やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 矯正歯科治療が,医療の一端を担うものであるかぎり,国民の誰でもが容易に,安心して受けられるものでなければなりません.そのためには,長期間にわたる定期的な通院のしやすさ,術後のアフターケアの確保など,患者さんの便宜を考えると,それは本来,馴染みの歯科医院(かかりつけの歯科医院)の役割であり,特定の矯正歯科専門医のみを頼りにすべきではありません.
 難度の高い不正咬合や顎変形症などは別としても,治療を要する不正咬合の半数以上は,意欲的な歯科医師なら誰でもが,わずかな勉学努力により,かなりの程度まで矯正治療が可能なほどに治療手法が進歩(簡易化)してきました.
 ただし,治療手法の簡易化は,歯の移動に関してもっとも基本的な,必須の知識と手間を等閑にすると,とんでもなく危険な事態をひき起こすことになります.このことは十分,頭に畳み込んでおいてください.
 わたくしは,新たな試みに挑戦していただく歯科医師の方がたのために,東京(大都市)と松江(地方都市)での,それぞれ230回以上にわたる一般開業歯科医師2グループへの研修指導経験を踏まえ,こうあって欲しいとの本音を伝えたい思いからこの冊子を手掛けることにしました.
 本書では,マルチブラケット装置を取り上げ,そのなかでもストレート・アーチワイヤー法を主体として,比較的問題の少ない症例を治療するための心得と手法について,基礎的な事項を記しました.
 また,ここで取り上げなかった唇・舌側弧線法にしても,機能的矯正法にしても,適応症例を選べば,素晴らしい効力を発揮します.しかし,これらの装置は見かけ上,比較的単純なだけ,いっそうその使用手技には微妙なむずかしさがあります.
 矯正歯科治療は本来,治療が確実であれば,装置は簡単なほどよいことはいうまでもありません.ただ,治療のほとんどのケースで多数歯の三次元的な移動が要求されます.それにはどうしてもマルチブラケット装置が必要となります.したがって,この手法を手がける術者にとって本書は不可欠なものとなります.
 本書では同じことの説明や図が,二度三度と異なった章で記されている場面があります.これはできるだけ,読まれる方の便宜を考えてのことですので,お許しください.
 また,本書のなかで記し忘れていることも多くあると思いますが,さらに研鑽を積んで,多くの患者さんのために役立ててください.本書が,矯正歯科治療を日常の臨床のなかに取り入れたいと考ている歯科医師の方がたの実践書となり,それにより不正咬合で悩んでいる多くの患者さんが,その治療の恩恵にあずかれるならば,著者のこれにすぎた喜びはありません.
 なお,写真はすべて,元広島大学講師で,現在,井藤矯正歯科医院の井藤一江先生から症例とその説明文の提供をいただきました.ここに感謝とお礼を申しあげます.
 終わりに,筆者の無理難題を心よく受け入れていただいた医歯薬出版株式会社のご好意に心からお礼を申しあげます.
 2001年6月15日 山内和夫
はじめに

1章 矯正歯科って何だろう
 A 矯正治療の終局的目標はどこに
  1.治療技術上の目標
  2.生理・病理・心理学上の目標
 B 不正咬合は悪者か?
 C やっぱり不正咬合は悪者だ!
 D 集団中に不正咬合者はどのくらいいるの?
  1.不正咬合のあり方
  2.不正咬合者の割合と矯正装置を装着している人の割合
 E 矯正治療が必要な人びとの掘り起こしをどうする?
  1.要矯正治療者とかかりつけ歯科医との数の推定
  2.不正咬合に関連する啓蒙の展開

2章 歯列と咬合のあり方を考えよう
 A 健全な歯列と咬合を考える
 B 正常咬合ってなんだ!
  1.正常咬合の要件
  2.解剖学的正常咬合
  3.個性正常咬合
  4.機能正常咬合
 C 対咬関係は矯正治療の来院ごとに必ずよく観察しよう
  1.上下顎第一大臼歯間の対咬関係
  2.上下顎犬歯の対咬関係
  3.上下顎小臼歯間の対咬関係
  4.上下顎第一大臼歯間の特殊な対咬関係

3章 どっちが大事:歯の移動と固定
 A 歯の移動の仕方
 B 歯を移動するときに歯根とその周囲組織に何が起きているのか
  1.歯の初期移動
  2.歯の移動の停滞期
  3.移動第2期
 C 歯を移動させるための固定
  1.固定の強さとその利用
  2.固定の種類

4章 どうして決めるの矯正力?
 A 適正な矯正力
 B 矯正力の種類

5章 もう一度見直そう不正咬合ーその種類と処置の思案
 A 上顎前突(いわゆる出っ歯)
  1.AngleII級1類の場合
  2.AngleI級の場合
 B 下顎前突(いわゆる受け口)
  1.AngleIII級の場合
  2.AngleI級の場合
 C 過蓋咬合と開咬の場合
 D 叢生歯列の場合
 E 空隙歯列の場合
 F 交叉咬合(側方偏位咬合)の場合

