やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序文

 わが国では,社会の高齢化と多様化が進み,医療,保健,福祉(介護)の分野において,国の新しい施策が次々と実施されています.特に高齢者介護の分野においては,平成12年に介護保険制度が施行されて以来,改善を進めながら更なる充実がはかられています.
 歯科医療,歯科保健の分野は,その特殊性と専門性が尊重され,学術・医療技術および制度の面で,国際的な水準に達していますが,歯科口腔介護はこれまでにはなかった未開拓の領域であったために,学術的・実技的な面において,また制度面においても新しい分野をつくり上げていくことが喫緊の課題とされてきました.
 このような背景のもとに,平成12年の介護保険法の施行にあわせ本書の第1版は出版されました.その後現在まで歯科衛生士等の教育の場では“教科書“として,また介護の場では,歯科口腔介護サービス計画策定や訪問歯科衛生指導,居宅療養管理指導の“手引き書”として多くの方々に活用されてきました.
 一方,この4年間の介護保険にかかわる状況をみると,要介護者等が年々増加の一途をたどり,増大しつつある多様なニーズに対して,適切かつ効果的に介護サービスを提供していくために各職種の資質の向上がより強く求められるような法の改正も行われています.さらに介護保険と併行して進められている“21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)“が目的とする“健康寿命”の延伸,すなわち痴呆や寝たきりにならないための“介護予防”の運動がよりその比重を高めてきています.
 本書も今回このような状況を踏まえて,歯科口腔介護が各種保険制度のなかの業務として,また国民健康づくり運動の一翼を担って活動できるよう,一部内容の整理,統合をはかるとともに,新たに歯科口腔介護教育や介護予防の項を加え,介護にかかわるすべての方の活動の指針ともなるように改訂しました.
 歯科口腔介護は,老化や疾病による歯科領域の障害により日常生活に支障を抱える要介護者等に対して,歯科医学にもとづいて療養の管理と日常生活の支援を行うもので,要介護者の自立した生活の実現を支え,その生活・人生の質の向上をはかることを目的としています.
 わが国はいまや世界一の長寿国となりましたが,健康で質の高い生活のできる長寿社会の創造が求められています.歯科口腔介護がこのような社会的要請に応えることができる内容を有していることを本書でご理解いただき,わが国が世界に誇りうる長寿国となるために役立てていただければ,望外の喜びです.
 最後に,本書をご執筆いただいた先生方,関係者の皆様に深く感謝申し上げます.

 平成16年3月
 新井俊二
 小椋秀亮


第1版 序文

 歯科口腔介護とは,加齢や疾病により生じた歯科領域の機能の障害,すなわち摂食・嚥下,構音,表情,感覚,分泌の五大機能のいずれかの障害により日常生活に支障をきたした要介護者に対し,歯科の知識と技術を活用して“観察“,“誘導”,“援助”を行い,さらにリハビリテーションを実施して日常生活を支援することです.つまり,歯科口腔介護の役割は,要介護者の病状,心身の状況およびその置かれている環境を的確に把握したうえで,口腔環境を整備し,確実に食物を捉え,よく噛み,おいしく味わい,うまく嚥下し,会話を楽しみ,笑顔で日常生活ができるように支援することです.これが自立を助け,QOLを高めることになります.また,その機能を維持・回復させる各種のリハビリテーションも歯科口腔介護の中で重要な役割を担うと考えています.
 本書は,介護の視点から歯科医学の知識と技術を応用し体系化したもので,アメリカで開発されたアセスメント表“MDS(Minimum Data Set)”に基づき歯科口腔介護の方法論を組み立て,これらを効率的・効果的に行うことによって要介護者の自立の支援とQOLの向上に貢献することを目的としてまとめたものです.
 21世紀には高齢社会を活力のあるものとしていくため,高齢者を社会全体で支える仕組みが必要です.そのために2000(平成12)年4月に介護保険制度が発足しました.
 これまでの家族介護に大きく依存してきた実状から,介護支援専門員を要として各領域の専門職種が連携して介護支援を行う社会的介護への制度改革です.この制度は,加齢や疾病に伴って生じた心身の変化によって,日常生活に支障をきたした要介護者あるいは要支援者の有する能力に応じて,自立した日常生活が営めることを基本理念として,そのために必要な保健,医療,福祉サービスを提供するものです.
 歯科口腔介護も,この介護サービスの一翼を担うことで,介護保険制度の目的である要介護状態の軽減,悪化の防止などに多大な効果を上げ,介護総体の質を向上させることができるものと考えています.
 実際,口腔清掃や摂食・嚥下機能等の五大機能への支援およびリハビリテーションを柱とする歯科口腔介護が,歯科領域の各種機能を総合的に改善し,いわゆるボケを防止し自立を促して寝たきりを減らすという成果も少なからず報告されています.
 介護保険制度と歯科との関連では,歯科医学的管理に基づく「歯科医師,歯科衛生士等の行う居宅療養管理指導」があり,この実施により,要介護者等の日常生活の質の向上を図るものと規定されています.これらを実施する場合の内容と手順が本書には記されています.この歯科口腔介護で,より充実した介護サービスを提供し,生活の支援ができるようにすることが本書の目的です.
 介護という新しい制度が,真の意味で開花し,その中で歯科口腔介護がより一層進歩,発展していくことを期待します.
 最後に本書の発行にあたっては,類書のない本でもあり,中野区南部保健所相談所の歯科衛生士,白田チヨ女史(平成13年4月現在・中野区北部保健福祉相談所)をはじめ多くの方々にご協力ならびに助言をいただきましたことを,ここに感謝申し上げる次第です.

