やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

基礎から臨床へ
 創傷の治癒とは,「傷を治す学問」と換言できる.そして,医療とは,「傷を,如何に早く,如何に傷跡を目立たなく,如何に再生させるか」に取り組むこと,と考えられる.歯科医療において,その傷は齲蝕であり,歯周病であり,粘膜病変等である.齲蝕はエナメル質と象牙質の傷である.但し齲蝕は,生体において,再生することのないエナメル質と象牙質を対象にするため,創傷の治癒という概念は当てはまらない.そのため,金属やレジンにより傷を補.し,見てくれを元の形に戻す治療しかなかった.しかし,iPS細胞の出現により,生体外でエナメル質,象牙質を再生させることも夢ではなくなった.
 一方,歯周病は歯と歯肉の間にできた立派な傷である.この傷を治すことは一般医科的な概念では対応できない.なぜなら,硬組織と被覆上皮が接する場所は他にはないからである.如何にエムドゲインを使い,GTRを駆使しても,粘膜上皮が元のようにエナメル質と付着上皮構造を作ることは至難の業なのである.インプラントになれば,さらに大変である.植立したこと自体が傷を作っているわけだから,治癒という概念は当てはまらず,非自己を伴う恒常性の維持という概念が正しいであろう.
 そして,粘膜病変に関しては一般の皮膚の傷と同じと考えてよいが,唾液を介在した環境はその条件を変え,おのずとその特殊性を考える必要がある.
 さて,臨床家の多くは「なぜ治らないのだろう?」という疑問と常に戦っている.その原因は,創傷の治癒を「傷を治す学問」として捉えておらず,「傷は治るはず」という概念にとらわれているからではないだろうか?
 本書は,基礎学者と臨床家が,口腔に起こる「傷を治す学問」について,基礎研究と臨床症例を提示し,討論しつつ問題を解決していく形を取った.少しでも,臨床の先生の「傷は治るはず」の疑問を解く一助になれば,幸甚である.
 平成25年6月
 井上 孝
 基礎から臨床へ
第1章 創傷の治癒総論─基礎から臨床へ─
 1.創傷の治癒の概念
  創傷とは?
  創傷の治癒形式
   1.第一期治癒(一次治癒)
   2.第二期治癒(二次治癒)
   3.第三期治癒(三次治癒)
  具体的な二次治癒
   1.滲出期
   2.増殖期
   3.成熟期
  健康肉芽と病的肉芽
  創傷の治癒に影響する因子
   1.素因
   2.全身的因子
   3.局所的因子
   4.生体材料
   5.その他投与されている薬剤の影響など
  創の洗浄
  デブリードマン
  創傷の治癒後の問題
   1.瘢痕ケロイド
   2.拘縮
 2.末梢神経の重要性と治療
  末梢神経の損傷と再生
 3.血管の重要性と治癒
  血管の構造
  血管内皮細胞
  血管新生とは?
   1.VEGF
   2.アンジオポエチン
   3.エフリン
  膜
  骨
  骨膜
  歯根膜
  口腔粘膜
  口腔粘膜の年齢素因を考える
第2章 なぜ創傷の治癒を学ぶのか?
 1.なぜ創傷の治癒なのか?─歯科医療は創傷の中にある─
  【症例提示】
   抜歯窩の治癒の期間
   抜歯窩の治癒が著しく遅延した一例
   学問と臨床のギャップ
  【病理学の立場から】抜歯窩の治癒阻害
   1:ドライソケット
   2:ビスフォスフォネートによる骨壊死
   3:残留嚢胞(残存嚢胞)
   4:放射線による治癒障害
   5:肝機能障害
  創傷の治癒の過程
 2.なぜ治りが悪い?1─創傷の治癒とバトン─
  【症例提示】インプラント埋入手術と創傷の治癒
  【病理学の立場から】第一走者
  創傷の治癒の流れ─第一走者とは?─
 3.なぜ治りが悪い?2─感染と糖尿病─
  【症例提示】
   埋入後3か月後に腐骨を作って来院した一例
   術後4週間で骨吸収を観察したが,その後自然に安定した一例
  【病理学の立場から】
   糖尿病による創傷治癒遅延の機序
   糖尿病と検査
  最終ランナーへのバトン
 4.口腔内の特殊性─なぜ傷が早く治るのか─36
  【症例提示】
   遊離粘膜移植を行った一例
   セメント質の露出を改善しようとした一例
  【病理学の立場から】
   口腔粘膜の秘密
   口腔粘膜の秘密
  創傷の治癒は結合組織の状態により大きく異なる
 5.病態学的概念と臨床的概念─炎症と創傷の治癒─
  教育のための学問的分類から
   1.病理学成書の炎症
   2.病理学成書の創傷の治癒
  炎症と自然免疫,そして検査
   1.炎症は生体の味方
   2.創傷の治癒も炎症
   3.自然免疫
   4.医師の使命
  滲出応答
   1.白血球(生体の治安維持細胞)
   2.好中球(警察官:巡査)
   3.どうして好中球が増減するのか?
