やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 未来を担う子どもたちのために…
 「生活習慣が不規則な子どもほど元気がない」.これは,医学部・歯学部の教科書にも取り上げられている明白な事実です.このような事実があるにもかかわらず,「子どもを爽やかに健康に育てる」という機運は,高齢者への対応や「メタボリック症候群の脅威」の陰に隠れ,その必要性に見合ったほど高まってはいません.今こそ大人が率先し,子どもたちの未来を考えて行動を起こさなければ,子どもたちの未来は,暗澹としたものになってしまうのではないでしょうか.
・現代社会の子どもたち
 子どもが幸福な将来を手にすることは,いつの時代でも共通した願いです.また,現代の日本では,出生率が減り続け高齢化が進み.少子高齢社会が着実に進行しています.このような状況のなかで,未来ある数少ない子どもたち,将来を担う子どもたちが特に大切にされなければなりません.
 しかし,現代の子どもたちが生活する社会は,必ずしも住みよいものとは思えません.現代は.たしかに文明が高度に進み便利で,食べ物も豊富な世のなかです.その反面,人々の基礎体力が低下するとともに,肥満やメタボリック症候群が蔓延しています.また,混沌とした現代社会では,子どもから大人に至るまで過度のストレスのなかで生きています.自殺者も毎年3万人を超えるようになりました.コンピュータ化した社会では人間関係が希薄となり,他人の痛みを理解できない子どもあるいは大人が増えています.その結果,思いやりの薄い社会ができ,残忍な犯罪のニュースを耳にすることも日常茶飯事となりました.これらの現代社会のマイナス面は,子どもたちの心の発達に確実に悪影響を与えているでしょう.ところが,これらの解決手段はいまだなおざりにされたままともいえます.こうした中,昔のように心身ともに健康で生き生きとした元気な子どもは.着実に減っているのではないでしょうか.
・子どもたちがつくる日本の未来
 大人たちは,良かれと思いいまの社会をつくってきたはずなのですが,いつの間にかその社会はひずみが生じてしまいました.いまの子どもたちが大人になった場合を想像してください.彼ら・彼女らは,老後を迎えた私たちを支えるという大きな「負担」を抱えています.しかし,大人になった子どもたちがいまのわれわれ大人以上に不健康であったとしたらどうでしょう.可哀想な子どもたちと社会は悲劇を迎えるかもしれません.
 健康は,最も重要な基本的人権です.健康であることは「健やかな命」が保たれることです.子どもたちが,健康(=命)を理解するならば,命の大切さや人権も理解できるでしょう.お互いを尊び,「いじめ」も減っていくでしょう.そして,こうした子どもたちは不健康な現代社会と決別し,希望ある未来を形成してくれるでしょう.また,次なる未来のため,さらに健康な次世代を育ててくれるでしょう.未来の日本社会に対し,いまの子どもたちがよくも悪くも鍵を握っていることに,大人は責任を持たねばなりません.
・教育の原点「健康学」
 現代の知識だけで,未来ある子どもを育てることはできません.なぜなら,大人も想像できない未知の事象について,子どもたちが「賢い判断」を行い,実行する能力が必要だからです.ここで,まず優先すべきものが最も基本的な人権,つまり健康でしょう.子どもにとって,「健康学」は重要な知恵の一つです.なぜなら「みずからの健康を保持・増進する能力」を身につけることは,教育の原語であるeduce,「隠された能力を引き出す」ことになるからです.
 そのため健康学を学ぶことは体のなかの隠された力を引き出すことにつながり,生きていくうえで必要になるのです.
 そこで私たちは,子どもたちを健康に育てることで思いを一つにしました.そして,子どもたちの最大の基本的人権,健康を守るために努力している保護者,教育関係者,学校医,学校歯科医,学校薬剤師等々に向け,本書を編纂しました.本書が日本の子どもたちの健康な成長と幸福な未来への助けになれば幸いです.
