やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序章
 NPO法人ウェルビーイングは,1973年に福岡予防歯科研究会として活動を開始し,2008年には創立35周年を迎えました.35年間の歴史の中で図に示すように活動の内容は多岐にわたり,予防歯科のとらえ方もそれにつれて変わってきました.

「むし歯の大洪水」時代
 会の発足当時は,日本の歴史始まって以来の「むし歯の大洪水」といわれた時代でした.そのころの会のメンバーは,ほとんどが九州歯科大学の学生で,まるで部活のノリで活動を開始しました.幼稚園を訪ね,熱っぽくむし歯予防の必要性を訴え,一つまた一つとフッ化物洗口施設を増やしていきました.予防効果はすぐに現れ,予防への確信をもつとともに洗口施設をさらに拡大していきました.当時は,う蝕を健康の対極におき,二元論的に健康と疾病をとらえて活動に取り組んでいました.

臨床予防歯科を始める
 1979年になると,メンバーの診療所を利用して臨床予防歯科を開始し,その際,二つの命題を設定しました.一つは,フッ化物洗口による集団への予防歯科より高い効果を得ることができるかどうか,もう一つは,経営的に成り立つかどうか,ということでした.もちろん,日本に臨床予防歯科の実態などなく,試行錯誤で進めていきました.システムが完成した1980年代中頃には,集団での予防よりはるかに高い効果が得られるとともに,経営的にも予防歯科が成り立つことが確認できました).
 歯周病の予防の可能性もみえてきて,子どもたちを連れてくる母親の要望もあり,1989年には成人の予防歯科のプログラムを開始しました1).
 長期にわたり定期的に口腔内を観察することで,疾病と健康のとらえ方も変わってきました.すなわち,病気と健康は連続性のある関係で,う蝕にたとえると,脱灰と再石灰化が恒常性のメカニズムのもとで揺らいでいるという考えに至りました.

ヘルスプロモーションとの出会い
 この頃,会のメンバーの中にとまどいが出てきました.当初の目的はほぼ達成した,会としてほかにやるべきことはあるのか?という疑問です.その頃出会った新しい考え方がヘルスプロモーションでした.健康を疾病対策の対象としてとらえるのではなく,住民の暮らしや人生の視点からとらえなおした新しい公衆衛生の概念です.
 いままで,予防といいながら疾病ばかりに目を向け,その人自身やその健康には目を向けていなかったことに気づかされました.そういえば定期健診に通ってくる子どもたちをみてみると,むし歯の痛さやつらさを一度も経験していないにもかかわらず,通い続けています.その理由は,はじめから疾病対策など見向きもせず,健康に向かって進んでいるからではないかと気がついたのです.予防の目的は来院者のむし歯をなくすことではなく,彼らが安心して快適に暮らすためにあるのだということを子どもたちから教わったのでした.彼らの成長過程で起こるさまざまな出来事を,一緒に喜んだり悲しんだりしながら,彼らが健康を創造していくことを支援することが,われわれの役割だったのです.まさにヘルスプロモーションとの衝撃的な出会いでした.

新たな活動へ〜地域への展開
 そうなると,まだまだ勉強しなければならないことも,活動すべき場もたくさんあります.その頃,あることに気づきました.
 成人の歯周病予防の場面で,初回のオリエンテーションとTBIを終えた段階で,事情があって来院できず,その後,ずいぶん期間があいてから来院された方が何人かいました.再度,口腔内診査をしてみると,歯石の付着状態に変化はないのですが,BOPの値が下がっていました.健康教育の効果は思ったよりあると感じ,会で健康教育の本格的な勉強が始まりました.
 1990年代に入り,ヘルスプロモーションの理念をベースにした活動をスタートさせ,企業における歯周病予防に始まり,地域全体で進める乳歯う蝕予防や成人の歯周病予防対策などのプログラムを開発・実施していきました.会の活動が一任意団体の範疇を超えるほどに活発となり,社会的にも認知される必要性を感じ,2000年にはNPO法人としました.臨床予防歯科も,専門家主導から来院者が主役のシステムへと大きく変貌をとげ,現在に至っています.

この本の具体的な内容と活用法
 活動を始めて35年の間に,予防歯科を取り囲む状況も大きく変化してきました.
 歯科関係の雑誌においても,予防が取り上げられないことはなく,定期健診やフッ化物歯面塗布などを日常的に行う医院も増えてきています.前著『明日からできる診療室での予防歯科』(医歯薬出版)を出版した頃から比べて,パソコンによる患者データ管理なども普及し,予防歯科を行ううえでの具体的方法を学ぶための本やツールはたくさん流布しています.
 では,そういう時期にわれわれがあえてこの本を上梓するのはなぜなのでしょう?
 それは,予防歯科の活動を先駆的に行ってきたウェルビーイングも,結局は「人と人とのつながりをどう生かすのか?」という問題に遭遇し,プログラムマネジメント(第4章参照)の領域に踏み込んできたからです.そして,このマネジメントを生かしながら,自分の医院を含めた周囲の環境をどうとらえ,どうかかわっていくのか,また,どのように変えていくのか,という段階に入っていったからです.すでに予防歯科を診療に取り入れてはいるが,何となくすっきりしない歯科医師,歯科衛生士の方にはぜひ読んでいただきたいと願っています.もちろん,これから予防歯科をめざす方々にも役に立つものだと確信しています.

