やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 歯科医療はどうあるべきか,このままでいいのか,そんな疑問を感じた仲間が集まったのが,今からちょうど30年前の北九州の小倉です.その時には,ヘルスプロモーションの概念やMIDORIモデルの手法もありません.あるのは,人々のお口の健康をどのようにしたら達成できるか,そのためには予防が大事という考えだけでした.
 最初は何から手をつけていいのか,皆目見当がつきません.しかし,いろいろ考えるよりまず行動,この伝統は今も変わっていませんが,幼稚園になんのツテもなく飛び込んで行きました.若さと情熱で園の先生方になんとか予防の大切さを理解してもらい,園児を対象にしたむし歯予防がスタートしました.そのなかで,必要は発明の母,歯磨きソング「ゴシゴシデンターマン」やフッ化物洗口キッドなどを開発していきました.
 公衆衛生的なアプローチですべて解決できると思っていましたが,それだけでは人々のニーズに応えられないと気づき,パーソナルケアとして「子供の歯を守る会」を立ち上げ,プロフェッショナルケアの方法を開発しました.これも最初は小児から入りましたが,生涯にわたる口腔の健康を目指し,成人までのケアシステムを確立しました.その集大成が,25周年を記念し5年前に発刊した『明日からできる診療室での予防歯科』です.
 約15年前に,ヘルスプロモーションの考えに出会い学習を開始しました.それをもとにした地域歯科保健のあり方をゼミで検討していきましたが,そのなかでグリーンのプリシード・プロシードモデル(MIDORIモデル)に出会い,社会診断をベースにした,より科学的な地域歯科保健活動ができるようになりました.現在は口腔保健のあり方を,ソーシャルケアとして捉え展開しています.
 今回,30周年を迎えるにあたり,NPO法人ウェルビーイング(旧福岡予防歯科研究会)の発足の原点に立ち戻り,記念本の中で皆さま方と共に地域に飛び込んで行こうと思います.そこでの体験を通じ,何が大事なのか,何が必要なのかを体感して頂ければ幸いです.
 なお,30周年記念本として発刊に至りましたのは,旧福岡予防歯科研究会(現NPO法人ウェルビーイング)に係わった多くの会員や友人の献身的貢献であることは言うまでもありません.また,医歯薬出版編集部の牧野和彦氏ならびに絵本作家の森野さかなさんには,一方ならぬご助力を賜りました.設立30周年を迎えるにあたり,心から感謝の意を表します.

本書の目的と特徴について

■地域でヘルスプロモーションをやってみたくなる本
 この本は診療室でヘルスプロモーション(保健活動)を実践している医療従事者が,診療室の外でもヘルスプロモーションを実践できるようにと願いを込めてつくられたものです.ウェルビーイングの活動を通じて,診療室の中だけではなく,社会とのかかわりを意識できる地域の一員としての専門家,幼稚園,学校などの校医としての専門家,市町村,企業に対応できる専門家の必要性を強く感じたからです.
 1998年,福岡予防歯科研究会(NPO法人ウェルビーイングの前身)は設立25周年を記念して,『明日からできる診療室での予防歯科』を出版しました.通称「福予研(ふくよけん)」が25年間に蓄積したことをもとに,「予防歯科を始めたいけれど,何から手をつけていいのか悩んでいる」医療従事者向けに書かれたものです.
 今回,本書のタイトルを『明日からできる地域での予防歯科』としたのは,診療室で経験を積まれた医療従事者に,第2弾のアドバンス編として,地域に出ていくきっかけと激励,そして元気のもとを届けたいという願いからです.
■必要な知識や技術
 歯科医師や歯科衛生士,保健師が地域に出て,さまざまな場面でヘルスプロモーションを展開する際,知っておくべき知識(社会科学,人間科学,健康科学などなど)や新しい理論,理念が必要です.地域の仕組みや社会の流れを知ることも,人の一生のなかでの健康の位置づけを知ることも大切です.本書は,従来のように知識を供給するだけでなく,プロジェクトのプロセスを体験してもらいます.随所に知識や理論が挿入されているストーリーを読むことで,実際に現場で必要な知識,技術,手法が身につくように工夫をしました.
■6つの場面設定・相互関連した内容展開
 Projectは,それぞれ幼稚園,地域,小学校,高校,職場,診療室と,合計6つの場面が設定されています.登場する人物や地域で起こるストーリーは,すべて架空(バーチャル)のものです.6つのProjectの物語はそれぞれ独立しつつも,相互関連し,かつ連動(ある時は同時進行)しながら状況が展開していきます.
■問題を発見,解決の糸口を探っていくチュートリアル方式
 ストーリーが進むなかで場面の展開があります.いくつかの場面では,みなさんに【質問】を設定しています.質問は,知識を試すものではなく,企画力や想像力を確認するために設定してあります.内容により,架空の町で考えられた結果はホームページに掲載しています.ホームページにアクセスしてご覧ください.この本で一貫して伝えたいことは「答えは一つではない」ということです.あなたが考えた結論とこの町での結果のどこが違っているかを考えてみましょう.
 順番に読む必要はありません.まず,自分の興味のあるProjectからお読みください.読み終わったとき,ヘルスプロモーションを俯瞰的に理解できていることに気づかれるでしょう.
 さらに,ストーリーの背景にある理論に興味をもたれた方は,巻末のCD-ROMを利用してください.解説用のCD-ROMには本書で扱っている理論,手法が網羅されています.さあ,それでは始めましょう!
明日からできる地域での予防歯科
地域・幼稚園・学校・企業・診療室で広がるヘルスプロモーションの輪―CD-ROM付―