 平成20年1月
 八重垣 健
 吉田 貴彦
 はじめに-未来を担う子どもたちのために(八重垣健,吉田貴彦)
I はじめに
 ・ヘルスプロモーション心と体の健康教育(八重垣健)
  ヘルスプロモーションとは 子どもの生活習慣病予備群化 ヘルスプロモーションの原理 ヘルスプロモーションとWHOがめざす「人生の幸せ」 未来のためのヘルスプロモーション ヘルスプロモーション計画の立て方
  コラム「心身に障害がある場合は健康ではないのか(吉田貴彦)
 ・健康をどう教えるか歯科保健の応用(八重垣健)
  健康とは齲蝕の概念の転換  齲蝕歯肉炎を題材にした健康教育 口腔保健を応用した健康教育計画の立て方
  コラム「子どもの頃に血液検査を受ける意義とは?」(吉田貴彦)
II 体の健康
 胎児期乳幼児期〜壮年期までの生活習慣病発症等モデルシュミレーションとQ&A
 ・生活習慣病とは(吉田貴彦)
  コラム「疫学研究なしでは医療は成り立ちません」(吉田貴彦,八重垣健)
  コラム「学校での疫学研究の必要性」(八重垣健)
  モデルシュミレーション
 ・高血圧(伊藤雄平)
  はじめに 子どもの血圧測定 子どもの高血圧とは 疫学データからみた血圧 胎児期から乳幼児期の成長 高血圧は臓器障害を引き起こす 対策と問題点
 ・虚血性心疾患(川村祐一郎,菊池健次郎)
  虚血性心疾患とは 虚血性心疾患の種類 虚血性心疾患の原因 冠危険因子と子どもの生活 冠危険因子を減らすために
 ・脳血管疾患(相澤仁志,菊池健次郎)
  脳血管疾患とは 脳血管疾患の種類 脳血管疾患発症の推移 脳血管疾患と生活習慣病 喫煙飲酒との関連 脳血管疾患を予防するために まとめ
 ・肥満(朝山光太郎)
  肥満とは 肥満の病態生理 成長の各段階における栄養と肥満 肥満の食行動異常とその修正方法
 ・糖尿病(伊藤善也)
  糖尿病とは 糖尿病の種類 血糖の調節 糖尿病につながる生活習慣 糖尿病になりにくい生活習慣
 ・骨粗鬆症(吉田貴彦)
  骨粗鬆症とは 骨の生理学 生長期の骨密度と生活習慣 成人期以降の骨密度と生活習慣 骨を丈夫にする食生活 骨を丈夫にする運動日照 骨粗鬆症を予防するために まとめ
 ・歯周病と齲蝕(八重垣健)
  歯周病と齲蝕は全身疾患 プラークと歯周病齲蝕 歯周病齲蝕発生の要因 子どもを取り巻く状況の理解 具体的な口腔保健行動と齲蝕の概念の転換 まとめ
 ・がん(千葉逸朗)
  はじめに 環境か遺伝か 避けようと思えば避けられるリスク,避けられないリスク がん予防のための健康教育 まとめ
 ・タバコ(北川純)
  はじめに 中高生の喫煙率 子どものニコチン依存症 喫煙防止教育の開始時期 成人してからも喫煙しないほうがよい理由 まとめ
 *Q&A
  高血圧(伊藤雄平) 虚血性心疾患(川村祐一郎,菊池健次郎) 脳血管疾患(相澤仁志,菊池健次郎) 肥満(朝山光太郎) ダイエット(伊藤善也) 糖尿病(伊藤善也) 骨粗鬆症(吉田貴彦) 歯周病と齲蝕(八重垣健) 歯みがき(八重垣健) がん(千葉逸郎) タバコ(北川純)
III 食からはじまる健やかな生活
 ・おいしさと健康(小泉武夫)
  現代の子どもの「食」と問題 味覚の変容とその結果 おいしさを感じることの大切さ
 ・食べることと子どもの成長(小口春久)
IV 栄養と食事
 ・日本食のよいところって何?(西牟田守)
 ・長生きする人の食事の特徴は?(西牟田守)
 ・食塩の摂取について注意することは?(西牟田守)
 ・アレルギーと食事(角田和彦)
 ・離乳の方法-離乳に際して重要なことは?(角田和彦),(中野光郎)
  (「離乳食にはどんな意味があるのでしょうか?」「好ましい離乳のさせ方とはどのようなものでしょうか?」;角田和彦,以後のQAは中野光郎)
V 運動と体の発達
 ・運動と体の発達(武田秀勝)
  体の発育発達を促す運動とはどのようなものでしょうか? 子どもの筋力トレーニングについて教えてください 成長期に持久力を高める運動を行うことには,どのような意義がありますか? 運動は心の健康とどのような関係がありますか? 運動のしすぎによって,どのような障害がおこることが考えられますか?
VI 心の健康
 ・精神の発達(山崎晃資)
  子どもの精神発達の過程 親の養育態度と子どもの精神発達 子どもの気質と環境のかかわり
 ・不登校引きこもり(山崎晃資)
  不登校とは 症状の現れ方 発症の背景 引きこもり 治療
 ・心の発達(原田正文)
  乳幼児期の親のかかわりをはじめとする成育環境は,その子の人格発達に大きな影響を与えるのでしょうか? 「親のしつけが悪い」とよくいわれます.一方では,子どもの意思を尊重した子育ての大切さもいわれます.幼児期の「しつけ」については,どう考えたらよいのでしょうか? まだ小学生なのに,最近口数が少なくなり,不機嫌で親のいうことを聞かないのですが,どう考えたらよいのでしょうか? 中学生の娘ですが,いうこととすることが矛盾だらけで,手を焼いています.思春期のわが子とのかかわり方は,どうしたらよいのでしょうか? 中学生の息子ですが,私や父親が話しをすればするほど,しらけます.思春期のわが子とのかかわり方はどうしたらよいのでしょうか?
VII 家族団らんと学力
 ・家族団らんと学力(山英男)
VIII 実践編
 ・子どもの健康教育実践例(武田秀勝)
  心身の健康を目指して 近年の園児の観察から 実践的とりくみ 父母教員の感想 今後の展望
IX 子どもの生活習慣と健康
 ・子どものうちからよい生活習慣を身につけさせることの大切さ(吉田貴彦)
  それぞれの生活習慣病の発病に共通する特徴はあるのでしょうか? このような若死や障害を防ぐため,国は何か対策を持っているのでしょうか? 健康日本21では,子どもたちも対象になっているのですか? 子どもたちの生活習慣の改善に対する大人の責任とは? 大人が果たすべき役割とは何でしょうか? 生活習慣病は遺伝するのですか? 親の生活習慣が親から子どもへと受け継がれるということは,どういう意味でしょうか? 具体的には,どのようにして親の生活習慣が子どもに受け継がれるのですか? なぜ子どものうちによい生活習慣を身につけないといけないのでしょう?

 おわりに-子どもたちの幸せのために(吉田貴彦)
  文献 索引