やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

『歯科衛生学シリーズ』の誕生─監修にあたって
 全国歯科衛生士教育協議会が監修を行ってきた歯科衛生士養成のための教科書のタイトルを,2022年度より,従来の『最新歯科衛生士教本』から『歯科衛生学シリーズ』に変更させていただくことになりました.2022年度は新たに改訂された教科書のみですが,2023年度からはすべての教科書のタイトルを『歯科衛生学シリーズ』とさせていただきます.
 その背景には,全国歯科衛生士教育協議会の2021年5月の総会で承認された「歯科衛生学の体系化」という歯科衛生士の教育および業務に関する大きな改革案の公開があります.この報告では,「口腔の健康を通して全身の健康の維持・増進をはかり,生活の質の向上に資するためのもの」を「歯科衛生」と定義し,この「歯科衛生」を理論と実践の両面から探求する学問が【歯科衛生学】であるとしました.【歯科衛生学】は基礎歯科衛生学・臨床歯科衛生学・社会歯科衛生学の3つの分野から構成されるとしています.
 また,これまでの教科書は『歯科衛生士教本』というような職種名がついたものであり,これではその職業の「業務マニュアル」を彷彿させると,看護分野など医療他職種からたびたび指摘されてきた経緯があります.さらに,現行の臨床系の教科書には「○○学」といった「学」の表記がないことから,歯科衛生士の教育には学問は必要ないのではと教育機関の講師の方から提言いただいたこともありました.
 「日本歯科衛生教育学会」など歯科衛生関連学会も設立され,教育年限も3年以上に引き上げられて,【歯科衛生学】の体系化も提案された今,自分自身の知識や経験が整理され,視野の広がりは臨床上の疑問を解くための指針ともなり,自分が実践してきた歯科保健・医療・福祉の正当性を検証することも可能となります.日常の身近な問題を見つけ,科学的思考によって自ら問題を解決する能力を養い,歯科衛生業務を展開していくことが,少子高齢化が続く令和の時代に求められています.
 科学的な根拠に裏付けられた歯科衛生業務のあり方を新しい『歯科衛生学シリーズ』で養い,生活者の健康に寄与できる歯科衛生士として社会に羽ばたいていただきたいと願っております.
 2022年2月
 一般社団法人 全国歯科衛生士教育協議会理事長
 眞木吉信


発刊の辞
 歯科衛生士の教育が始まり70年余の経過を経た歯科衛生士の役割は,急激な高齢化や歯科医療の需要の変化とともに医科歯科連携が求められ,医科疾患の重症化予防,例えば糖尿病や誤嚥性肺炎の予防など,う蝕や歯周病といった歯科疾患予防の範囲にとどまらず,全身の健康を見据えた口腔健康管理へとその範囲が拡大しています.
 日本政府は,経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」で,口腔の健康は全身の健康にもつながることから,生涯を通じた歯科健診の充実,入院患者や要介護者をはじめとする国民に対する口腔機能管理の推進,歯科口腔保健の充実や地域における医科歯科連携の構築,歯科保健医療の充実に取り組むなど,歯科関連事項を打ち出しており,2022年の現在においても継承されています.特に口腔衛生管理や口腔機能管理については,歯科口腔保健の充実,歯科医療専門職種間,医科歯科,介護・福祉関係機関との連携を推進し,歯科保健医療提供の構築と強化に取り組むことなどが明記され,徹底した予防投資や積極的な未病への介入が全身の健康につながることとして歯科衛生士の活躍が期待されています.
 歯科衛生士は,多くの医療系職種のなかでも予防を専門とする唯一の職種で,口腔疾患発症後はもちろんのこと,未病である健口のうちから介入することができ,予防から治療に至るまで,継続して人の生涯に寄り添うことができます.
 このような社会のニーズに対応するため歯科衛生学教育は,歯・口腔の歯科学に留まらず,保健・医療・福祉の広範囲にわたる知識を学ぶことが必要となってきました.
 歯科衛生学は「口腔の健康を通して全身の健康の維持・増進をはかり,生活の質の向上に資するためのものを『歯科衛生』と定義し,この『歯科衛生』を理論と実践の両面から探求する学問が歯科衛生学である」と定義されます.そこで歯科衛生士の学問は「歯科衛生学」であると明確にするために,これまでの『歯科衛生士教本』,『新歯科衛生士教本』,『最新歯科衛生士教本』としてきた教本のタイトルを一新し,『歯科衛生学シリーズ』とすることになりました.
