. 退院後―かかりつけ歯科医院で行う口腔ケア(三條沙代)
   1)皮弁による再建手術を行った症例
   2)上顎がんの切除術を行った症例
   3)化学・放射線治療が終了した症例
  4. 経過観察中の口腔ケア(縣 奈見)
   1)口腔がん術後の口腔ケア
    (1)セルフケアの必要性 (2)舌がん,下顎歯肉がん部分切除術後
   2)口腔ケア時の粘膜チェック
   3)化学・放射線治療後の口腔ケア
 (6)周術期における口腔機能管理・チーム医療と保険診療(片倉 朗)
  1. 周術期における口腔機能管理とは
  2. 保険診療の流れに沿った周術期の口腔機能管理
  3. チーム医療の中での口腔機能管理
II 地域医療における検診システムの構築
A 検診システムの構築と予防
 (1)集団検診と個別検診(長尾 徹)
  1. 集団(対策型)がん検診と個別(任意型)がん検診の違い
  2. 口腔がん検診の目的は早期発見することである
  3. 検診事業の実際
   1)口腔がん検診事業の立ち上げ
   2)検診者のトレーニング
  4. 検診の場における患者教育
 (2)地域における検診プログラム
  1. 広域網羅型の例(杉山芳樹)
   1)広域で行う検診の地域特性と対策
    (1)広域における問題点 (2)アプローチの仕方
    (3)アプローチの効果〜プログラムの実施結果
  2. 都市圏型の例(浅野紀元/大島基嗣)
   1)歯科医師会の体制づくりと方針決定
    (1)検診事業立ち上げ当初の問題点 (2)アプローチの仕方
    (3)地区歯科医師会の事業として行うにあたって必要な要素
   2)事業推進に必要な要素(1)―広報活動
    (1)問題の把握―住民の意識調査 (2)アプローチの仕方
   3)事業推進に必要な要素(2)―内部研修
    (1)問題の把握―軟組織疾患に対する歯科医の認識度の確認
    (2)アプローチの仕方
   4)事業推進に必要な要素(3)―環境整備
    (1)関連医療機関との連携整備 (2)周知活動および学会
  3. 地域密着型の例(関根浄治)
   1)かかりつけ医療機関と連携した口腔病変検出システム
   2)口腔がん個別検診
   3)口腔がん集団検診
   4)他施設における口腔がん検診
  4. 行政と検診システム(千葉光行)
   1)集団検診から個別検診開始への流れ〜千葉県市川市の例
   2)口腔がん早期発見システム全国ネットワーク(NPO法人)の設立
B 訪問歯科で患者に粘膜病変を発見したら
 (1)増える認知症患者の口腔がん(長尾 徹)
 (2)口腔がんになりやすい危険信号(長尾 徹)
 (3)訪問歯科における対応
  1. 高齢者,要介護者に多い粘膜疾患と対処法(片倉 朗)
   1)口腔粘膜の加齢変化とその診察
   2)高齢者,要介護者にみられる口腔粘膜疾患とその対応
    (1)口腔カンジダ症 (2)口腔乾燥症 (3)口腔がん
  2. 患者への口腔ケア・緩和ケア(武藤智美)
  3. 家族に対する指導とケア(関根浄治)
   1)加齢による口腔内の変化について説明する
   2)口腔がんについて説明する
   3)口腔ケアの必要性について
  付 口腔がん検診に向けてのフローチャート(柴原孝彦)
   ・検診実現のための8つのポイント

 さくいん

 COLUMN
  ・口腔がんは増加しているのか?(野伸夫)
  ・目視できる口腔になぜ進行がんが多いの?(野伸夫)
  ・光学機器を用いた口腔がんのスクリーニング(片倉 朗)
  ・通常歯科治療時の患者教育とセルフチェック指導法(柴原孝彦)
  ・診断力を高めるにはどうしたらいい?─見逃してはいけない初期症状のポイントなど─(柴原孝彦)
  ・細胞診専門医(専門歯科医)について(関根浄治)
  ・見落としたらどうしよう(誤診の不安)(杉山芳樹)
  ・歯科衛生士にできること(小島沙織)
  ・がん検診の費用対効果(長尾 徹)
  ・口腔がん患者の受療行動と紹介経路(長尾 徹)
  ・世界に見られる口腔がん(長尾 徹)
  ・震災後の粘膜検診で(杉山芳樹)
  ・見落としたらどうしよう/開業医の立場から(大島基嗣)
  ・次世代口腔がん検診の紹介(柴原孝彦)
  ・「NPO法人口腔がん早期発見システム全国ネットワーク(Oral Cancer Early Detection Network,OCEDN)」の設立(柴原孝彦)
  ・千葉市歯科医師会における口腔粘膜疾患検診への取り組み(藤本俊男)
  ・千葉県がん対策推進計画における歯科の位置づけ(浅野薫之・溝口万里子)