やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 超高齢社会を迎え,歯科医療を取り巻く「保健・医療・介護・福祉」の環境も大きく変化しています.団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に,住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで全うできるよう,住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築が推進されつつあります.こうした変化の中,歯科医療の提供体制も従来の歯科診療所における外来患者中心の「診療所完結型」から,今後は「地域完結型」へと変化し,地域でのきめ細やかな歯科保健医療の提供が求められます.今後,医療及び介護の総合的な確保に向けた歯科医療サービスの拡充に伴い,多職種連携が加速するなか,歯科医療従事者としての役割を認識して,より一層専門性を高めることが大切です.
 日本歯科衛生士会では,2008年に生涯研修制度を大きく見直し,都道府県歯科衛生士会を基盤とした専門研修に加え,さらに実践・指導力を高めるために「生活習慣病予防」「在宅療養指導」「摂食嚥下リハビリテーション」の3つの認定制度がスタートしました.しかし,今後の地域包括ケアシステムにおいて,高齢者の口腔機能管理をベースとした訪問口腔ケアなどの歯科保健医療ニーズに対応するためには,より専門性の高い人材確保が急務であり,そのためにも認定制度のさらなる拡充が重要です.
 そこで今回,認定制度の「在宅療養指導・口腔機能管理」の拡充を目指して,口腔機能管理の専門家としての基礎と実践力を学ぶためのマニュアルを出版することになりました.近年,歯科医師向けに口腔機能管理を含む「口腔ケア」の概念が示されましたが,本書における口腔機能管理は,摂食・咀嚼・嚥下,咬合,発音,味覚,唾液などの基礎をベースに臨床に生かす技能をマニュアル化したものです.歯科衛生士は,口腔の専門家として,舌や?粘膜を含む軟組織や唾液,咀嚼や発音,味覚などの口腔機能の全体の機能を維持・向上させて管理する役割をもっています.口腔機能の維持・向上は,おいしく食べ楽しく会話するうえで欠かせない機能であり,栄養や活動エネルギーの摂取,免疫力や体力の向上,精神的な活動意欲とも深くかかわっており,フレイル(虚弱)予防としても重要です.また一方で,要介護者への訪問における多職種連携が進むなかで,歯科衛生士としての口腔機能管理の専門性が問われています.この専門性を発揮するためには,口腔機能の観察と評価,評価結果に基づく対応法の提案,その効果の再評価のステップが重要であり,経験的な活動から,科学的な活動への変革が重要です.本マニュアルはこのような考え方に基づき,口腔機能管理を基礎と臨床に分けて編集しました.高齢者の口腔機能管理を体系的に学んで頂き,歯科衛生士の専門性を発揮して頂くことを願っています.対象は,すでに臨床で頑張っている歯科衛生士ですが,歯科衛生士養成校の先生方にも参考にして頂き,これからの歯科衛生士を目指す学生への教育にも活かして頂ければと願っております.
 最後に,本マニュアル発刊にあたり,この分野に造詣が深い森戸光彦先生に編集委員長として多大なご尽力を頂きました.また,編集を含め本マニュアルの作成にご協力(尽力)賜りました諸先生方および医歯薬出版に心より感謝申し上げます.
