やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 現在,地域の育児力が低下したといわれる一方で,各地ではさまざまな立場から子ども達のすこやかな育ちを応援しようとする活動がさかんに行われています.子どもがもつ個性,ご家族の悩みや心配事,子どもが生活する地域が抱える課題は複雑かつ多様で,お母さんや家族だけでは問題解決は難しく,子どもに関わる専門職であっても,それぞれ単独の力では限界を感じることも多いのが現実ではないでしょうか.
 しかしながら,それぞれの専門職がもっている知識や技術,経験は,子ども達と家族,そして地域にとって大きな力です.この力を“子どもの育ちのために”というマインドのもとで共有できれば,もっと力強い応援団になるはずです.
 私たち小児歯科医は,これまでむし歯の治療や予防,歯ならびの育成に取り組んできました.しかし,振り返ってみると,単にむし歯を治療してきれいな歯ならびにするだけでは,その子の育ちを支援したことにはならないことに気づきました.また,子ども達の口からは,身体の健康や発育だけでなく,こころの健康,さらには家族や地域の生活背景もみえてくることを経験してきました.それは,人が生きるうえで備えているたくさんの生活機能のなかでも,口と歯が「食べる」「話す」といった重要な機能を担っているからでしょう.この機能に問題が生じたときに,私たちはそれぞれの子どもや家族が抱えているさまざまな背景にきちんと目を向け,子どもや親と一緒に解決策を考えることが,すこやかな育ちに結びつくことを実感してきました.
 口は子どもにとっても,自分の眼で確かめられ,また食べて話して自覚することのできる器官です.たとえば,むし歯を治せば,口の中がきれいになったことが見てわかり,おいしく食べられるようになったと実感できます.また,親にとっては,日々のコミュニケーションや身近な食,そして永久歯への生えかわりなどを通して,子どもの成長や発達を目で見て感じ,子どもとの絆を確かなものにする器官でもあります.つまり,「よくかんで味わい,おいしく食べる」,「言葉を発し,表情をつくって,話しをする」といった,日常生活に深く大きく関わるこれらの機能の育ちに目を向けることで,小児歯科医は“子育ち・子育てサポーター”としての役割も担っているのだと考え,臨床にあたってきました.
 本書は,月刊「保育界」に,2004年12月号から2年間連載された同名のシリーズを,保健医療従事者に向けて再編集したものです.子どもに関わる専門職(支援職)が,子育て中のお母さん・お父さん,また保育関係者などから日ごろ受けることの多い,口や歯に関する疑問や質問にこたえるスタイルでまとめました.“口のすこやかな育ち”を通しての支援が,子どものこころと身体の健康づくりにつながることを,子どもに関わる多くの専門職の皆さんに知っていただければ幸いです.そして,子ども達がすこやかで元気に育つことを協働して支援できればと願っています.
 最後になりましたが,月刊「保育界」にこの連載を企画していただいた社会福祉法人日本保育協会の宮崎祐治氏と,書籍化にあたり,再構成しまとめてくれた医歯薬出版株式会社に心より感謝いたします.
 2007年7月著者を代表して 田中英一 佐々木 洋
 はじめに
口は“こころと身体の栄養の入り口”
 はじめに 白い歯なら健康なの? 子どもの口の中はいま 口のもつ役割 口は“こころと身体の栄養の入り口” 私たちの願い
手づかみ食べは元気な証
 食べる意欲は生きる力のもと 口の発育と食べる機能の発達 子どもたちの食べ方(食行動)の問題 食べる意欲を育てるポイント
歯みがき,泣いてもやらなくてはダメ?
 歯みがきなんかキライ! なぜ歯みがきするの? 「快」の体験をつなげていこう
歯って,いつごろ生えそろうの?
 保護者から寄せられる疑問の数々 胎生期からの歯の発育,歯の生え方 育児関係者に知ってほしいこと 生え具合と“食べる”こと 口の機能からみた歯の生え方
おしゃぶりなら大丈夫なの?
 哺乳─赤ちゃんの吸啜機能 赤ちゃんが指しゃぶりをするわけ 3歳までは吸うのがあたり前 なぜ,指しゃぶりをやめられないのでしょう? おしゃぶり習慣 おしゃぶりの功罪 おしゃぶりならいいの?
お母さんからうつるって,本当?
 とある投書欄より むし歯と細菌 むし歯菌の感染
母乳を安心して与えるために
 母乳は赤ちゃんにとって最も自然な食事 口の発育と吸啜から咀嚼への移行 幼児期の吸啜行為 母乳の継続とむし歯の関係 賢い母乳の続け方
 :コラム「離乳食の進め方の目安」が変わりました!
TVを見ながら食べていませんか?