●本書の内容構成●
 ・第1章,第2章
 「健康とは」という大きなキーワードで,いままでやってきたことをまとめ,臨床予防歯科の概要がわかるように書かれています.
 ・第3章
 現在のウェルビーイングのシステムや会員の医院内の事例を紹介しています.前著の時期に比べると,かなり変わってきていることに気づかれると思います.
 ・第4章
 第3章まで(現在のシステムに関するもの)をそのまま踏襲しても,よい歯科医院はできあがりません.では,どうすればよいのか?というウェルビーイングとしての問いかけを4章以降(読者のみなさんが自分でこれから構築していくシステムへの手掛かりを示したもの)で行っています.
 みなさんの医院には,それぞれ院長・スタッフ・地域性・患者さんの年齢構成および気質など,さまざまな異なる要素があります.これらの各医院でのシステムづくりに役立つ,ウェルビーイングが開発したOPPA(オーパ)モデルや,プログラムマネジメントの手法の概要をご紹介しています.
 実際に苦労をしながら自院のシステムをつくっていった先生の体験も具体的に書かれていますので,みなさんも,読みながら「こんな医院の雰囲気,あるある!」なんて,とつい引き込まれていくかもしれません.
 ・第5章
 過去から現在までのウェルビーイングのシステムに精通した著者による評価の方法が述べられていますので,自院のシステムづくりの途中で,評価を行いたいときに参考にしてください.
 ・第6章
 第1〜5章までの内容を踏まえ,現在のウェルビーイング活動の総括を行い,将来のウェルビーイングだけでなく,臨床予防歯科の形はどうなっていくのかについて,前ウェルビーイング代表の著者が展望を述べています.

