やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 本書を書くに至ったきっかけは,従来から大学で教えられていることが,実際の臨床と少しずつずれを生じていると強く思うようになったのではないかという疑問を強く抱くようになったことである.
 それらは,徐々に大きな疑問となって私のなかに蓄積されていった.
 歯内療法に関しては,いくつかの神話がある.
 “感染根管治療は,ていねいにやれば必ず治る”
 大多数の症例ではよいのだが,どうしても治らない症例がある.実際には感染根管治療の成績はもっと低いのではないだろうか?
 “根尖孔の手前にアピカルシートをつくって根管充 すればすべて治る”
 器具の滅菌が完璧であれば,通常の治療法で治るはずで,うまくいかないのは,消毒がいいかげんだからである.これは本当なのか?
 “ラバーダム防湿をしないから成績が悪い”
 実際には,ラバーダム防湿があまり行われていないのはなぜか? 結局,してもしなくてもさほど成績に変わりはないからだろうと考えるにいたった.しかし,これは以前からの世界的傾向である.
 “水酸化カルシウムは万能である”
 万能薬に頼るようでは,科学とはいえまい.
 “顕微鏡を使えば誰でも上手に治療できる”
 根管の形態的な問題点は,顕微鏡を使うようになってある程度解決されるようになった.しかし,見えたからといってできるとは限らないし,顕微鏡でも見えないものは見えない.
 結局,歯内療法は見えない部位への処置なので,完璧な施術は不可能である.歯内療法は,細菌を根管内に残したまま封鎖するという,いわば不完全な治療法である.密封することで細菌の無害化をはかるのであるが,その封鎖もいつ破壊されるかわからなく,細菌の復活の可能性に対しても脆いものだということが明らかになってきた.しかし,それでも治癒するのは,歯根膜の細胞,つまり生体自身が防御するからである.したがって,患者さんの体力が低下したときには再燃しやすいし,歯根膜に完全に炎症がない状態で治癒することは少ないと考えられる.
 歯内療法の分野は,実際には細かく追究していくとまだまだ研究されていないことが多い.だからこそ,適切な技術が必要なのである.ここに歯内療法のむずかしさがあるといってよい.幸いなことに,これまで多くの先人達のすぐれた知見が積み上げられてきたので,それらを現時点で総合・評価し,ある程度理論的に歯内療法の体系を組み上げるように全力を尽くしたつもりである.本書が,歯内療法を勉強しようとする若い先生の少しでも参考になればと切に願っている.
 2003年6月15日
 小林 千尋
I編 序説
  どのような治療がよい治療か
  痛みを起こさない治療がよい治療とは限らない
  エンドは薬が治すのではない
  テクニックの重要性
  よりよいエンドをめざして──顕微鏡の使用
  失敗には必然性がある
  上手になるためには
II編 理論的背景
 1.病因としての細菌
  エンドは細菌との戦いである
  細菌が存在しなければ根尖病巣はできない
  根管内に死腔があるだけでは根尖病巣はできない
  炎症歯髄は感染していると思え
   コラム 抜髄と感染根管治療の分類
  根尖病巣再発の原因は細菌である
 2.感染経路としての根管
  太い根管ほど根尖病巣ができやすい
   コラム 象牙細管の大きさ
  根管が空洞だと大きな根尖病巣が早くできる
  すべての根管充填はいずれ漏洩する
  根管充填材は長いほど漏洩が少ない
  根管充填が予後を支配する
  エンドの予後を左右するのは歯冠修復物である
  コロナルリーケージの防止
  病因としての根尖部根管──根尖治療とは
  根尖付近の根管に細菌を残さないために根尖孔は穿通させる必要がある
 3.根尖孔外の細菌
  根尖孔外に細菌はいるか
  セメント質内にも細菌がいることがある
  バイオフィルムが細菌を生存させる
 4.エンドの有効性
  エンド(非外科的)でどのくらい治るのか
  再治療は成績が悪い