   4.好酸球(特殊警察)
   5.好塩基球
   6.単球とマクロファージ
   7.リンパ球
   8.Tリンパ球のTの意味は
   9.T細胞の判断
   10.B細胞のBの意味は
   11.抗体
  細胞応答へ
  創傷の治癒も炎症
   Column
    炎症の検査
    白血球の白
    臨床で化膿性炎といえないわけ
    気管支喘息の原因は好酸球?それとも好塩基球?
    アレルギー
 6.創傷の治癒を臨床にどのように活かしたらよいか─臨床家が創傷の治癒を考えた治療を行うために─
  創傷の治癒と歯科治療
  臨床で創傷の治癒を考えた治療をどうしたらできるのか?
  【症例提示】
    糖尿病を持つ患者の創傷の治癒を考えた歯科治療
   創傷の治癒を考えた治療を行うために
第3章 痛み,歯周病,根尖病変と創傷の治癒
 1.抽象的な患者の訴え
  臨床で生じる素朴な疑問に対して
  原因歯の特定
  病態の把握
  【症例提示】
   「疲れると腫れぼったく,歯が浮いて,噛むと痛い」
   症例1
   症例2
  【病理学の立場から】
   歯髄と歯根膜の痛み
   急性根尖性歯周炎
   急性から慢性へ
   根尖部の炎症の特徴
  症状とその病態
 2.痛みの閾値と刺激の種類
  原因歯の同定
  病態の把握
  【症例提示】
   「歯肉が腫れぼったい感じがして,そんなとき噛むとつらいのですが…」
   症例1
   症例2
  【病理学の立場から】
   慢性根尖性歯周炎
   成立機転
   歯根肉芽腫と歯根嚢胞
  炎症は侵襲に対する生体の応答
 3.歯根膜の創傷の治癒1 ─歯牙移植─
  【症例提示】
   自家歯牙移植を行い6年経過した一例
   他家歯牙移植を行い17年経過した一例
  【病理学の立場から】
   歯牙移植は別名歯根膜の移植?
   なぜ歯根膜(マラッセの上皮残遺)なのか
  創傷の治癒に参加する歯根膜
 4.歯根膜の創傷の治癒2 ─歯牙破折─
  【症例提示】
   無髄歯の歯根破折の一例
   有髄歯の歯冠部破折の一例
  【病理学の立場から】
   無髄歯は理論的には治らない?
   有髄歯は理論的には治る?
  歯髄の特殊性とその創傷の治癒
 5.歯髄の創傷の治癒─特殊な結合組織・歯髄─
  【症例提示】
   痛みのとれにくかった一例
   覆髄がうまくいかなかった一例
  【病理学の立場から】
   象牙質と歯髄は親子関係(象牙質・歯髄複合体)
   加齢も病気
  エビデンスレスの診断
 6.歯根膜の創傷の治癒─根尖病変─
  【症例提示】
   一般的な治癒の一例
   根端切除術を受けた一例
  【病理学の立場から】
   根尖の特異性は部位特異性
   歯根嚢胞は生体の防御反応の証
  炎症と感染は意味が違う
 7.歯髄炎に至る経路
  原因歯の同定
  病態の把握
  【症例提示】
   歯が痛くて我慢できない
   症例1
   症例2
  【病理学の立場から】 齲蝕と関連しない歯髄炎
   ・上昇性(上行性)歯髄炎
   ・血行性歯髄炎
   ・物理的歯髄炎
  生活歯髄の処置
 8.骨膜の創傷の治癒─炎症と過剰骨造成─
  【症例提示】 下顎隆起および連結冠の周囲骨の増生が観察された一例
  【病理学の立場から】 外骨症も炎症の仲間
  下顎隆起の病理学的考察
 9.歯周炎の創傷の治癒─創傷の治癒も炎症の中身─
  【症例提示】
   著しい崩壊をきたしていた一例
   主にブラッシングにより対応した一例
  【病理学の立場から】
   一つめの応答は侵襲を知らせるもの
   二つめの応答は破壊を治すもの
  自然免疫の力
  【症例提示】
   侵襲としての力を解放した結果,歯周組織が安定した一例
   インプラント周囲炎により大きく骨吸収を起こした一例
  【病理学の立場から】
   力による炎症
   炎症の終末(創傷の治癒)は線維による拘縮
 10.厚い歯肉と薄い歯肉
  厚い歯肉
  【症例提示】歯肉の厚い症例
  【病理学の立場から】
   喫煙習慣が及ぼす影響
   (治りにくく,炎症が再発しやすい)
   厚い・薄いという臨床用語が意味するもの
  歯周病の病態は潰瘍
  薄い歯肉
  薄く軟らかい歯肉の臨床的特徴
  【症例提示】
   患者のセルフコントロールがよかった一例
   患者のセルフコントロールがなかなか定着しづらかった一例
  【病理学の立場から】
   歯肉
   歯間乳頭の炎症
   歯間乳頭の退縮
   歯間乳頭再生の条件
   歯周組織の破壊
  歯間乳頭の再生
第4章 インプラント治療と創傷の治癒
 1.インプラント・組織界面の発生
  インプラント周囲組織の発生
   1.生活反応期の中のインプラント
   2.創内浄化期の中のインプラント
   3.組織修復期の中のインプラント
   4.組織再構築期の中のインプラント
  神経再生とインプラント
  歯周組織とインプラント周囲組織
   1.天然歯付着上皮と口腔粘膜上皮およびインプラント周囲上皮
   2.歯肉結合組織,歯根膜そしてインプラント周囲結合組織
   3.骨組織とオッセオインテグレーション
  インプラント周囲の創傷の治癒に影響を及ぼす因子
   1.理想的な創傷の治癒
   2.創傷の治癒を遅延させる因子
   3.骨が足りない場合
 2.オッセオインテグレーション144
  オッセオインテグレーションは埋入直後から獲得されている?
