やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 1983年に初版,2011年に第3版と約30年にわたって使用されてきた歯科衛生士教本「齲蝕予防処置法」(榊原,中垣,石井,石飛著)を,新しい編著者で,新たに齲蝕予防処置法の基礎を理解する実習・演習を追加し,近年の齲蝕の発病理論と早期(初期)診断法,齲蝕抑制効果の評価法・データベースの使用法,フッ化物ゲル(ゼリー)製作などの実習や演習を加え,全面的に2012年に書き改め出版してからすでに5年が経った.
 第1版の序で,歯科衛生教育や歯科臨床には,ユネスコ教育開発国際委員会のフォール報告(1972年)にある「教育は“Learning to have”(ものを知る)から,“Learning to be”(学び方を学ぶ)へ向ける必要がある」という「自ら理解し学ぶ」ことを願い本書を編集したと述べた.事実その後,文部科学省の学校教育においても,新学習指導要領が作成され,知識・技能,判断力・思考力・表現力から学びに向かう力・人間性が柱となり,“Active learning”を重要視した教育が,2020年度から実施されることになった.日本の教育の弱点であった学び方の学習へ向かっているのはうれしい.
 齲蝕予防処置法関連でも,セルフケアとして,OTC(Over The Counter)医薬品(要指導医薬品)のむし歯予防薬として日本初のフッ化物洗口剤が,2015年9月18日より薬剤師のいる薬局・ドラッグストアなどで発売されるようになった.また,フッ化物を配合する歯磨剤(医薬部外品:薬用はみがき類)のフッ化物イオン(F)濃度は従来1,000ppmから,諸外国で採用されている国際基準(ISO)と同じく,上限濃度を1,500ppmとして配合された製品が厚生労働大臣により2017年3月17日承認された.フッ化物洗口小児数が1,272,577人(2017年3月)となり,12歳の一人平均DMFT数は0.82(2016年)となった.しかしながら,その値はまだまだ米国や西欧諸国に比べ高く,平均では分からない健康格差も大きい.日本における人々の齲蝕予防処置法,デンタルフロス,さらに乳歯の齲蝕経験と関連が深い歯列咬合の健康水準とその大切さへの認識は米国や西欧諸国に未だ及ばない.
 齲蝕予防処置法に限らず,今後の日本の歯や口腔の健康を保持していくためには次の3つの視点が大切である.(1)健康や疾病の生活習慣は,歯科も含め共通の要因が係わっているとする共通生活習慣(コモン・リスク/ヘルス・ファクターアプローチ,Common Risk/Health Factor Approach)の視点,(2)ライフコース(life-course)疫学の視点で,小児,思春期,成人期の生活を通して健康が守られ,生涯を通しての健康づくりという視点.8020調査結果はまさにそのことを示している.(3)さらに,歯・口の健康づくり施策で,疾病にならないように川の上流で守ること(Upstream,not Downstream)への志向への視点である.
 本改訂では,2012年の初版以後のデータや情報を更新するとともに,考え方やトピックスのNoteを増やし,齲蝕抑制率の演習充実,齲蝕予防処置法の高齢患者,矯正歯科患者,知覚過敏患者,インプラント患者への対応など臨床例を追加した.
 本改訂にあたり,ご多忙中にもかかわらず快く見直し賜った著者,および今回新たに著者に加わっていただいた方々に感謝申し上げる.さらに,本改訂機会を与えていただき,多々あった“きれい”な原稿や無理をものともせず,編集いただいた医歯薬出版株式会社の関係諸氏に感謝申し上げる.
 本改訂が,歯科衛生士の専門性向上に,歯科衛生士学生諸君の自ら考える態度育成に,歯科臨床の技術向上に,さらには公衆衛生の関係者の施策立案にお役に立てることを願う.一方で,浅学な編著者のため,間違いのご指摘やご意見をいただくようにお願いして改訂の序とする.
 2017年12月1日
 編著者代表 中垣晴男


初版の序
 本書は1983年に初版,1987年に第2版,1999年に第3版,2011年に第3版14刷という30年もの永きにわたって版を重ねた歯科衛生士教本『齲蝕予防処置法』(全国歯科衛生士教育協議会編,榊原悠紀田郎,中垣晴男,石井拓男,石飛國子著)を,新しい編著者で書き改めたものである.前版は,日本の歯科衛生士教育制度づくりに寄与された恩師・故榊原悠紀田郎教授の下,当時は若手の教育者であった3名が著者に加わり,類書がないために歯科衛生士の齲蝕予防処置法はどのようにあるべきかということから議論を重ね,歯科衛生士教本として世に送り出され,その是非を問うてきたものである.その間,1989年に歯科衛生士法が改正され,歯科衛生士の業務に歯科保健指導が加わり,近年では教育制度が修業年限3年以上となった.全国歯科衛生士教育協議会の教本も,新歯科衛生士教本『歯科予防処置』,そして現在は最新歯科衛生士教本『歯科予防処置論・歯科保健指導論』として『齲蝕予防処置法』はそのなかの一つとして編入されたが,演習や実習の部分が若干少ないのが現状である.
