やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって

 1948年の歯科衛生士法の制定により,歯科衛生士が歯科疾患の予防の旗手として誕生してから50年が経ち,西暦2000年を迎えた今日,社会の要請を背景に歯科衛生士の役割は,徐々に拡大されるとともに多様化しています.
 とりわけ臨床現場では,歯周治療における歯科衛生士のかかわりは,大変重要で欠かせないものになっています.
 現在は,こうした歯科衛生士に対する期待が高まっている一方で,歯科衛生士としての専門性が大きく問われている時期であるともいえます.
 歯科衛生士の多くは歯科診療所に勤務しているのが実態ですが,卒後2〜3年経ち,技術的なものが一定のレベルに達すると,そこから先の上達が思うようにいかず悩んでいる歯科衛生士は少なくありません.歯科衛生士の仕事は資格があるからといって,それだけでできるものでもありませんし,また知識や技術のみで十分というわけにもいきません.
 特に,歯科衛生士にとっての歯周治療は,診療の補助という側面と,患者さんへの歯科保健指導をとおして初診からメインテナンスまでのすべてのプロセスにかかわる側面とをあわせもっているため,大変出番の多い診療場面といえます.また,歯周治療は,患者さんを中心とした歯科医師,歯科衛生士の共同作業です.それぞれの十分なコミュニケーションと信頼関係を形成するなかでとりかからなくては,うまくいきません.プラークがあるから指導し,歯石があるから取り,炎症があるから患者さんに忠告するといったような漠然とした施術や援助をするのではなく,患者さん一人一人の3年後,5年後を予測し,いまそのために自分は何をすべきかを常に意識しながら,プロとして患者さんへの対応を考えることが必要です.そして,そうなるためには医療という職種の必然性から自分なりの研鑽が欠かせません.
 本シリーズは,歯科衛生士の仕事を考える,また,歯科衛生士の目標とするものを明らかにする意味で,歯周治療に焦点を当て,歯科衛生士の立場から執筆されたはじめての書籍です.モチベーションから記録の取り方,歯肉のみかた,プラークコントロール,スケーリング・ルートプレーニング,ケースプレゼンテーション,リコール…など,シリーズをとおして読むことで,歯周治療のさまざまなステージにおける問題点の,解決へのヒントをつかむことができるようになっています.また,単にHOW TOを提示する書ではなく,たとえば,何を,なぜ悩んだのか,それを解決するために何をし,こう行き着いた,といった展開を基調とした,歯科衛生士が自分で考えられる,考えようとする本です.実際の臨床では,いろいろなやり方や工夫,意見があるかと思いますが,本書の内容を理解することで自分で考え,自分なりの歯科衛生士像をつくっていくことができる,そんな本でありたいと願っています.
 21世紀に向け,本シリーズが皆様のあらたな歯科衛生士としての自分を切り開く一助になることを願ってやみません.
 最後に本シリーズ発行にあたっては各歯科医院の歯科医師の先生方をはじめ多くの方々に多大なご協力をいただきましたことをここに感謝申し上げます.
 2000年2月 編集委員一同