 平成12年4月
 編者一同
はじめて学ぶ歯科口腔介護 第2版 Contents

■I編 総 説

1章 高齢社会と介護の必要性 (浦澤喜一)
 I 高齢社会の現状と将来
 II 疾病構造の変遷と慢性疾患の増加
 III 高齢者疾患の理解と医療の視点
2章 介護と歯科口腔介護 (新井俊二・小椋秀亮・野村章 子)
 II 介護の誕生と目的
 III 介護と歯科口腔介護の定義および関連用語について
 III 歯科口腔介護の意義と目的
 IV 歯科領域の知識
 V 要介護者と歯科口腔介護を必要とする人
3章 歯科口腔介護にかかわる法的・制度的背景 (矢澤正人)
 I はじめに
 II 国民皆保険制度から老人保健法まで
 III ゴールドプラン策定まで
 IV 成人・高齢者歯科の近年の流れ
4章 介護保険制度について (大原里子・宮武光吉・鳥山佳則)
 I 介護保険制度における創設の経緯と現状
 II 介護保険制度の概要
 III 介護認定審査会と居宅介護支援事業者の機能と役割
 IV 介護保険制度への歯科医師のかかわり
 V 介護保険制度に歯科医師,歯科衛生士がかかわることの意義

■II編 歯科口腔介護に必要な基礎知識

1章 老化と高齢者の障害 (浦澤喜一)
 I 老化とは
 II 高齢者の障害
 III 老年病の保健,医学の目指すもの(QOLについて)
2章 歯科領域における形態・機能の老化 (下山和弘・早川巖)
 I はじめに
 II 歯の老化
 III 歯周組織の老化
 IV 口腔粘膜の老化
 V 顎骨の老化
 VI 咀嚼筋と顎関節の老化
 VII 唾液腺の老化
 VIII 味覚受容器の老化
 IX 摂食・嚥下機能の老化
3章 高齢有病者の歯科的特徴と問題点 (寶田博・津山泰彦)
 I 高齢者にみられる口腔の症状
 II 高齢者に頻度の高い口腔の疾患
 III 高齢有病者の歯科的問題点
4章 歯科口腔介護のための解剖学 (佐藤哲二)
 I はじめに
 II 歯科領域(顎顔面)の形成
 III 歯科領域(顎顔面)の構造
5章 歯科口腔介護のための生理学 (山田好秋・杉本久美子)
 I 食べることと脳の機能:大脳皮質と大脳辺縁系
 II 噛み砕くこと(咀嚼)
 III 飲み込むこと(嚥下)
 IV 表 情
 V 感覚機能
 VI 分泌機能
6章 歯科口腔介護のための微生物学 (前田伸子)
 I 老化がもたらす免疫機能の変化
 II 老化がもたらす口腔常在微生物叢の変化
 III 高齢者の健康を害する主要な感染症および微生物
 IV 高齢者の口腔の微生物学的検査法
7章 摂食・嚥下障害 (道脇幸博)
 I 経口摂取の意義
 II 摂食・嚥下動作の臨床的な分類
 III 摂食・嚥下障害からみた高齢者の特徴
 IV 摂食機能療法の実際
8章 歯科口腔介護に役立つ構音障害の知識 (伊藤静代)
 I 構音器官と構音
 II 構音障害
 III 評価,診断の観点
 IV 指導の方針
 V 指 導