  インプラント周囲の治癒形態はすべて同じではない
  インプラント周囲の組織はどうなっているのか?
   Column 骨の病態
 3.サイナスリフト
  シュナイダー膜とは?
  骨補填を入れるリスクとは?
  よりリスクの少ない方法は?
 4.GBRで作った骨
   GBRで造成された骨の長期的安定性
  【症例提示】 GBRによって十分な骨が造成され,安定している症例
  【病理学の立場から】 骨再生の科学
  骨の瘢痕治癒
  造成した骨の行く末は
  作った骨は失われる運命にある
  骨造成のリスクを認識した治療を!
 5.移植骨の経過
  【症例提示】
   初期的吸収量の著しかった症例
   初期的吸収量の少なかった症例
   患者の都合により,サイナスリフト後15か月経ってしまった症例
  【病理学の立場から】 骨補填材の条件
  移植する自家骨は細かいほうが有利?
 6.アレルギー反応
  歯科領域におけるチタンアレルギー
  【症例提示】 チタンアレルギーが疑われた症例
  【病理学の立場から】
   多様なアレルゲン
   経口的・経気道的に引き起こされるアレルギー
   金属アレルギーの診断
  チタンはアレルギーを起こさない??
 7.即時埋入インプラントの周囲には何が起こっているか?
  即時埋入のリスクとは?
  抜歯窩の治癒機転から即時埋入を考える
 8.即時荷重の最適な大きさは?
  臨床で広まる即時荷重インプラント
  最適な荷重は何グラム?
 9.インプラント間に天然歯のような乳頭は作れるか?
  【症例提示】
   見せかけ上の歯間乳頭が獲得できた症例
   経年的にクリーピングを起こした症例
  【病理学の立場から】 見せかけの歯間乳頭
  インプラント周囲上皮の炎
  インプラント間の乳頭は退縮する?
  天然歯の歯間乳頭とインプラント間の擬似的な乳頭はどう違うか?
  インプラント間の乳頭は維持できないものなのか?
 10.インプラント治療を改めて考える─創傷の治癒を考えたインプラント治療─
  従来の歯科治療とは異なるインプラント治療
  技術の革新と限界への挑戦?
  高齢者へのインプラント治療
  今後のインプラント治療の行き先
第5章 遺伝子検査,再生医療と創傷の治癒
 1.創傷の治癒・再生総論
  三つのシステム
  古典的再生の概念
  再生の一般原則
  再生の規模
   1.小規模再生
   2.大規模再生
  創傷の治癒・再生の主役(細胞)
   1.絶えず細胞分裂を続け,老衰も死滅もしない細胞
   2.老衰し死滅する細胞
   3.細胞がない組織
  創傷の治癒・再生の方法
  各組織・臓器における創傷の治癒と再生
   1.上皮組織の創傷の治癒と再生
   2.結合組織の創傷の治癒と再生
   3.脂肪組織の創傷の治癒と再生
   4.骨組織の創傷の治癒と再生
   5.筋肉の創傷の治癒と再生
   6.インプラント周囲の創傷の治癒と再生
  歯牙移植(自家)は再生医療のはしり?
 2.創傷の治癒と遺伝子診断
  匠の世界からの脱却
  創傷の治癒と臨床検査
  歯科における遺伝子検査
  遺伝子治療の可能性
 3.創傷の治癒と再生医療─置換医療から再生医療へ─
  骨形成にかかわる二つの要素
  骨形成細胞の活性化
  形成細胞の誘導
   GTR,GBR
  骨伝導,骨補填材
  エムドゲイン
  荷重と骨の反応
  置換医療から再生医療へ
 4.再生医療の現在
  遺伝子学的再生の概念
  再生組織の生体内での要件
  再生医療として使える細胞の現状
  再生医療で使える幹細胞
  再生医療で使えるiPS
  再生歯牙を作ることの難しさ

 臨床から基礎へ
 創傷の治癒関係著者関連参考原著文献
 創傷の治癒関係著者関連参考総説・解説論文
 創傷の治癒関係著者関連参考単著
 創傷の治癒関係著者関連参考座談会・視覚媒体
 索引