 歯科衛生士法第2条では,歯科衛生士の業務について,“歯科医師の直接の指導の下に”,“歯牙及び口腔の疾患の予防処置として”2つの行為を行うこととしている.1つは,いわゆる予防的歯石除去であり,ほかの1つが“歯牙および口腔に対して薬物を塗布すること”とされる齲蝕予防処置にあたるものである.手技が中心である前者に比べ,後者はその学問的な進歩に合った理論的なバックグラウンドが要求される.たとえば,フッ化物の齲蝕予防機序についても,1988年以前までは歯質の耐酸性向上作用であったが,それ以後は,再石灰化促進作用が中心と考えらえるようになった.そのため,プラーク(歯垢)中のフッ化物イオン濃度とpHの動向に注目されるようになった.したがって,白濁・白斑など,齲蝕の早期(初期)段階における診断とその管理指導が,齲蝕予防にとって重要事項となってきており,学校保健におけるCOやICDAS基準(国際齲蝕診断基準)による白濁部の診断法やその診断補助具の活用が重要になってきた.それに伴い,近年の歯科臨床では,齲蝕の早期診断とそれに基づいた管理やその指導ができる歯科衛生士の役割が大きくなってきている.
 本書では,それらのニーズに応えるため,前版を全面的に書き改めるとともに,新たに齲蝕予防処置法の基礎を理解する実習・演習の追加,近年の齲蝕の発症理論と早期(初期)診断法の解説,齲蝕抑制効果の評価法の追加,フッ化物ゲル(ゼリー)調製法などの新しい実習や演習を加えた.それによって,歯科衛生士教育の講義や演習・実習のなかで,また,臨床に従事する歯科衛生士がさらに理解を深めるために,実習や体験を通じてその理論や応用法の理解ができるように工夫した.また,各章には文献を明示し,さらに詳しく調べるために,また,その齲蝕予防処置法の予防効果がどのように評価されているか(システマティックレビュー)をまとめてみることができるデータベースチェック法も取り入れた.さらに,関連する項目について簡単な解説をつけた“ノート”を入れて理解を助けるようにした.各章の終わりにはその章のまとめをつけた.最後には身についた知識や理論を自ら点検できるチェックリスト,過去に出題された歯科衛生士国家試験問題も参考につけた.
 故榊原悠紀田郎教授は「どこでもいつでも自分で考え行動や実践することで,それが真物(まこともの)となる(随処に主となれば立処皆真なり)」を座右の銘とされていて,自ら考えて行動することの大切さを説かれた.また,1972年のユネスコにおけるフォール報告書(委員長・フォール元フランス首相)では「これからの教育は,知識をもつ(Learning to have)ことだけではなく,どのように考えるか(Learning to be)を目標とすべきである」(日本訳:未来の学習)が示されている.齲蝕予防処置法に限らず,歯科衛生士はいつも自ら考えながら進む(keep studying)ことが大切であり,本書がその一助になれば幸甚である.
 本書を上梓するにあたり,ご生前にその考え方をご教示いただいた恩師・故榊原悠紀田郎教授,執筆に快く同意していただいた各著者の歯科衛生士養成校の学長・学科長・校長各位に感謝を申し上げる.最後に,夏休みを返上してご執筆いただいた著者の先生方,および夜遅く帰宅しても笑顔でご支援賜ったと聞く著者の家族のみなさまにも感謝申し上げる.本書はこのように多くの方のご協力やご支援で成ったものである.
 専門性向上を求めて活躍する歯科衛生士,歯科衛生学や口腔衛生学を学び将来歯科衛生士となる学生,さらに臨床や公衆衛生の歯科関係者にとって,本書がお役に立てれば,これ以上の幸せはない.一方で,浅学な編著者のため,間違いのご指摘やご意見を賜るようお願いして序とする.