 赤ちゃんの味覚の発達 乳汁と一緒に受け取っていること 味覚の発達は離乳期の食体験から 「上手に食べる」を育むためにも ともにおいしく食べることの意味 現代社会における子どもとメディアの実態 子どものコ(個・孤)食を避けたい理由 「食べる」を育む
指しゃぶり,どうしたらやめられるの?
 3,4歳までは様子をみましょう 指しゃぶりでかみ合わせが悪くなるの? 他にも影響があるのでしょうか? 指しゃぶりは子どもの自立支援の“モチーフ” 4,5歳児への対応 子どもに客観的判断が生まれたら 第三者の介入支援の意義
キシリトールをうまく使いましょう
 キシリトールとは?その効果は? フィンランドでの使われ方 日本での評価 キシリトールをうまく使いましょう
転んで,歯肉から血が出ています!─事故の実態,応急処置と予防,治療
 はじめに どのくらい事故は起こっているの? 歯をぶつけるとどんなことが起こるの? 起こったとき,どうしたらいいの? 事故も病気と同じ,予防が大切です 歯や口の事故はどんなときに起こるの?
なかなか飲み込めません
 「かむこと」と「飲み込むこと」 なかなか飲み込めない(飲み込まない)食行動の見方 ためる(貯留)行動の推移と歯科的影響 なかなか飲み込めない(飲み込まない)子どもへの対応
伝えていきたい食文化
 食のプロセスすべてが文化 いま求められている食育支援の目標 子どもの「食べる」を育む 食文化を継承する基盤 いま,お願いしたいこと
フッ化物をぬれば,むし歯にならないの?
 はじめに フッ素の基礎知識 言葉の使い方 フッ化物の利用法 家庭で利用できるフッ化物(ホームケア) 歯科医院で利用できるフッ化物(プロフェッショナルケア) 地域社会で公的に利用できるフッ化物(パブリックケア) フッ化物をぬれば,むし歯にならないの?
治療を嫌がる子でも大丈夫
 治療の機会は絶好のチャンス 子どものセルフケアとインフォームドコンセント むし歯がなくてもかかりつけの歯医者がいれば むし歯をセルフケアのきっかけに 子どもが大好きな歯医者はいっぱいいます 保護者と医療職とのチームプレーが“カギ” 子どもとの信頼関係をつくることから まずは子どもと一緒に考えよう
朝,お腹がすかない─生活習慣の問題
 「お腹減ったよ!」 このごろはどうでしょう? 朝ご飯は一日の始まり 朝ご飯は生活リズムの基本です 生活習慣って? 私たちは「食べ方」も応援しています 生活習慣を身につける 保育園での歯みがき 私たちがめざしていること
イオン飲料は身体にいいって聞いたけど?
 水代わりに飲んでもいいの? “身体にいい”という考え方が生まれた背景 “水代わり”の飲み方が問題! 全身の健康からも飲み過ぎには要注意! イオン飲料やスポーツ飲料の望ましい飲み方
お母さん・お父さんは大丈夫?―歯科疾患,喫煙,お口の定期健診
 育児中の親の健康は子どもの宝 自分も子どもも健康に! 定期健診の意義 妊娠中のお口の健康を守る まだタバコを吸っているの? 親の健康な口がつくる子どもの元気 「笑顔で子育て」を支える専門職の役割
どうしてうちの子だけむし歯に?─最近の考え方
 歯みがきしているのにむし歯になる! 実は生活習慣病 最近の考え方・新しい予防法 “賢いお母さん”になるように かみ合わせ・歯並び,いまのうちに相談? 乳幼児期のかみ合わせや歯並び 乳歯列期に注意したいといわれているかみ合わせ 治さなくてはいけないの?3つの考え方 そんなときに大事にしたいこと
大人の歯が生えてきた!
 “Tooth Fairy”って知っていますか? とても大切な出来事! お母さんの心配事 自分で考えよう! 自分のことを知ろう! 生えかわりのメカニズム
どんな歯ブラシを選んだらいいの?
 口腔ケアの意味 歯ブラシ選びの目安とみがき方のコツ 仕上げみがきのポイント 電動歯ブラシは?
よだれがとまらない─いつも口が開いている
 唾液の作用 赤ちゃんのよだれ よだれがとまらない・いつも口が開いている 口腔機能の発達障害 口腔機能発達支援のタイミング
口からみえる子どもの未来
 口にはさまざまな働きがあります 相互作用の働かない少子社会での成育支援 口から育つこころと行動 口からみえる子どもの生活 治療機会からも主体的判断と行動は育つ 口からみえる子どもの未来

 参考文献
 索引
 本書を執筆した小児歯科医からのメッセージ