 2016年5月
 公益社団法人 日本歯科衛生士会会長 武井典子
 序文
1 「口腔機能管理」の基本的概念
 1 口腔機能訓練による機能の維持・回復など
 2 咬合・咀嚼の回復と介護予防
 3 虚弱高齢者に対する口腔機能の維持・回復
 4 口腔機能低下に取り組むには
 5 口腔機能向上により期待できること
2 咬合と下顎位・下顎運動の基本
 1 口腔機能管理における咬合と下顎位・下顎運動の意味
 2 咬合,下顎位と下顎運動の基礎
 3 咬合の観察と評価
 4 咬合に起因する病態と治療
  COLUMN:オーラルジスキネジア
3 咀嚼機能
 1 咀嚼の基礎
 2 咀嚼の評価
4 唾液の生理と役割
 1 唾液腺,唾液分泌の基礎
 2 唾液の成分とはたらき
 3 唾液分泌量の測定方法
 4 唾液分泌量の減少と対応
5 発音(構音)機能
 1 コミュニケーション,言語,スピーチ
 2 動きでとらえる発音(構音)
 3 スピーチと加齢
 4 発音(構音)機能の評価と治療
 5 治療法
6 味覚の生理
 1 味覚の基本
 2 加齢による味覚の変化
 3 加齢による味覚感度低下の要因
7 歯科が行う栄養管理
 1 低栄養の基礎と評価
 2 歯科に求められる栄養管理(ポイント:口腔機能の専門家としての介入)
 3 患者指導,多職種連携
8 口臭への対応
 1 口臭の原因
 2 分類
 3 口臭の評価と対応
9 口腔微生物叢の理解
 1 口腔微生物叢の基礎
 2 口腔微生物の役割と病原性
 3 口腔微生物の評価と対応
 4 おわりに
10 口腔機能管理と口腔衛生
 1 はじめに
 2 目の前の患者さんの将来を考える
 3 継続的に口腔衛生管理を行うことによって歯肉炎の改善を図ることができる
 4 口腔機能管理と口腔衛生との関係
 5 誤嚥性肺炎予防における口腔管理の重要性
 6 多死多歯時代を迎え,感染症等の全身疾患の増加を危惧する
 7 認知機能の低下予防と口腔管理の意義
 8 診療室完結型から地域完結型へ意識改革
11 実践例
 11-1 歯科訪問診療における食支援の試み
 11-2 施設における介護予防の取り組み
 11-3 介護老人保健施設における歯科衛生士の役割
 11-4 在宅における多職種連携〜「うどんが食べたい」を支援する!〜
 11-5 在宅における多職種連携 食べることは生きること
 11-6 多職種連携・協働の実際
 11-7 経口摂取再開への取り組み「在宅での多職種連携」
 11-8 訪問における口腔衛生管理
 11-9 在宅療養者への口腔機能管理の取り組み―“食べる”ことへの医療連携
 11-10 特別養護老人ホームにおける歯科の取り組み―Oral Assessment Guide(OAG)と口腔内状況の変化
 11-11 歯科クリニックにおける口腔機能向上プログラム
 11-12 歯科医院における高齢者の口腔機能を高める歯科保健指導の実際
 11-13 脳血管疾患を患い,その後遺症に悩む患者さんへの歯科医院での取り組み
 11-14 60歳以上の高齢者を対象とした口腔機能向上教室の取り組み
 11-15 高齢者支援施設における介護予防事業の取り組み
 11-16 自立高齢者への口腔機能向上を目的とした教育プログラムの展開とその効果
 11-17 介護予防事業への取り組み
 11-18 高齢患者の周術期口腔機能管理の実際
12 医療・介護との連携
 12-1 地域包括ケアシステムと歯科衛生士の役割
  はじめに
  1 地域包括ケアシステムの構築を目指して
  2 地域包括ケアシステムにおける歯科衛生士の役割
 12-2 多職種連携における歯科衛生士の役割
  はじめに
  1 オーラルマネジメントとして取り組む
  2 「歯科衛生士ならでは」を意識する
  3 病院における多職種連携
  4 在宅や介護現場における多職種連携
  おわりに
 12-3 地域における連携推進システム
  はじめに
  1 連携推進に係る背景
  2 歯科衛生士に求められるこれからの機能
   COLUMN:ケアマネジャーとの連携
   COLUMN:在宅歯科医療に歯科衛生士が同行することで何ができるのか?
演習
 演習-1 アイヒナー分類
 演習-2 咀嚼スコア
 演習-3 舌圧計測
 演習-4 サクソン法(便法)
 演習-5 口腔水分計(ムーカス)
 演習-6 発音(構音)
 演習-7 栄養管理
 演習-8 口臭測定
 演習-9 細菌数測定装置 細菌カウンタ
 演習-10 照会状

索引