はじめに

 私たちDHは,日々患者さんに接し,その口腔内をみ,プロービングや,口腔内写真,X線写真,患者記録,業務記録などさまざまな情報を活用して処置にあたっています.つまり毎日情報を“記録“し“よみと”って利用しているわけですが,その意味を改めて考えてみたことはありますか?
 患者さんの歯肉の色や性状などをみたとき,DHとしてはそこから与えられている情報を正確にとらえることが必要です.
 外からみるだけではありません.プロービングを行い,X線写真をじっくりみることが,さらにその情報を確かなものにしていきます.たとえば,スケーリング・ルートプレーニングをはじめる前にじっくりプロービング値やX線写真をみておくと,“ポケットが深く,骨吸収もすすんでいるのに,根面には目立った歯石がみえないこれはもしかして板状の歯石かも…”と予想がついたり,治療計画の参考にすることもできるでしょう.
 患者さんの口腔内写真も大切な情報源です.写真の整理をしていて,“歯肉の形が変化している““歯が移動してきた”など,口腔内をみていたときには気づかなかったことがらに気づくことがあるはずです.
 正しく情報をよみとるためには,わかりやすい記録をとっておくことが重要なポイントになります.
 また,毎日診療室を訪れる患者さんが,各々どんな思いで来院してくるかを,DHのみなさんは考えてみたことがありますか?
 “臆病なAさんは,痛くないかとビクビクしているかもしれない”
 “Bさんは,せっかちだから時間を気にしているだろう”
 あるいは“また今日もブラッシングがよくないといわれるんだろうか““歯肉は少しはよくなってきているんだろうか”など,さまざまな患者さんの思いがあります.
 何か不満をもちながらも,いい出せないでいる患者さんもいることでしょう.
 患者さん一人一人の意識のありかは違います.
 継続的な記録をとっていくことが,患者さんに対する気づきの助けになります.
 定期検診の患者さんを担当することになったとき,以前に担当していたDHの記録をよむことで,まだ逢っていないその患者さんを,まるでよく知っている患者さんであるかのように感じてしまうこともあるのです.
 患者さんの背景を知ることが,治療を大きく左右することが多々ある歯周治療の場面では,患者さんの意識のありかをよみとること――これが,DHとしてとても重要なところであることを,この本を手にするすべてのDHの方々に,まず知っていただきたいと思います.
 「記録すること」はそこから何が「よみとれるか」と密接につなっがっており,よみとるために記録を利用しようとする姿勢はやがて患者さんの意識のありかをよみとることにつながっていくものだと思います.
 本書「記録すること・よみとること」は何をどう記録し,何をよみとっていくのかをみなさんに再確認していただける内容であふれています.
 みなさん自身の毎日の「記録すること」「よみとること」に目一杯利用してください.
 2000年5月 著者一同
Practical Periodontal Treatment Series for Dental Hygienist刊行にあたって… iii
はじめに… v
目次… vii

I編
よみとることの意味…竹澤登美子……1
 1 DHの仕事としてのよみとることの意味…2
  1 何をよみとるか…2
  2 結果から原因をよみとる――DHとして…2
  3 患者さん全体をよみとる――DHから人として…3

II編
歯肉をみること…松本絹子……5
 1 歯肉からの情報…6
  1 歯肉からの情報とは…6
  2 情報の生かし方…7
 1 歯肉からの情報を生かすために必要なこと…7
  1 2人の患者さんの口腔からそれぞれの背景がみえてきますか?…7
    1.口腔内写真から何をよみとるか…7
    2.患者さんの背景をみる…8
    3.背景を知ったうえで対応を考える―歯肉からの情報を生かす…8
 2 歯肉からの情報をどう生かしたか…9
  1 形態の変化…9
    1.フェストゥーン型…9
    2.クレフト型(歯肉裂開)…11
  2 色の変化…13
    1.骨欠損…13
    2.歯石…14
    3.急性症状…15
    4.喫煙…16
  3 性状…17
    1.かたい歯肉(炎症が表面に表われにくい歯肉)…17
    2.やわらかい歯肉(炎症が表面に表われやすい歯肉)…18
  4 修復物・補綴物による影響…19
    1.不適合充填…19
    2.不適合冠…20
  5 外傷…21
    1.火傷…21
    2.擦過傷…22
  6 治癒後の変化(成熟化)…25
  7 その他…26
    1.ブラッシング習慣(磨き癖)…26
    2.食生活…27
    3.全身の健康状態…28

III編
プロービングを活用するために…浦野直子……31
 1 プロービングで何かわかるのか…32
  1 何がわかるのかプロービング,どのように生かすのかプロービング…32
   1 出血の有無をみるプロービング…32
   2 ポケットの深さからアタッチメントレベルを導くためのプロービング…33
    1.アタッチメントレベルを理解しよう…33
   3 歯肉の抵抗力をみるプロービング…36
   4 根分岐部病変をみるプロービング…36
   5 歯周治療に生かそうプロービング…38
    1.歯周治療の効果判定に…38
 2 プロービングの方法…42
  1 どのように選ぶのかプローブ…42
  2 習得しようプロービングテクニック…43
    1.あなたのプロービングテクニックをチェックしましょう…43
  3 挑戦しよう根分岐部のプロービング…45
 3 記録の方法…48
  1 記録が大切プロービング…48