6章 ほんとに必要?歯の抜去
 A 歯の大きさについて
 B 抜歯か非抜歯か
  1.上顎第一大臼歯の遠心移動と第二・第三大臼歯の抜去について
  2.小臼歯の抜去について
  3.その他の抜去

7章 歯の排列スペースを考えよう
 A 排列スペースと空隙歯列
 B 排列スペースの不足
 C 排列スペース算定の方法

8章 ないと危険だ採得資料
 A 初診時の問診調査事項
 B 初診時の観察事項
 C 歯列の石膏模型
  1.咬合面観での観察
  2.唇面,頬面および舌面観での観察
  3.模型の計測
 D 正面と側面の顔写真
 E パノラマX線写真および必要部分のデンタルX線写真
 F 頭部X線規格写真
  1.側面X線写真
  2.正面X線写真
 G その他の検査など

9章 横顔の口許をよく観てみよう
 A 不正咬合の基本的な構成内容
 B 見掛け上の口許の良否

10章 マルチブラケット法を理解しよう
 A マルチブラケット装置について
  1.装置の概要
  2.ブラケットの設計とその役割
  3.ワイヤーの性質とその利用
  4.ブラケット間距離とワイヤーの屈曲

11章 ワイヤーの屈曲と歯の動き方を考える
 A 屈曲の基本型とその効果
  1.ファースト・オーダー・ベンド(一次面屈曲)
  2.セカンド・オーダー・ベンド(二次面屈曲)
  3.サード・オーダー・ベンド(三次面屈曲)
 B ワイヤーの屈曲位置の違いによる歯への作用の違い
  1.歯を圧下または挺出させる力
  2.歯を頬または舌側へ移動する力

12章 知っておこう付加的弾線,弾力ゴムは必需品
 A 犬歯の遠心移動(牽引)用弾線:セクショナル・リトラクション・ワイヤー
 B 歯の整直用弾線:アップライト・スプリング
 C 歯の近・遠心的移動用コイル・スプリング
 D 歯列弓拡大用スプリング
 E 牽引用の各種弾力ゴム

13章 装置の部品を準備する
 A 大臼歯用バンド
 B ブラケットとチューブ
  1.ブラケット
  2.チューブ
 C ワイヤー類
 D 弾力線と弾力ゴム
  1.弾力線
  2.弾力ゴム
  3.拡大用弾線
 E 加強固定用舌側装置
 F 下顎加強固定用リップバンパー

14章 アイディアル・アーチフォームって何だ?

15章 仮想症例でトレーニングしよう
 A 一般的な術式の手順
  1.レベリング
  2.犬歯の遠心移動
  3.切歯群の後方移動
  4.最終仕上げ
 B 仮想症例の治療方針と治療の進め方について
  1.AngleII級1類抜歯症例の場合
  2.AngleIII級抜歯症例の場合

16章 困ったもんだ保定には
 A 保定の泣きどころ
 B 保定とは
 C 保定の期間
 D 保定の方法
  1.保定装置の種類

17章 こんな症例は専門医にどうぞ
 A 叢生歯列
 B 上顎前突および過(被)蓋咬合
 C 反対咬合
 D 開咬
 E その他

18章 ついうっかりと忘れるな,知らずにいるとミスするよ!
 A 犬歯の遠心移動に際して
  1.移動量の適否の判断
  2.犬歯のI級関係達成における過誤
 B 小臼歯・大臼歯の ・舌的植立方向の問題
 C 歯列における歯のわずかな低位・高位・植立方向などの不良
 D ゴムリング,コイルスプリング,ワイヤーループによる歯の牽引時に派生する問題
 E 顎間ゴムの功罪
 F 固定歯とする歯群の結紮
 G 犬歯の遠心移動後の結紮
 H 再び犬歯の遠心移動に際して
 I 歯列を排列するための基準
 J こんなとき切歯は舌側にあおられる
 K 歯列から外れた歯は?
 L ブラケットの接着位置について
 M 切歯群を圧下する
 N 再びII級およびIII級(顎間)ゴムについての心得
 O トルク付ブラケット・スロットの錯覚
 P アーチワイヤー結紮強さの注意
 Q 正中離開の簡便な対処
 R 二通りの連続結紮
 S 角アーチワイヤーの“よじれ”に注意
 T アーチワイヤーによる側方拡大の副作用
 U アーチワイヤーから得られる矯正力の副作用
 V アーチワイヤーによる前後拡大

19章 矯正治療例を観察しよう
 A 上顎前突の治験例
 B 下顎前突の治験例
 C 叢生の治験例

20章 矯正治療にはこんな器具を準備しよう
 A バンドの作製,装着および撤去にあたって
 B ブラケットの接着と撤去に当たって
 C ワイヤーの屈曲と処理および結紮線の処理に当たって

索引