 2012年3月1日
 編著者代表 中垣晴男
I 総説編
 第1章 齲蝕予防処置法序説(中垣晴男)
  1 齲蝕予防処置法とは
  2 齲蝕予防処置法の範囲と種類
  3 齲蝕予防処置法における歯科衛生士の役割
  4 齲蝕予防処置法実習にあたって注意すべき点
 第2章 齲蝕の知識(中垣晴男)
  1 齲蝕とは
  2 プラークのなりたちと齲蝕
  3 齲蝕の早期(初期)診断の意義・診断の補助手段
 第3章 歯および唾液とフッ化物応用の知識(中垣晴男)
  1 歯およびエナメル質表層の知識
  2 唾液の知識
  3 フッ化物応用の知識
 第4章 齲蝕活動性(リスク)試験
  1 齲蝕活動性(リスク)試験とは(中垣晴男)
  2 齲蝕活動性(リスク)試験の種類(中垣晴男)
  3 齲蝕活動性(リスク)試験の成績(中垣晴男・犬飼順子)
 第5章 齲蝕抑制効果の評価およびスクリーニング手法(森田一三)
  1 齲蝕抑制効果の評価法
  2 敏感度,特異度,スクリーニング指標とその活用
  3 オッズ比と相対危険度・寄与危険度
  4 齲蝕予防効果のデータベース利用
II 実習編
 第1章 齲蝕予防処置法のアウトライン
  1 齲蝕予防処置法とその応用上の4つの条件(中垣晴男)
  2 齲蝕予防処置法を学ぶにあたっての基礎知識(中垣晴男)
  3 フッ化物局所応用法(中垣晴男)
  4 鍍銀法・フッ化ジアンミン銀の応用(中垣晴男)
  5 小窩裂溝填塞法の応用(中垣晴男)
  6 各種薬物の応用によるプラークの除去(加藤一夫)
  7 その他の齲蝕予防処置法(中垣晴男)
  8 齲蝕予防処置法の一般的注意(中垣晴男)
 第2章 齲蝕予防処置法の基礎実習(犬飼順子)
  1 唾液の消化作用確認実習
  2 スクロースとキシリトールの理解実習
  3 歯の脱灰観察実習
  4 エナメル質の脱灰〔酸処理(エッチング)〕観察実習
  5 飲料水・お茶中のフッ化物イオン濃度測定実習
  6 歯のCa,P,Mg測定実習
  7 フッ化物配合・非配合歯磨剤のフッ化物測定実習
  8 フッ化物配合歯磨剤の製作実習
 第3章 フッ化物溶液歯面塗布法
  1 フッ化物溶液・ゲル(ゼリー)の作り方(調製)実習(犬飼順子)
  2 フッ化物溶液・ゲル(ゼリー)の味の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
  3 綿球・綿棒に含まれる溶液量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
  4 綿球中のフッ化物量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
  5 イオントレーに含まれる溶液量の確認実習(山田小枝子・南方千恵美)
  6 フッ化物歯面塗布の相互実習(山田小枝子・南方千恵美)
 第4章 フッ化物ゲル(ゼリー)歯面塗布法(佐藤厚子・原山裕子)
  1 フッ化物ゲル(ゼリー)歯面塗布法の基礎実習(顎模型への塗布)
  2 フッ化物フォーム応用時の使用量確認実習
  3 フッ化物フォーム塗布の相互実習
 第5章 フッ化ジアンミン銀溶液塗布法(高阪利美)
  1 フッ化ジアンミン銀の抜去歯への塗布実習
  2 フッ化ジアンミン銀の手指および布への着色・脱色実習
  3 フッ化ジアンミン銀塗布相互実習
 第6章 小窩裂溝填塞法(田村清美)
  1 酸処理面の観察実習
  2 小窩裂溝填塞歯の割面の観察実習
  3 小窩裂溝填塞法の相互実習(光重合型小窩裂溝填塞材)
 第7章 早期齲蝕検出(森田一三)
  1 ダイアグノデント測定実習
 第8章 齲蝕活動性(リスク)試験
  1 唾液流出量測定(仁井谷善恵・西村瑠美)
  2 唾液粘度測定(糸ひき性測定器)(仁井谷善恵・西村瑠美)
  3 唾液粘度測定(ガラス粘度計)(中垣晴男)
  4 シーエーティ21バフ(星 雅子)
  5 ミューカウント(R)(仁井谷善恵・西村瑠美)
  6 デントカルト(R)SM(仁井谷善恵・西村瑠美)
  7 RDテスト「昭和」(R)(仁井谷善恵・西村瑠美)
  8 シーエーティ21Fast(星 雅子)
  9 カリオスタット(R)(星 雅子)