  大きな根尖病巣のある歯は成績が悪い
  歯根嚢胞は非外科的エンドで治るか
III編 術式の科学
 1.エンドのための解剖学
  歯冠歯髄腔の形態
  根管の数・形態──第四根管の存在と2根管性に留意する
  根尖狭窄部は通常存在しない
  根尖孔の数・形態
  根尖孔の大きさと根尖病巣の成り立ち
  根管の形成に関して──歯根はみかけより薄い
  いままで根管口付近にフレアーをつけ過ぎではなかったか
  いままで太すぎるポストコア窩洞形成をしていなかったか
  ポストコアの長さは歯根長の/2
  ポストコアは歯を強化しない
  エンドを行った歯は割れやすくなる
 2.洗浄と貼薬
  EDTAとヒポクロリットの併用
  根管内のスミヤーは除去すべきか
  根管貼薬の必要性は──感染が軽度の場合は必ずしも必要ない
  水酸化カルシウムの根管消毒剤としての有用性は
  1回治療の正当性は──1回治療は薬を使わない治療法である
  1回治療の利点と欠点
 3.根管充填
  垂直加圧根管充填は過剰根管充填ではないのか
   コラム 成功率とは
  ガッタパーチャは痩せる
  根管充填材は何mm根管内に残す必要があるか
 4.難治性根尖性歯周炎の診断と治療
  米国の傾向は外科的治療
  難治性根尖性歯周炎とは
  難治性根尖性歯周炎の診断
  難治性根尖性歯周炎の歯外療法──根尖病巣への直接的な働きかけ
  嫌気培養は治療に有効か
  外科的歯内療法
  Microsurgery
 5.顕微鏡を用いたエンド
  顕微鏡の用途
 6.歯髄保存か抜髄か
  歯髄保存か
  どのようなときに抜髄するか
IV編 臨床
 1.診断のポイント
  痛みのある歯はどれか
  症状の原因は何か
  抜歯するかどうかを決める
  治療方針を決める
  診断の方法と使用器具
  口内法デジタルX線写真撮影装置の有用性
  CTは歯内療法では有効か
   コラム 3DX Multi Image Micro CT(R)
 2.診断の難しさ
  う蝕がなく,深いポケットもみつからないが患者さんは痛いという.抜髄する必要があるか
  そこらじゅうが痛いというが,痛みの原因はどの歯か
  そこらじゅうがしみるというが,抜髄する必要があるか,どの歯を抜髄するのか
  歯が悪くなってから肩がこって仕方がないという.どう対処するか
  痛みが正中を越えて反対側に動くときは要注意!
  神経をとったら歯が痛くて3カ月も夜眠れないという,どう対処するか
  どういうときに保存を断念して抜歯するか
  術前よりよくなる見込みのない歯には手をつけない
  自分では治せないと判断したら歯内療法からは,早めに撤退しよう
  歯科治療は患者さんが必ず治ると思っているから特殊である
  治らない可能性もよく説明すべきか──個々の患者さんに合ったインフォームドコンセント
  診断のフローチャート
   コラム エンドチェックリスト──治療を開始する前に
 3.髄腔開拡のポイント
  髄腔開拡の手順
  髄腔開拡はなぜ必要なのか
  髄腔開拡のコツ
  髄腔開拡の前準備(見やすくすること)
  修復物はできるだけ除去する
  咬合面を削除する
  歯髄腔への穿孔はその形態をイメージして
  ラビアルアクセス(labial access)とは
  歯が傾斜しているときには,歯の長軸の方向に特に注意を払う
  深さの規定
  天蓋の除去
  側壁を削りすぎると,その後の根管形成が非常に困難になる
  エンド三角は技術が伴ってから
  根管口の位置と数の確認
 4.根管作業長の決定(根管長測定法)
  種々の根管長測定法から総合的に根管作業長を決める
  電気的根管長測定法(EMR)は簡便であり,最も正確
  X線写真撮影による方法
  手指の感覚による方法
  患者さんの訴えによる方法
  ペーパーポイントによる方法
  ルートZX(R)で正確に測定できないとき
  そのほかのルートZX(R)の使用上の注意
  根管長測定法の実際
 5.根管形成