もくじ

Project1 幼稚園での歯科保健
  藤田孝一・大塚政公・竹本 慈・平田夕紀
 はじめに
 Phase1 幼稚園でむし歯予防に取り組もう
 Phase2 むし歯予防の計画を立てよう!
 Phase3 ブラッシング指導に行こう!
 Phase4 フッ化物洗口をやろう!
 Phase5 さぁフッ化物洗口開始!
 Phase6 継続しよう!評価しよう!

Project2 地域での乳歯う蝕対策の展開
  中村譲治・岩井 梢・壺井一彰
 はじめに
 Phase1 地域での乳歯う蝕対策のスタート
 Phase2 歯科保健勉強会の企画・MIDORIモデルとの出会い
 Phase3 アンケートの実施に向けて
 Phase4 歯科保健協議会の立ち上げの企画
 Phase5 歯科保健協議会の立ち上げ〜健康課題の目標値を決定しよう!
 Phase6 取り組むべき保健行動を決定しよう!
 Phase7 保健行動の背景を探ろう!
 Phase8 行動計画を立てて実施に向けて動き出そう

Project3 小学校での歯科保健の展開
  筒井昭仁・今里憲弘・藤好未陶・三浦喜久雄
 はじめに
 Phase1 私は学校歯科医!
 Phase2 学校歯科保健取り組みの前に,学校を知ろう
 Phase3 プログラムの検討と立案
 Phase4 歯肉炎プログラムの導入話
 Phase5 プログラム作成と学校への説明
 Phase6 歯肉炎対策のプログラムの実施
 Phase7 さて,歯肉炎はよくなっていたのでしょうか?
 Phase8 全体結果の報告と「食と健康」についての説明会
 Phase9 エピローグ

Project4 高校における歯肉炎対策
  松岡奈保子・柏木伸一郎・川上 誠・西本美恵子
 はじめに
 Phase1 高校での保健活動について話し合う
 Phase2 高校での歯科保健の取り組みを思案する
 Phase3 フォーカスグループインタビューの講習会に参加する
 Phase4 フォーカスグループインタビューの企画をする
 Phase5 保健委員会でFGIを実施する
 Phase6 FGIが終わり,校長先生に報告と相談に行く
 Phase7 関係者で会議を開く
 Phase8 歯科検診現場で健康教育をやってみる
 Phase9 アンケートにMIDORIモデルを使ってみる
 Phase10 保健委員会で歯肉炎を勉強する,歯磨きの仕方を学ぶ

Project5 企業における歯周病対策
  中村清徳・築山雄次・中村譲治
 はじめに
 Phase1 保健師,歯科医師,健保組合の担当者での話し合い
 Phase2 社員の実態を把握(評価)する
 Phase3 ワーキンググループ〜社長へのプレゼン
 Phase4 健康教育プログラムの開発〜パイロットスタディを通して
 Phase5 企業でのプロジェクトの展開方法〜運営委員会
 Phase6 プログラム実施〜評価について
 Phase7 エピローグ〜結果評価

Project6 診療室での予防歯科
  梶谷 彰・柏木伸一郎・中村譲治・山本和宏
 はじめに
 Phase1 小倉歯科医院のスタッフミーティング
 Phase2 小倉先生がミーティング結果を菅原先生に報告する
 Phase3 ウェルビーイングの地下室で小倉先生と原口先生が話す
 Phase4 小倉先生が大田歯科医院を見学する
 Phase5 一宝軒で懇親会を開く
 Phase6 3年後の小倉歯科医院