やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年の高齢化は世界的傾向であり,食生活の改善および医学・歯学の進歩・発展などにより,今後も超高齢化に向かって進むことが予想されている.わが国においても例外ではなく,いまや世界第1位の長寿国となっている.この高齢化の影響を受け,わが国の高齢者が必要とする義歯の総数は今後20年間で現在の1.5倍に増加すると推測され,また米国でも今後20年間は義歯の需要が増加し続けるとの予測がなされている.したがって,歯科医療サイドとしては,予防および保存治療を基盤とした補綴治療の理論と技術向上による総合的歯科医療を進歩・発展させることが重要であり,また,国民に対しては口腔ケアの意識を向上させて,いつまでも健康で楽しい人生を過ごせるように啓蒙することが大切であると思われる.
 ところで,不幸にして無歯顎となった患者さんは,コンプリートデンチャーの装着によって口元の審美性および咀嚼・嚥下・発語機能を回復し,快適な食生活を取り戻し,さらには社会に積極的に関わることを強く希望されていると思われる.その希望をかなえられる,装着感の良好なコンプリートデンチャーを提供するためには,顎関節や筋肉および神経系と調和し,機能的で安定した顎位のもとで製作することが原則であり,「良好な咬合の回復」による義歯の維持・安定が占める役割は極めて大きい.そのためには,印象採得および咬合採得の精度的向上はもちろん,人工歯排列時の中心咬合位における咬合接触状態と偏心運動時における片側性および両側性咬合平衡を高いレベルで与えることが重要な要件となる.
 しかし,臨床では中心咬合位としてもっとも望ましい下顎位やデンチャースペースを求めることは容易ではなく,また,オーバーデンチャーやフラビーガム,過度の歯槽骨の吸収など義歯の維持・安定への対応に苦慮する症例が多い.したがって,患者さんに満足していただけるコンプリートデンチャーを提供するためには,豊富な知識と経験,そして熟練された技術と繊細な感性が必要となり,技術への向上心や歯科医療に対する使命感をもつことが大切であると思われる.
 本書では,筆者の30年あまりの臨床経験や研究にもとづき,患者さんに満足していただけるコンプリートデンチャーを製作するための基本的理論と術式について,良好な片側性および両側性咬合平衡を得るための臼歯部人工歯排列を中心に,義歯の維持・安定に重要な役割を果たす歯肉形成の要点,および義歯の維持・安定にとって重要な前提条件となる印象採得および咬合採得の要点について言及している.表現力に乏しく,不備な点や整理の行き届かない点も多々あるとは思うが,読者各位の臨床において参考になる事項があれば幸いである.
 2009年3月
 渡邉清志
序章 咬合平衡について
 咬合平衡とは?
 なぜ,咬合平衡を得る必要があるのか?〜旧義歯からみえてくるもの
第1章 咬合平衡が向上する印象採得
 1.概形印象
  解剖学的ランドマーク
  概形印象の要点
 2.機能印象
  個人トレー製作上の要点
   (1)第一外形線および第二外形線の設定
   (2)レジン部の製作
   (3)トレーコンパウンド付着
  筋圧形成印象法の要点
  機能印象と完成義歯との関連
   ・特殊な個人トレー(Biometric tray)の製作
第2章 咬合平衡が向上する咬合床・咬合採得
 1.咬合採得の意義
 2.咬合床の製作
  咬合床製作の要点
   (1)基礎床
   (2)咬合堤
 3.咬合採得の手順と要点(片側性咬合平衡向上への対応)
 4.特殊装置を用いた顎位の決定と顆路傾斜角の調節
  フェイスボウトランスファー法〜上顎顎堤位置の決定
  ゴシックアーチ描記法〜下顎位の決定
  矢状顆路傾斜角の調節
 5.咬合採得後の咬合器上での咬合床の修正
  前歯部の修正
  臼歯部の修正
 6.咬合採得後の咬合床と人工歯排列の関連
  前歯部〜鼻下部および口唇部の豊隆との関連
  臼歯部〜片側性咬合平衡との関連
   ・基礎床の弾性変形と対策
   ・咬合採得と下顎咬合堤の高径
   ・ダブルスプリットキャストテクニック
   ・アペックスと中心咬合位について
   ・ゴシックアーチ描記法を活用した下顎作業用模型装着後の修正
   ・咬頭嵌合位と中心咬合位
第3章 咬合平衡が向上する人工歯排列・歯肉形成・レジン重合
 1.コンプリートデンチャーの咬合様式
 2.人工歯排列
  前歯部人工歯排列
   (1)人工歯排列による片側性咬合平衡への対応
   (2)人工歯排列による両側性咬合平衡への対応
  臼歯部人工歯排列
   (1)人工歯排列による片側性咬合平衡への対応
   (2)人工歯排列による両側性咬合平衡への対応
  両側性咬合平衡を合理的に求める調節彎曲改良値と技工術式
   (1)フルバランスドオクルージョンにおける調節彎曲改良値と技工術式
   (2)両側性咬合平衡型リンガライズドオクルージョンにおける調節彎曲改良値と技工術式
   (3)フルバランスドオクルージョンと両側性咬合平衡型リンガライズドオクルージョンの選択基準
 3.両側性咬合平衡を向上させる蝋義歯時の選択削合
  蝋義歯時の選択削合法とは
  蝋義歯時の選択削合法の手順と要点
 4.歯肉形成
  歯肉形態の役割と重要性
   (1)印象採得および咬合採得との関連
   (2)片側性および両側性咬合平衡との関連
  歯肉形成の実際
   (1)形成的要点
   (2)形態的要点
   (3)歯肉形成の実際
 5.フラスク埋没と重合工程の重要性
  フラスク埋没法(フラスキング)の選択
   (1)二次埋没法
   (2)三次埋没法
  填入レジンの混和とレジン填入
   (1)レジンの混和および餅状の確認
   (2)餅状レジンの填入
   (3)レジン填入時試圧一回法とレジン溜まり形成法の併用
  キュアリングサイクルの選択
   (1)65℃で60分係留後100℃で60分係留法(JIS規格 T6501)
   (2)低温長時間重合法
  重合後のフラスクの徐冷
  レジン重合後の選択削合と自動削合および最終調整
   (1)レジン重合後の選択削合
   (2)レジン重合後の自動削合
   (3)中心咬合位における最終調整
   (4)削合時のその他の注意点
   ・フルバランスドオクルージョンとバランスドオクルージョンの相違
   ・上顎前突への対応
   ・咀嚼運動時の両側性咬合平衡の役割
   ・片側性咬合平衡と歯槽頂間線の法則および舌側化咬合
   ・歯肉形成の仕上げ
   ・レジン重合後の一般的な選択削合法
  蝋義歯の完成状態および重合義歯の削合完了状態
  フルバランスドオクルージョン
  両側性咬合平衡型リンガライズドオクルージョン
   ・蝋義歯の口腔内試適時の転覆検査(テコ検査)
  上下顎コンプリートデンチャーの人工歯に出現する咬合小面
   フルバランスドオクルージョン
   両側性咬合平衡型リンガライズドオクルージョン
付章 研磨・口腔内咬合調整
 1.仕上げ研磨
 2.口腔内での咬合調整および予後の状態

 参考文献
 索引