  どういう形の根管形成がいいのか
  Standardized preparation(標準化された根管形成)とは
  アピカルシートは不要である
  ステップバック法
  クラウンダウン(Crown-down)法とは
  Early flaring
  Continually tapering preparation(Buchanan)
  Balanced force法とは
  根尖孔は穿通させる必要があるのか
  改造Kファイルによる根尖孔の穿通
  Patency(穿通)ファイルとは
  ニッケルチタンファイルでの根管形成
  手用のステンレスファイルによる根管形成がよいのか,ニッケルチタンファイルを用いたエンジンによる根管形成がよいのか
  ニッケルチタンファイルを用いるには専用のエンジンが必要か
  トライオートZX(R)とは
   コラム デンターポート(R)(モリタ)
  各種ニッケルチタンファイル
  GT rotary(R)を折らないための根管形成法は
  ニッケルチタンファイルは折れやすいが対処法は
  ニッケルチタンファイルはどのくらい使用したら捨てるか
  GT rotary(R)の先端は細すぎないか
  トライオートZX(R)による根管形成時の注意
  超音波振動による根管形成
  ソルフィーZX(R)とは
  超音波チップによる根管口付近の削除
  ポストコアを除去したが,ポスト窩洞の窩底部分が硬くてファイルが進まない.どうしたらよいか.
  根管内にファイルが認められた.除去に超音波ファイルは有効か.
  根管が閉塞している.どうしたらよいか
  根管が彎曲している.どう根管形成したらよいか
  プレカーブのつけ方
  どういう形の根管形成がよいのか
  レッジを除去するにはどうしたらよいか
 6.洗浄
   コラム  ゲージ
 7.根管充填
  根管充填の時期
  垂直加圧充填法のほうが側方加圧充填法よりも優れている
  垂直加圧充填法の利点は根尖孔の封鎖がより確実であること
  垂直加圧充填法に対する批判
  側方加圧充填法はたまにやってもうまくできるが,垂直加圧充填法はいつもやっていないと上手にできない
  垂直加圧充填していると根管形成が上手になる
  シーラーは何がよいか
  ObturaII(R)とは
  オブチュレーションシステムとは
  オピアン法とは
  System B(R)とは
  オブチュレーションガッタNTとは
  ダブルインジェクション法とは
  垂直加圧充填しているが側枝に入らない,どうしてか
  多量にガッタパーチャを溢出してしまった,対処法は
  多量にシーラーを溢出してしまった,対処法は
 8.再治療
  再治療する場合
  非外科的再治療時に遭遇する技術的問題点
  歯冠の崩壊が大きく,ラバーダム防湿が難しい(クランプをかけにくい)
  長いポストコアの除去が困難である場合
  根管充填材の除去が困難である場合
  本来の根管とずれた方向にポストコア窩洞が掘られていると,根管形成しにくい
  本来の根管とずれた方向にすでに根管形成されていると,正しい方向に修正するのが非常に困難である
  偶発的穿孔を起こしていることも多い──偶発的穿孔部の封鎖
  MTA(R)とは
  根管内にファイルが折れ込まれていることも多い──破折ファイルの除去
  バイパス形成
  大きな問題のない補綴物が装着されている.臨床症状はないが軽度の根尖病巣がX線写真でみつかった.再治療する必要はあるか
  補綴物を作り直す.再治療する必要があるか
  最近作った補綴物が装着されている.臨床症状があるので放置できない.どうするか
 9.経過観察
  経過観察は何のために行なうのか
  大きな根尖病巣がX線写真で見つかった.エンドあるいは外科的歯内療法で治癒するか
  ペリオと合併した根尖病巣である.外科処置をすれば治癒するのか
  抜髄すると歯質は弱くなるのか
  抜髄すると歯質は変色するのか
  いったん治りかけた根尖病巣が再発した.原因と対処法は

 索引