 歯科衛生士として求められる基本的な資質・能力を備えるため『歯科衛生学シリーズ』は,プロフェッショナルとしての歯科衛生学の知識と技能を身につけ,保健・医療・福祉の協働,歯科衛生の質と安全管理,社会において貢献できる歯科衛生士,科学的研究や生涯にわたり学ぶ姿勢を修得する教科書として発刊されました.これからの新たな歯科衛生学教育のために,本書が広く活用され,歯科衛生学の発展・推進に寄与することを願っています.
 本書の発刊にご執筆の労を賜った先生方はじめ,ご尽力いただいた医歯薬出版株式会社の皆様に厚く御礼申し上げ,発刊の辞といたします.
 2022年2月
 歯科衛生学シリーズ編集委員会
 高阪利美 ** 眞木吉信 * 合場千佳子 石川裕子 犬飼順子
 遠藤圭子 片岡あい子 佐藤 聡 白鳥たかみ 末瀬一彦
 戸原 玄 畠中能子 前田健康 升井一朗 水上美樹
 森崎市治郎 山田小枝子 山根 瞳 吉田直美
 (**編集委員長,*副編集委員長,五十音順,2024年1月現在)


第2版 執筆の序
 歯科医療は20〜30年前と比べて,社会のなかでの役割が大きな広がりをみせている.これは高齢者や基礎疾患を有する患者の増加に伴い,医師,看護師と連携しながら,歯科診療室にとどまらず,さまざまな場での歯科診療が求められてきたことにもよる.在宅診療はその代表例で,そこではケアマネジャーなど社会福祉関係者との連携も求められる.こうした環境の変化に対応するためには生命科学のみならず,私たちの生活する社会,人の行動や心理,生命倫理など,医療人にとって必須の事柄を幅広く学びつつ,実践の場で医療・福祉関係者と協働することで,その理解を深めることが肝要である.この科目の主題である「放射線」は人との交わりにおいて科学全般に及ぶ基本的な事柄であり,社会的なさまざまな側面に配慮しながら,これを医療に適用していくこととなる.
 医療では放射線は画像検査やがん治療に利用される.医師・歯科医師は放射線を学び,これを適切に医療に活用することが社会から求められる.放射線診療の専門職として,学会等が認定する専門医として「放射線科専門医」があり,歯科では「歯科放射線専門医」がある.また「診療放射線技師」という放射線診療に特化した専門職がある.これは「診療放射線技師法」に基づく職種で,厚生労働大臣の免許を受けて,医師または歯科医師の指示の下に,放射線を人体に対して照射することを業とするものである.放射線を医療で活用するためには専門的な知識と技術が必要であり,また放射線は人体への「負」の影響があることから,その活用にはさまざまな配慮が求められるためでもある.
 さて,歯科医療の画像検査では放射線の1つであるエックス線を主として利用する.歯や顎骨の検査では口内法撮影,パノラマ撮影,さらに最近では歯科に特化したCTが活用され,これらはエックス線を用いる.このため歯科衛生士はエックス線撮影の意義,撮影技術,画像の見方などを学ぶこととなる.歯科医療でエックス線がいかに有効,安全に利用されるかを知り,ひいては「放射線」と人との関わりについて,広い視野に立った意見をもつことができるであろう.これが,「歯科放射線学」を学ぶ最終目標といってもいいだろう.なお,次ページに歯科衛生学教育のモデルコアカリキュラム(2022年度改訂版)と歯科衛生士の国家試験出題基準(令和4年版)のうち,放射線に関連する事項を抜粋した.これらは歯科放射線学を学ぶガイドになるだろう.
 エックス線を含む放射線に関する情報は身近に多くあり接する機会も多い.この機会に広く放射線に関心をもってこれを正しく理解し,先に述べたように,広い視野をもった社会性の高い歯科衛生士を目指して欲しい.
