やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 感染予防対策は,一見簡単そうに見えるが,日常業務における実際の手順は複雑である.しかし,基本を正しく理解し,基本を正確に守って繰り返し実践すれば,正しい院内感染予防対策の手順が習得できる.また,基本を正しく理解することができれば,過剰な感染予防対策を実施したり,肝心な感染予防対策がおろそかになったりすることもない.
 ICHG(Infection Control Hospital Group)研究会は,院内感染予防対策を勉強したいと考えている医師,歯科医師,歯科衛生士,薬剤師,看護師,臨床検査技師,ファシリティズサービス,建築士等が自然発生的に集まったパーソンミックスの会である.
 ICHG研究会はこれまで蓄積してきた科学的根拠に基づき,
 1 患者が感染から保護されていること
 2 医療従事者が感染から保護されていること
 3 経済的・合理的な対策であること
 4 環境に配慮した対策であること
 の4項目のポリシーに基づいて感染予防対策に関わる多くの本を発刊してきた.
 本書は,ICHG研究会がこれまでに発刊した感染予防対策に関する本を再構成して,感染予防対策の勉強をこれから始める歯科医療従事者(歯科衛生士,歯科技工士,看護師,歯科医師等)を対象に,歯科診療における院内感染予防対策のマニュアルとその基礎を研修テキストとしてまとめたものである.微生物学の基礎,感染の成り立ち,感染症と感染予防対策,滅菌・消毒・洗浄の基礎などを楽しく勉強ができるように,写真やイラスト等を用いてわかりやすく解説した.歯科医療を取り巻く環境は急速に変化しており,平成19年4月には医療法の一部が改正され,無床診療所においても医療安全管理体制の充実・強化が要求されている.院内感染予防対策はその中の大きな柱の一つである.このような中でスタッフ全員が院内感染予防対策に関して情報を共有するためには,研修の実施やマニュアル作成は必須である.本書は,歯科診療所等で院内感染予防対策マニュアルを作成したり,スタッフの研修を実施したりする時に参考になるように編集した.また,歯科医療現場における特有な具体的感染予防対策にもふれ,その場その場においての感染予防対策が的確に判断できるような考え方も解説した.
 本書が『歯科医療における感染予防対策と滅菌・消毒・洗浄』とともに歯科診療所等の院内感染予防対策の向上に役立ち,研修やマニュアル作成の一助になることを願っている.
 2007年7月
 著者一同
マニュアル
I 患者主体の感染予防対策
 1 医療を取り巻く変化
 2 感染予防対策に必要なポリシー(方策)とは
 3 患者の顔が見える対策とは
 4 患者への情報提供とは
 5 EU諸国とアメリカでは
 6 EBMの概念とは
  EBMとは
 7 感染予防対策の組織的対応とは
  1)病院における感染予防対策チーム
  2)小規模医療機関(歯科診療所等)における感染予防対策
   (1)医療法改正の内容
   (2)歯科診療所での組織的体制
    院内感染予防対策のための指針
II 歯科医療における感染予防対策の考え方
 1 標準予防策
   (1)標準予防策を行う目的
   (2)標準予防策の対象
 2 歯科医療と感染リスク
  1)治療内容と感染リスク
   (1)観血的治療
   (2)観血的治療に準ずる治療
   (3)非観血的治療
  2)患者の口腔内状況と感染リスク
   (1)活動性の歯周病を有する患者
   (2)歯周病がコントロールされている患者
  3)患者の全身的な状態と感染リスク
   (1)全身疾患及び薬剤服用による影響
   (2)ホルモン及び加齢
   (3)唾液の流量
  4)医療従事者の感染防御
   (1)防護具(PPE:Personal Protective Equipment)の装着
  5)診療補助の役割分担
  6)歯科治療時の感染リスク対策
   (1)日常的な口腔衛生管理の確立
   (2)消毒剤の準備
   (3)口腔衛生管理とうがい
    ポビドンヨードガーグル
   (4)口腔衛生管理と誤嚥性肺炎
    日常生活におけるうがい
III 感染予防対策の実際
 ・来院から診療開始までの手順
  1 患者への準備
   1)診療開始前までの手順
    (1)問診,カルテへの記載
    (2)受診当日の様子
   2)診療開始時の手順
    (1)患者用エプロンの装着
    (2)うがい用紙コップの準備
    患者のゴーグルの装着
  2 チェアーユニット等の準備
    (1)チェアーユニットの清掃