IV編
X線写真をよむ…横塚しおり……51
 1 X線写真からよみとれること…52
  1 X線写真をよむ…52
   1 X線写真からわかること…52
   2 X線写真からわからないこと…54
   3 X線写真をよみとろう…54
    1.正常像を知ろう…56
    2.病態や変化を見つけよう…58
   4 よいX線写真,悪いX線写真…59
    1.よいX線写真…59
    2.悪いX線写真…59
  2 規格性のあるX線写真(位置づけ・現像・管理)…61
   1 現像システム…61
    1.手現像…61
    2.自動現像機…62
   2 撮影・現像方法の一例…62
    1.フィルムの位置づけ…62
    2.現像システム(方法)…63
   3 管理(整理・保存)の一例…64
 2 歯周治療におけるX線写真の活用…65
  1 自己活用――立体像をイメージして歯周治療に活用…65
   1 病態をよみとる…65
    1.1歯単位で考える(局所をみる)…65
    2.口腔単位で考える(全体をみる)…69
   2 経過観察…70
    1.治療結果の検証…70
    2.予後の推測と類似ケースへの指針…71
    3.貴重なビジュアル情報…72
   3 自己活用から患者活用へ…74
    1.X線写真から得た情報を患者指導に生かそう…74
    2.治療計画を理解する…74
  2 患者活用―モチベーションに役立てる…75
  3 勉強会などへの活用―自己研鑚に役立てる…75

V編
つかえる口腔内写真…77
 1 記録としての写真…伊藤恵美……78
  1 口腔内写真は教えてくれる…78
   1 写真と文章  …78
   2 仕事の記録…79
   3 こんな記録も…80
 2  写真を上手に撮るために――とにかく慣れること…81
  1 準備…81
  2 構図…82
   1 正面…84
   2 上顎咬合面・下顎咬合面…85
   3 上顎前歯部拡大・下顎前歯部拡大…87
   4 左右臼歯口蓋側面…88
   5 左右臼歯舌側面…90
   6 左右臼歯側面…92
  3 トレーニング…93
  4 1人撮り…原田かおり……95
   1 1人撮りの利点…95
   2 1人で撮影するにあたって準備するものと注意するべきこと…95
 3 写真の管理…伊藤恵美……98
  1 いつでも取り出せるようにしておこう…98
   1 撮影直後の仕事…98
   2 現像後の仕事…98
   3 保管場所…99
 4 写真の活用法…100
  1 撮るだけでは記念写真,活用してこそ生きた情報に…100
   1 患者さんへ…100
    1.動機づけ…100
    2.自分で確認してもらうために…100
   2 情報交換…102
    1.スタッフ間で…102
    2.医院外での勉強会で…102
   3 自己評価…102
    1.自分の仕事の記録として…102
    2.個々の指導計画を立てるときや指導内容の予習をするときの資料として…103
    3.貴重な財産をどう生かしていくべきか…103

VI編
記録すること…105
 1 DHの仕事としての記録…野村正子……106
  1 DHの仕事としての記録の意味――DHはなぜ業務記録を書かなくてはならないのか…106
   1 「患者記録」と「業務記録」…106
   2 業務記録の作成はDHの義務――法律上の問題として…106
   3 なぜ業務記録を書かなくてはならないのか――DHの自立の問題として…107
 2 何を記録するのか,何に記録するのか…108
  1 何を記録するのか…野村正子……108
  2 何に記録するのか…109
  3 米国での患者カルテの記録…加藤久子……116
   1 米国での患者カルテの扱い…116
    1.他の歯科医院で治療を行うためのカルテ複写の利用…116
    2.法的証拠としての記録…116
   2 医療機関での患者カルテの役割…116
    1.歯科医師や歯科衛生士間の連絡として…116
    2.医療従事者間での確認…117
   3 カルテに記載している内容…117
   4 パートタイムの歯科衛生士として勤務して…118

文献…119
索引…120