 2023年12月
 編集委員 岡野友宏
1章 放射線と歯科医療
 (1)-エックス線と歯科医療
 (2)-エックス線の発生,性質とその量
  1.エックス線の発生と患者への照射
  2.エックス線画像の形成
  3.エックス線の量:線量
  4.放射線影響の大きさを考慮した線量の単位
 (3)-エックス線の生体への影響
  1.放射線被曝の影響
 (4)-医療における放射線の防護
2章 口内法エックス線撮影
 (1)-口内法エックス線撮影装置
 (2)-口内法エックス線撮影に用いる検出器
   1)イメージングプレート
   2)固体半導体検出器
 (3)-口内法エックス線撮影
  1.歯・歯周組織の撮影における投影の原則
   1)二等分法(垂直的角度)と平行法
   2)正放線投影(水平的角度)と偏心投影
  2.咬翼法撮影
  3.咬合法撮影
   1)下顎の歯軸方向投影
   2)上顎の根尖部方向投影
   3)顎下腺唾石症のための2方向投影
 (4)-口内法エックス線撮影の実際
  1.患者への説明と同意
  2.照射条件の設定
  3.撮影椅子における頭部の固定
  4.検出器とヘッドの位置付け
   1)検出器の位置付け
   2)検出器の保持
  5.口内法エックス線撮影による画像
  6.口内法エックス線撮影による全顎撮影
  7.対象部位ごとの撮影手技
  8.投影法が不適切な場合の画像
 (5)-配慮が必要な患者のエックス線撮影
  1.乳幼児・小児のエックス線撮影
  2.妊婦のエックス線撮影
  3.障がい者のエックス線撮影
  4.在宅等におけるエックス線撮影
 (6)-感染予防策
  1.口内法エックス線撮影の感染予防
  2.口内法エックス線撮影の感染予防における歯科衛生士の役割
  3.院内感染対策マニュアルの整備
 (7)-口内法エックス線撮影に用いるエックス線フィルムとその写真処理
  1.エックス線フィルム
  2.フィルムの写真処理
  3.エックス線写真の管理
3章 パノラマエックス線撮影法
 (1)-パノラマエックス線撮影の適応
 (2)-パノラマエックス線撮影装置における画像の形成
 (3)-パノラマエックス線撮影の実際
  1.パノラマエックス線撮影装置の概要
  2.撮影条件の選択
  3.部分撮影
  4.顎関節の撮影
  5.患者への指示と説明
  6.患者の位置付け
   1)装置の高さの調節
   2)適切な姿勢の維持
   3)断層域への患者の位置付け
   4)患者の解放
 (4)-パノラマエックス線撮影における画像の評価
  1.異物による障害陰影
  2.頭部の固定や位置が不良な場合
 (5)-パノラマ画像の正常解剖
 (6)-増感紙フィルム組み合わせ系を用いたパノラマエックス線撮影の場合
4章 歯科用コーンビームCT
  1.基本的な概念
  2.撮影領域の大きさとその適応疾患
  3.撮影の手順
  4.画像の観察と画像データの応用
  5.コーンビームCTによる観察例
5章 その他の画像検査法
 (1)-頭部エックス線撮影
  1.頭部エックス線規格撮影法(セファログラフィ)
  2.顔面部エックス線撮影法
  3.顎関節エックス線撮影法
   Coffee break骨年齢の評価
 (2)-造影検査と嚥下造影
 (3)-コンピュータ断層撮影法(CT)
 (4)-磁気共鳴撮像法(MRI)
 (5)-超音波検査(US)
 (6)-核医学検査
  1.シンチグラフィ
  2.ポジトロンエミッション断層撮像(PET)
6章 歯科エックス線画像の観察
 (1)-医療情報システムと画像の管理および観察
  1.病院情報システム(HIS)と医用画像の管理
  2.個人情報の保護
  3.デジタル画像の観察
  4.コンピュータによる支援検出・診断の進歩
 (2)-画像の観察:歯と周囲組織の病変
  1.う蝕
  2.根尖部歯周組織の病変
  3.歯周組織の病変
  4.歯の異常
  5.その他の異常等
 (3)-画像の観察:顎骨の病変
7章 がんの放射線治療と口腔健康管理
 (1)-がんの放射線治療
  1.口腔がんの放射線治療の実際
 (2)-放射線治療患者の口腔健康管理
  1.口腔に生じる代表的な有害事象
  2.放射線治療患者に対する口腔健康管理
   1)治療開始前
   2)治療中
   3)治療後