    (2)スピットンの清掃
    (3)カバーリングの実施
    ユニットから供給される水
    医療に供される水の種類
 ・医療従事者が行う感染予防対策の共通手順
  1 手洗いと手指消毒
    (1)日常手洗い(Social handwashing)
    (2)衛生的手洗い(Hygienic handwashing)
    (3)手術時手洗い(Surgical handwashing)
    水道法に基づく水質基準
   1)正しい手洗い方法
    (1)手洗いの手順
    (2)手洗い時の注意
   2)液体石けんを用いる手洗いと消毒剤を用いる手洗い
    (1)液体石けんと流水による手洗いでよい場合(日常手洗い)
    (2)消毒剤スクラブと流水による手洗いが望まれる場合(衛生的手洗い)
    (3)擦式消毒法
    残存成分
    エアータオルとペーパータオル
    (4)手荒れとその対策
  2 手袋(未滅菌手袋と滅菌済み手袋)の使用方法
   1)手 袋
    (1)手袋の種類
    (2)手袋をどんなときに使用するのか
    手袋とパソコン
    (3)歯科材料と手袋の選択
    (4)未滅菌手袋の着け方
    (5)未滅菌手袋の外し方
    (6)未滅菌手袋の交換時期
    (7)未滅菌手袋の管理
    未滅菌手袋の箱を開封した後の管理
    (8)滅菌済み手袋の装着手順
    (9)ラテックスアレルギーのある患者
    手袋とアレルギー
    手袋を外した後,必ず手を洗う理由
  3 マスクの使用方法
    (1)サージカルマスク(外科用マスク)が必要な場合
    (2)サージカルマスクの特徴
    (3)サージカルマスクの装着方法(ゴムひもタイプの場合)
  4 ゴーグル・フェイスシールド
    (1)治療中の飛沫やエアロゾル,切削片等が飛散する歯科治療時と血液・
    体液・排泄物等を浴びる可能性があるとき
    (2)消毒・洗浄剤等の飛散や刺激から歯科医療従事者を保護するとき
  5 白衣,プラスチックエプロン
    (1)白 衣
    歯科医療従事者の服装
    (2)プラスチックエプロン
IV 治療の流れからみる感染予防対策
 1 治療の流れ
 2 歯科用器具・器械の滅菌・消毒・洗浄の実際
 3 歯科訪問診療における感染予防対策
  (1)前処置─口腔ケア(口腔洗浄,ブラッシング指導)
  (2)観血的処置─抜歯,切開等
  (3)観血的処置に準ずる処置
  (4)非観血的処置
 4 訪問診療終了後の感染予防対策
 5 リネン類の処理
 6 感染性医療廃棄物の分別・保管・運搬・処理
  1)感染性廃棄物の判断基準
  2)非感染性廃棄物ラベルの推奨
  3)感染性廃棄物の処理
  4)廃棄処理時の注意
V 歯科医療従事者の感染予防対策
 1 歯科医療従事者の健康管理
  1)医療従事者の免疫
  2)医療従事者の健康管理と出勤停止
   (1)医療従事者が免疫を獲得しておきたい疾患
   (2)医療従事者が就業制限を受ける場合
 2 歯科医療従事者のリスクマネジメント
  1)血液・体液曝露事故対策
   (1)平常時のリスクマネジメント
   (2)事故発生後のリスクマネジメント
 3 針刺し切創事故防止対策
  1)針刺し切創事故防止対策
   (1)作業管理(針の取扱い方法)
   (2)針の取扱いの具体例
   (3)針刺し切創事故の多発する危険な行為
   (4)針捨てボックス
 4 針刺し切創事故による健康被害への対応
  1)針刺し切創事故発生後の対応
   (1)記録の作成・報告
   (2)フォローアップ計画
    針刺し切創事故と組織的対応

研修テキスト
I 感染予防対策の基本
 1 なぜ感染予防対策を実施するのか
  1)院内感染とは
  2)院内感染を予防することで得られるメリット
 2 感染のリンク
 3 感染症の成立機序
  1)病原体とは
  2)微生物量(病原体量)
  3)宿主の感受性
  4)侵入門戸,侵入様式
 4 内因性感染症と外因性感染症
  1)感染症
  2)発熱と感染症
 5 感染のリスクと対策のレベル
  1)感染リスク別対策
  2)感染リスクと滅菌・消毒・洗浄及び乾燥の考え方
 6 標準予防策
  「標準予防策」について各国の呼び方
  事故が起きたら,再発防止を
 7 感染経路(空気,飛沫,接触)と感染経路別予防対策
  1)空気感染と飛沫感染を区別する
   どうして結核は空気感染なのか?飛沫では感染しないのか?
