やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修にあたって
 健常者あるいは健常高齢者のいわゆる「歯みがき」と,要介護高齢者における「口腔ケア」はまったく異なるものです.現在のような高齢社会を迎えるまでの「歯みがき」は,おもに齲蝕と歯周疾患の予防をターゲットとしてきたものであるといっても差し支えないでしょう.そして「口腔ケア」の意味自身も,「歯みがき」と大差はありませんでした.
 しかし,日本も高齢社会に突入し,要介護高齢者の口腔内の状況が次第に明らかになるにしたがって,従来の考え方では対処不可能なことがはっきりしてきました.2004(平成16)年1月に出された厚生労働省・高齢者リハビリテーション研究会の報告書「高齢者リハビリテーションのあるべき方向」によれば,〔80歳になっても20本以上自分の歯を保とうという「8020運動」が1989(平成元)年より実施され,いわゆる「8020」達成者率の増加等の成果をあげているが,現在までの高齢者に対するアプローチは不十分であった.特に,専門的口腔ケア(歯科治療,歯科保健指導,専門的口腔清掃,摂食機能訓練)は,低栄養,転倒・骨折,気道感染,閉じこもりに対する介護予防効果があり,高齢者リハビリテーションの効果を高めることが確認されているにもかかわらず,このような専門的な口腔ケアを受けている高齢者は少数であった.今後,高齢者に対する歯科医師による歯科健康診査を推進するとともに歯科医師,歯科衛生士による専門的口腔ケアを充実させ,高齢者の健康と生活機能の向上を図る必要がある〕ということが明記されています.しかし,介護保険制度の施行以降に徐々に判明してきた居宅や施設に居住する要介護高齢者の口腔内状況は,その大半は依然として悲惨な状況が続いています.
 要介護高齢者の口腔内は,どうしてこうなのでしょうか?特にその要因となっているのは,罹患疾患,服用薬剤,口腔運動の極度な減少,経管栄養,介護者による口腔内清掃の不足,そこから発生する口腔乾燥,食物残渣の残留,歯垢の大量付着だけではなく口腔・咽頭粘膜へのバイオフィルム(細菌固着層)の形成,などがおもなものです.この対処には,どうしても「歯みがき」や「歯や口腔の清拭」でなくて,専「門的口腔ケア」.「専門的口腔清掃」が必要なのです.
 岡山市万成病院歯科医長の小林直樹先生は,早くからこの問題の臨床に取り組まれ,多くの臨床経験から今回のDVDを制作・編集されました.このDVDの内容は,全部が実際の症例です.生きた教材です.本からは得られないような多くの実際面をこのDVDから学んで下さい.そしてそれを是非,日常の要介護高齢者のケアに生かして下さい.
 平成18年5月
 金子芳洋

序文
 昨今,医療現場においては,要介護者の栄養サポートに関心が集まっています.栄養不良があると,免疫能低下,褥瘡,筋力低下などを招き,また,原疾患治療の支障や合併症(感染症等)の発生にもつながることがあるからです.結果的には,在院日数の延長など医療上の問題点も多々指摘されています.
 ところが,いかにして静脈・経腸栄養を効率的に管理するか,いかにして安全に経口摂取を開始するかという課題を検討するにあたり,えてして食物の入り口である口腔の衛生管理や機能回復が忘れられています.要介護者の口腔は悲惨な状態であることが多くあります.歯が悪くて咀嚼ができず十分な栄養がとれない方,口腔ケアが介入されず誤嚥性肺炎を繰り返す静脈・経腸栄養の方,摂食・嚥下訓練を始めたくても食べられる口になっていない方などが多いのが現状です.患者の栄養ルートがどこであれ,ベースとしての口腔ケアは不可欠なのです.
 しかしながら,これまで口腔ケアの重要性や手技を理解するには,主として書籍などを紐解くに限られており,口腔をリアルに観察しながら,口腔ケアの必要性や細かなテクニックを理解することはほとんど困難でした.また,市場では多くの口腔ケア商品が販売されていますが,どの商品が安全で効果的であるのか,使い方はどうするのかなどについて,曖昧な判断のもとで購入されていたことも多々あったのではないでしょうか.そこで,このような点を解消してもらいたいという思いを端緒として編纂したのが本作品です.
 本作品は,おもに歯科医療関係者,看護師をはじめ要介護者と向き合う方々を対象としています.ポイントごとに動画を見ながら理解できるということに重点を置き,特に摂食・嚥下障害者への口腔ケア症例も豊富に掲載しています.また,登場する口腔ケア用品についても,実際の医療現場で活躍する歯科衛生士が推奨するものだけを厳選し,その正しい使い方を提示できるよう配慮しました.歯科医療関係者,特に歯科衛生士には,看護師への口腔ケア実技指導などに本DVDをご活用してもらいたいと思います.
 病院であれ在宅であれ医療の質の向上,患者満足度の向上に寄与し,さらには新たな経営戦略ともなりうる口腔ケアの重要性と実用的な手技について紹介することができれば幸いです.
 最後に,本作品にご登場いただいた方々,ご監修くださった金子芳洋先生,関係各位に御礼申し上げます.
 平成18年5月
 小林直樹
麻痺や障害を受けた機関へのアプローチ(機能・形態面へのアプローチ)
 1.摂食・嚥下障害者の口腔
  ・経口摂取可能な要介護者の口腔
  ・経口摂取で着ない要介護者の口腔
  ・咽頭の内視鏡像
 2.基本的な口腔清掃
  ・残存歯の清掃
  ・歯間部の清掃
  ・粘膜面の清掃
  ・義歯の清掃
 3.口腔乾燥症と口腔ケア
  ・口腔乾燥度の客観的評価法
  ・保湿剤の選択と塗布法
  ・経管栄養患者への粘膜保湿ケア
  ・オーラルバランスの義歯床下粘膜面への塗布
  ・オーラルバランスの口腔リハビリテーションへの応用例
 4.口腔ケア症例
  ・残存歯のある経管栄養患者への口腔ケア
  ・残存歯のない経管栄養患者への口腔ケア
失った機能を代償するアプローチ(能力面へのアプローチ)
 1.含嗽
  ・合嗽の基本
  ・合嗽するとむせる方への対応
   1)残存歯のある方への場合
   2)残存歯のない方への場合
  ・合嗽のできない方への対応
   1)口腔洗浄
   2)胃ろう症例に対する口腔洗浄例
 2.開口困難な要介護者への口腔ケア
 3.咬反射の強い要介護者への口腔ケア
 4.義歯を装着する方法,外す方法
有利な環境を整えるためのアプローチ(環境面へのアプローチ)
 1.歯ブラシの選択
 2.化学的清掃剤
 3.義歯清掃用具
 4.口腔乾燥度の評価,保湿剤
 5.口腔内への照明
心理的対応へのアプローチ(心理面へのアプローチ)
●付:病院への口腔ケア導入戦略