■ III編 歯科口腔介護の内容と方法

1章 歯科口腔介護の内容 (新井俊二・江川広子)
 I はじめに
 II 内容の概要
 III 歯科領域の特性
 IV 歯科領域疾患の療養の管理等
 V 口腔環境整備の介護法
 VI 歯科領域の機能の介護法
 VII 歯科領域の形態障害に対する介護法
2章 歯科口腔介護で行うリハビリテーション (新井俊二・寺岡加代)
 I 介護保険で行うリハビリテーション
 II 歯科口腔介護で行うリハビリテーション
 III 口腔環境整備能力のリハビリテーション
 IV 摂食・嚥下機能のリハビリテーション
 V 構音機能のリハビリテーション
 VI 表情機能のリハビリテーション
 VII 感覚機能のリハビリテーション
 VIII 分泌機能のリハビリテーション
 IX まとめ
3章 歯科口腔介護の手順と方法 (新井直也)
 I ケアマネジメントの手法と介護保険
 II 歯科口腔介護の手順・方法
4章 各制度下での歯科口腔介護 (新井俊二・川田達)
 I ゴールドプラン21と健康日本21
 II 介護保険制度と歯科口腔介護の位置づけ
 III 老人保健・医療保険制度と歯科口腔介護
 IV 社会福祉・老人福祉制度と歯科口腔介護
 V 今後の課題

■IV編 歯科口腔介護の関連知識

1章 介護の基本と実際 (大竹登志子)
 I 介護とは何か
 II 介護・歯科口腔介護を行う人と場
 III 介護の知識と実際
2章 歯科口腔介護の実践
 I 居宅における歯科口腔介護 (白田チヨ)
 II 介護老人保健施設における歯科口腔介護 (佐藤満子)
 III 病院における口腔ケア(歯科口腔介護) (久富雅子)
 IV 指定介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)における歯科口腔介護◆
 (小嶋光枝・江川広子)
3章 介護・歯科口腔介護のための器材 (江川広子)
 I 介護用具についての基本的な考え方
 II 福祉用具,日常生活用具の定義
 III 介護用具の種類と選ぶポイント
 IV 歯科口腔介護に必要な器材
4章 介護・歯科口腔介護に役立つ薬剤 (俣木志朗・小椋秀亮)
 I はじめに
 II 口腔清掃に用いる薬剤
 III 口腔内の各種炎症性疾患に対して用いられる薬物
 IV その他の薬剤
 V 薬物療法における留意事項

■V編 歯科介護予防

1章 高齢者の気道感染予防と歯科のかかわり (浦口良治)
 I はじめに
 II 介護予防事業への歯科のかかわり
 III 介護予防事業の概要
 IV 高齢者の気道感染
 V 誤嚥性肺炎の予防法
 VI 口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防
 VII 口腔ケアと「歯科介護予防」による介護予防事業
2章 気道感染予防の実際 (白田チヨ)
 I 気道感染予防のあり方
 II 気道感染予防活動の進め方
 III 気道感染予防の具体的な方法

■VI編 歯科口腔介護の教育

1章 総 論 (小椋秀亮)
 I 歯科口腔介護教育の理念,目的
 II 歯科口腔介護教育の主たる対象
 III 歯科口腔介護教育を巡る社会情勢の分析
 IV 歯科口腔介護教育のあり方について
2章 歯科衛生士教育における歯科口腔介護 (本間和代)
 I 歯科衛生士教育における理念・背景
 II 歯科口腔介護教育の実際
 III 教育効果と他職種との連携