   インフルエンザは飛沫感染なのになぜ手洗いが重要?
 8 隔離
  1)感染源隔離と予防隔離
II 微生物学と感染症の基礎知識
 1 微生物の種類と大きさ
  1)細 菌
   レジオネラはなぜ怖いのか?
  2)細菌以外の微生物
  3)微生物の大きさ
 2 口腔内の常在細菌叢
  1)常在細菌叢とは
  2)口腔の解剖学的な特徴
  3)口腔の環境と細菌の存在様式
  4)細菌叢の遷移
  5)口腔感染症と原因菌
  6)口腔内の日和見感染菌
 3 免疫と感染
  1)生体防御機構(免疫反応)
  2)易感染状態と免疫低下状態(compromised hostとimmunocompromised host)
 4 細菌・ウイルスの培養と細菌検査
  1)細菌の培養
  2)ウイルスの培養
  3)細菌検査と培地(細菌の培養)
  4)歯科医療とウイルス
 5 うがいと口腔内消毒
  1)うがいとは
  2)口腔内消毒とは
III 歯科医療における滅菌・消毒・洗浄
 1 滅菌・消毒・洗浄の基本的考え方
  1)滅菌・消毒・洗浄の定義
 2 滅菌
  1)滅菌する際の基本的条件
   バイオバーデン(Bioburden)とは
  2)滅菌工程のモニタリング
   ISO
  3)物理的滅菌法
 3 熱,温湯・熱湯による消毒
  1)熱による消毒
  2)温湯・熱湯による消毒
   ウォッシャーディスインフェクター・食器洗い乾燥機
   超音波洗浄器の注意点
 4 消毒剤による消毒
  1)消毒剤の選び方
   消毒剤耐性
  2)消毒剤の抗微生物スペクトル
  3)消毒剤の適用対象と特性
   (1)アルコール類(消毒用エタノール)
    2つのアルコール
   (2)次亜塩素酸ナトリウム
    次亜塩素酸ナトリウム製剤を第一選択剤にする理由
    次亜塩素酸ナトリウムの浸漬による消毒の考え方
   (3)ポビドンヨード
    ポビドンヨード製剤の注意点
   (4)クロルヘキシジングルコン酸塩
   (5)陽イオン界面活性剤(ベンゼトニウム塩化物,ベンザルコニウム塩化物)
   (6)両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩)
   (7)グルタラール・フタラール
  4)消毒剤の使い方
   (1)消毒剤に共通する使い方の基本
   (2)消毒剤のうすめ方(希釈)と保管
  5)生体消毒の基本とは
   消毒後,被消毒物に残存しない消毒剤
  6)環境消毒の基本とは
   医薬品,医薬部外品,雑貨の違いについて
 5 洗浄
  1)一次処理と最終処理
  2)血液・体液が付着した器具・器械の洗浄方法
IV 歯科診療室のハードウェア
 1)手洗い設備
 2)チェアーユニット等の大型機器
 3)チェアーユニットの水質

疾患別感染予防対策
 1)結核(症)
 2)薬剤耐性菌感染症
  (1)MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症
  (2)VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)感染症
  (3)PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)感染症
  (4)ESBL産生グラム陰性桿菌感染症
  (5)メタロβラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌感染症
  (6)VRSA(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌)感染症
 3)血中ウイルス感染症
  (1)HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症
  (2)HBV(B型肝炎ウイルス)感染症
  (3)HCV(C型肝炎ウイルス)感染症
 4)ウイルス感染症
  (1)水痘・帯状疱疹
  (2)麻疹
  (3)流行性耳下腺炎(ムンプス)
  (4)風疹
  (5)単純ヘルペス感染症
  (6)インフルエンザ
  (7)アデノウイルス感染症
  (8)RSウイルス感染症
 5)腸管感染症
 6)疥癬

感染症の予防及び感染症の患者の医療に関する法律
 感染症の病原体名と感染経路・標準的潜伏期間 早見表
  【一類感染症】患者の行動制限 指定医療機関で診療 全数報告
  【二類感染症】患者の行動制限 指定医療機関で診療 全数報告
  【三類感染症】特定職業に関する就業制限 全数報告
  【四類感染症】動物を介して起こる感染症 全数報告
  【五類感染症】全数報告
  【五類感染症】定点報告
  【指定感染症】

著者一覧
索引