  10 シーエーティ21Test(星 雅子)
  11 その他の齲蝕活動性試験(星 雅子)
  12 ステファンカーブ測定相互実習(安井真奈美・福田典子)
  13 歯の健康度テスト実習(安井真奈美・福田典子)
 第9章 齲蝕抑制効果評価とスクリーニング指標算出(森田一三)
  1 齲蝕抑制効果評価(齲蝕抑制率による評価)実習
  2 敏感度と特異度,スクリーニング指標の算出実習
  3 オッズ比と95%信頼区間算出実習
 第10章 齲蝕予防処置法の臨床
  1 齲蝕予防処置法における臨床応用の配慮点(中垣晴男)
  2 フッ化物ゲル(ゼリー)塗布法の臨床(前田尚子)
  3 フッ化ジアンミン銀塗布法の臨床(高阪利美)
  4 小窩裂溝填塞法の臨床(犬飼順子)
  5 高齢患者へのフッ化物塗布の臨床例(栗田幸子・犬飼由朗)
  6 矯正歯科患者(マルチブラケット装置での治療中)へのフッ化物ゲル(ゼリー)塗布の臨床例(根来武史・羽根淵えり子)
  7 知覚過敏患者へのフッ化物塗布の臨床例(栗田幸子・犬飼由朗)
  8 インプラント装着患者の残存歯へのフッ化物塗布臨床例(栗田幸子・犬飼由朗)
III 集団応用編
 第1章 齲蝕予防処置集団応用の考え方
  1 齲蝕予防処置集団応用と公衆歯科衛生(地域歯科)活動における現場活動(中垣晴男)
  2 集団応用の特徴(中垣晴男)
  3 集団応用の場面(中垣晴男)
  4 集団応用に用いられる齲蝕予防処置法(中垣晴男)
  5 集団応用実施の計画(中垣晴男)
  6 集団応用の事前検討(石飛國子・谷 さつき)
  7 集団応用実施の器材・薬剤の準備(石飛國子・谷 さつき)
  8 フッ化物ゲル(ゼリー)歯ブラシ塗布法(星 雅子・移川明美)
  9 フッ化物洗口法(中垣晴男)
 第2章 齲蝕予防処置集団応用実習
  1 集団応用実習の基礎知識(石飛國子・谷 さつき)
  2 机上実習(図上演習)とロールプレイング実習(石飛國子・谷 さつき)
  3 集団応用実習の実施にあたって(石飛國子・谷 さつき)
  4 集団応用実施例(石飛國子・谷 さつき・本多さおり)
 note
  1:各国における歯科衛生士の臨床実習(中垣晴男)
  2:2014(平成26)年の歯科衛生士法の一部改正(中垣晴男)
  3:フッ化物応用と保険診療(中垣晴男)
  4:歯科衛生過程と齲蝕予防処置(高阪利美)
  5:酸蝕症と齲蝕の違い(犬飼順子)
  6:ミラーの化学細菌説(Chemico-parasitic theory)とその今日的意味(中垣晴男)
  7:近年の一人あたりの砂糖消費量と小学生の齲蝕有病率(犬飼順子)
  8:Keyesのモデルで,エビデンスに基づく指導案(中垣)(中垣晴男)
  9:ミュータンス菌で脳出血のリスクが上昇(加藤一夫)
  10:オーラルバイオフィルムのコントロール(加藤一夫)
  11:エナメル質表層のフッ化物イオン濃度は年齢的に増加するか減少するか(中垣晴男)
  12:専門家の責任とBibbyの潜在脱灰能(中垣晴男)
  13:フッ化物の取り扱い 劇薬?それとも劇物?(加藤一夫)
  14:シーラントの齲蝕予防効果(加藤一夫)
  15:幼児のフッ化物配合歯磨剤の指導(村上多惠子)
  16:フッ化物配合歯磨剤のフッ化物上限濃度について,従来の1,000ppmから1,500ppm配合歯磨剤が2017年3月厚生労働大臣に認められる(中垣晴男)
  17:フッ化物バーニッシュ(加藤一夫)
  18:フッ化物とアレルギー(村上多惠子)
  19:フッ化ジアンミン銀容器の使い方(高阪利美)
  20:海外で脚光をあびるフッ化ジアンミン銀(Silver Diamine Fluoride,SDF)(加藤一夫)
  21:アパタイトの化学とヒトの歯(犬飼順子)
  22:根面齲蝕の予防(加藤一夫)
  23:お茶とフッ化物(村上多惠子)
  24:衆議院予算委員会第5分科会におけるフッ化物洗口に関する質疑応答(中垣晴男)
  25:日本人におけるフッ化物摂取基準(案)(村上多惠子)

 フッ化物洗口ガイドライン(平成15年1月14日付医政発第0114002号/健発第0114006号)(抜粋)
 チェックポイント
 歯科衛生士国家試験に出題された「齲蝕予防処置」関連の問題
 索引