 以上がこの本の大まかな内容です.
 これらの記述の中に随時,執筆担当者以外のアクテイブな活動をしているウェルビーイング会員の「事例」を載せ,「演習」として具体的問題点を掲げ,それらに関して読者が実際に考えることにより,内容の理解がさらに深まるようなつくりになっています.
 中には,一部抽象的で理解しにくいところがあるかもしれません.その際には,毎週木曜日の夜に開いている「木曜ゼミ*4」においでください.もしくは,2〜3カ月に一度のペースで催されている「予防歯科実践コース」や「ウェルビーイングクラブ見学コース」に参加されることをおすすめいたします.
 ほかにもプログラムマネジメント,OPPAモデルの実践コースなども開催しています.
 実際に,いったん予防のシステムを立ち上げてはみたものの,いろいろな障害が生じ,行き詰まることもよくあることです.
 その際にも(その際だからこそ)第1,2章に戻って読んでみてください.そこには,ともすれば見失いがちな予防への長い道を照らしてくれる,ランドマークが輝いているはずです.
 (川上 誠)
 巻頭
  はじめてみよう!予防歯科
  ウェルビーイング歯科医院の予防歯科
  ウェルビーイングクラブ─入会から定期健診までの大きな流れ─
序章(川上 誠)
  1)「むし歯の大洪水」時代
  2)臨床予防歯科を始める
  3)ヘルスプロモーションとの出会い
  4)新たな活動へ〜地域への展開
  5)この本の具体的な内容と活用法
第1章 well-beingを目指して(中村譲治)
 1.はじめに
 2.健康って何だ?
  1)歯科医師の目指す最終のゴールは?
  2)患者さんとの健康観のギャップに気づこう
  3)4つの健康モデル
 3.ヘルスプロモーションとその戦術的活動
  1)ヘルスプロモーションとは?
  2)ヘルスプロモーションのプロセス
  3)ヘルスプロモーションの5つの戦術と口腔保健
  4)口腔保健の場でのヘルスプロモーションの5つの戦術的活動
 4.ヘルスプロモーションからwell-beingへ
  1)“坂道の図”への素朴な疑問
  2)生命曲線と人生負荷曲線
  3)well-beingの定義と理念
第2章 well-being歯科の実現のために(中村譲治)
 1.ツールや術式にとらわれていませんか?
  1)予防歯科を成功させるために必要な条件は?
  2)答えは一つではありません
  3)システムはスタッフみんなでつくろう
 2.臨床予防歯科の原則
  1)ゴールはwell-being
  2)主役は専門家でなく来院者自身
  3)長期的に継続来院してもらうことが必須条件
  4)来院者の好ましいライフスタイル獲得をサポート
 3.臨床予防歯科の3つのステージ
  1)第1ステージ:Disease Protectionのステージとは?
  2)第2ステージ:Disease Preventionのステージとは?
  3)第3ステージ:Health Promotionのステージとは?
  4)第1ステージから第3ステージへ
 4.予防歯科のスタンダードなシステムとは?
  1)メンテナンスとの違いは何?
  2)治療終了から定期健診につなげるオリエンテーションシステム
  3)定期的なリコールを効率よく確実に来院者に伝えるインフォメーションシステム
  4)継続的なサポートを的確なものとする記録のファイリングシステム
  5)的確な診断結果に基づく適正な予防処置を実施する診療システム
  6)スムーズで無駄のない健康教育が実施できるようにするコミュニケーションシステム
  7)評価システムのデザイン
 5.コミュニケーションと健康教育
  1)ヘルスコミュニケーションとは?
  2)カウンセリング技法を身につけよう
  3)これだけは押さえておきたい健康教育のポイント
第3章 みんなでつくりあげたウェルビーイングクラブ(沼口千佳)
 1.健康づくりの場としての診療室
 2.小児のウェルビーイングクラブ
  1)小児への取り組みについて
  2)定期健診の実際
  3)課題と注意点
 3.ヤングのウェルビーイングクラブ
  1)ヤングへの取り組みについて
  2)定期健診の実際
  3)課題と注意点
 4.成人のウェルビーイングクラブ
  1)成人への取り組みについて
  2)定期健診の実際
  3)課題と注意点
第4章 目指せ!みんなのためのwell-being歯科医院(岩井 梢,藤田孝一,山本和宏)
 1.理想の歯科医院づくりのために知っておきたいこと
  1)進化する歯科医院をめざして
  2)さまざまな要因・人を有機的に「つなげる」医院づくり
  3)医院づくり,および進化のための準備
  4)創造と進化に役立つツール:OPPAモデル
 2.演習:実際にOPPAモデルを使ってみよう
  1)OPPAモデルを始める前に
  2)Phase1 院長,スタッフみんなで「医院の理念」をつくり,共有する
  3)Phase2 課題を明らかにする
  4)Phase3 課題解決のための作戦を立てよう
  5)Phase4 みんなで知恵を出し,アクションプランカードをつくってみよう
  6)Phase5 実施と評価
 3.OPPAモデルを使ったF歯科医院の医院づくり奮闘記
  1)取り組みの始まり
  2)いろいろなことに気づかされました
  3)「絵に描いた餅」を現実にするために!
  4)プロジェクトは現在も進化中
  5)OPPAモデルを活用して5年経って〜院長,スタッフの感想
  6)次は,あなたの歯科医院で
第5章 医院づくり,運営,さらなる進化のために評価を(筒井昭仁)
 1.何を,何のために評価するの?─評価の種類,目的を明確に!
  1)“理想の歯科医院づくりのための評価”(プロセス評価)
  2)“「よかったね」と成果を味わうための評価”(影響評価,結果評価)
  3)なぜ評価が3つあるの?
 2.誰がどのように(評価の方法)評価するの?
 3.評価の種類(尺度と方法)
  1)評価尺度
  2)比較対象による評価の分類
 4.評価の実際
  1)評価の前準備─対象の条件や計画の細部を事前に整理する
  2)評価の例
 5.評価で気になること─Q&A─
  Q1 来院者のデータを歯科疾患実態調査のデータと比較してもよいのでしょうか?
  Q2 CPlは何尺度(連続,順位,名義)?集計するときの注意は?
  Q3 最近,EBM,RCTとか,妥当性,再現性などと話題になっているけど,私たちがやろうとしている評価に関係しているの?
  Q4 ○○検定とか,危険率がどうのこうの,これっていったいな〜に?
  Q5 統計のソフトは高いんだけど,どれがいいの?
 6.おわりに─評価の役割
第6章 未来に向かって(西本美惠子)
 1.歯科医院の明日と可能性
  1)人間と社会に向かう歯科保健医療
  2)臨床予防歯科を超えて
  3)「well-being歯科医院」を目指して
 2.地域保健の担い手となる歯科医院
  1)地域に開き,地域に出て,地域に支えられる歯科医院
  2)地域で行う歯科保健支援
  3)歯科医院は貴重な社会資源〜無限の活躍の場が広がり,人々が探し求めている歯科医院
 3.ウェルビーイングの明日は?!そして未来へ

 Column
  自分のwell-beingを測定してみよう!
  カウンセリングのポイントその1:家庭でのフッ化物洗口を定着させる
  さまざまなフッ化物応用
  カウンセリングのポイントその2:思春期を迎えた子どもとのコミュニケーション
  カウンセリングのポイントその3:さまざまなライフイベントへの対応
  OPPA(オーパ)モデル
  量的研究,質的研究
  オープンプラットホーム
 事例
  1 健康教育の工夫やそのための媒体:「おさとういくつ?」(木村恵美子)
  2 食育を取り入れた保健指導について(岡田由美子)
  3 スタッフとの意志の疎通をはかる(柏木伸一郎)
  4 定期健診の中断が多くなる思春期への対応(藤中麻岐)
  5 院内オリエンテーション(文元基宝)
  6 健康教育の工夫やそのための媒体:『月刊みんちゃん』と『みつもり歯科医院通信』(三森昭彦)
  7 定期健診継続のための工夫(木村恵美子)
  8 和歌山市・ウェルネス小畑歯科医院で行ったフォーカスグループインタビュー
  9 地域の特徴を生かしたY県O町の「乳歯う蝕予防対策」支援

 索引