やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科衛生士という職業は,終戦直後の1945 年,アメリカ連合軍総司令部の占領政策の一環としてつくられました.国民の不衛生な口腔を改善し,歯科疾患を予防し,生活の質を向上させることを狙いとする「口腔保健の普及啓発」が主な業務内容でした.しかし,当時の日本人の習慣にはなじまないまま,歯科の診療補助が歯科衛生士の主な仕事としてとらえられるに留まっていました.ところが戦後70 年が過ぎ,世界一の長寿国となった日本では,少子高齢化という時代背景のもと,当初アメリカが示した内容を越える業務を歯科衛生士が担わなければ人々の健康と幸福を支えられない時代を迎えることになったのです.
 政府は,戦後生まれの団塊の世代が75 歳以上の後期高齢者となる2025 年問題を見据え,「地域包括ケアシステム」を提示し,歯科衛生士に対しても診療所や病院,地域でその任務を担うことを求めています.つまり歯科衛生士はあらゆる職種の人々と連携して,口腔を主体とする専門性を活かして地域の人々の健康という,この目標を達成するように求められているのです.
 しかし,歯科疾患は生活習慣との関連が深く,多くはすぐに命にかかわるともみえず,支援を受ける人は受診や健診を敬遠したり,セルフケアに油断をしたりしがちです.そうした人のさまざまな思いをキャッチし,まずは「やる気」を引き出し,育てることが,歯科衛生士の専門性を十分に活かす基礎となります.その鍵こそが歯科衛生士のコミュニケーション力といえましょう.
 歯科衛生士として専門的な役割を果たすのはもちろんのこと,一人の人として成長し続けることも重要なことです.専門性を発揮するためには,対象者から信頼を寄せられなければなりません.専門的な技術や知識と違って,誰でもが敏感に察知できる歯科衛生士の人としての「ありよう」は,対象者が皆さんを信頼してよいかどうかを決めるときの大切な判断材料となります.この「ありよう」を育ててくれるのが,毎日の自分のコミュニケーションに対する振り返り・評価です.
 本書では,このような働きをもつコミュニケーションの知識や理論を基本に,歯科衛生士と対象者とのかかわり方を分析し,わかりやすく解説しました.また,3 章では,タイプの異なる歯科衛生士の対応を6 つの事例で検討することで,対象者や多職種とのコミュニケーションの重要性を振り返ることができるように工夫をしました.
 今後,歯科衛生士として悩んだり,つまずいたりすることがあることでしょう.そのようなときこそ,本書を読み返していただき,コミュニケーションによって,人は必ず成長することを思い出し,理想とする歯科衛生士像に少しでも近づく意欲を掻き立てていただけるならば,望外の喜びです.
 2015 年3 月
 中村 千賀子
 白田 千代子
序 今,なぜ,歯科衛生士にコミュニケーションが必要なのでしょうか
 (中村千賀子)
 1.多職種との連携が必須のケア
 2.全てのライフステージにかかわるケア
  1)妊産婦 / 2)乳幼児期・幼児期 / 3)学童期 / 4)思春期 / 5)成人期 / 6)老年期
 3.人としての成長が必須なケア
1章 歯科衛生士の役割とは
 (中村千賀子)
 1.医療職としての専門性
  1)歯科衛生士法をチェックしてみよう / 2)医療保険と介護保険 / 3)介護予防を担える歯科衛生士
 2.人々の健康の実現にかかわる歯科衛生士
  1)健康とは / 2)健康への支援─動機づけ
 3.支援が必要な人と歯科衛生士のあり方
  1)日本の「これまで」と「今」を知る / 2)高齢者を知る / 3)かかわり方のポイント
 4.倫理と服務規律
  1)人間の関係学 / 2)専門家として行うべきこと,行ってはならないこと / 3)倫理の原則 / 4)現場でわからないことが生じたとき
2章 コミュニケーションとは
 (中村千賀子)
 1.スキルだけではうまくなれない
 2.人間について
 3.医療の現場における3 つの人間関係
  1)第一の人間関係 / 2)第二の人間関係 / 3)第三の人間関係
 4.医療の現場で大事な人間関係
  1)効果的な保健指導の鍵となるコミュニケーション力 / 2)自分自身を磨くことを忘れずに
 5.コミュニケーションの役割
  1)コミュニケーションの流れ / 2)自己実現と動機づけ / 3)行動変容 / 4)患者さんに落ち着いてもらうコミュニケーション
 6.コミュニケーションの成分
  1)メッセージ / 2)マルチ・チャンネルのメッセージ
 7.コミュニケーションのコツ
  1)自分を知る / 2)意図と行動を一致させる / 3)常に人間観や価値観を磨く / 4)そのままわかろうとする
 8.コミュニケーションの落とし穴
  1)メッセージをつくるときの落とし穴 / 2)伝え方の落とし穴 / 3)解読の落とし穴 / 4)言葉の読み違い / 5)コミュニケーションの雑音
 9.コミュニケーションのプロセスと確かめ
  1)コミュニケーションのプロセス / 2)コミュニケーションの内容 / 3)コミュニケーションの流れ / 4)確かめ=「主人公はあなた」を伝える行為
 10.コミュニケーション─癒しモードから健康モードへ─
  1)癒しの意味 / 2)健康の意味 / 3)癒しモードからヘルス・プロモーションへ / 4)健康モードの考え方
3章 タイプ別に考えるコミュニケーション
 (白田千代子)
 Case1 3歳の子どもをもつ母親への対応
 Case2 精神疾患患者への対応
 Case3 不規則な生活を送っている会社員への対応
 Case4 在宅訪問での対応
 Case5 がん治療中の患者への対応
 Case6 義歯使用者への対応
4章 歯科衛生士の活動の評価
 (中村千賀子)
 1.評価とはなにか
  1)評価の種類 / 2)コンテンツとプロセス /3)プロセス・データの収集 / 4)プロセス・データの評価
 2.コミュニケーションの評価
  1)まずクライエントとの人間同士の関係をつくる / 2)クライエントの考えや希望を明らかにする / 3)クライエントの心の変化から─問題点を明確に,そして共有する / 4)知識を伝える時期を選ぶ / 5)コミュニケーションの振り返りのポイント
 3.信頼関係をつくる力をつけるために─態度分析─
  1)5 つの態度 / 2)望ましい態度,人の話を聞く態度
 4.最終評価はクライエントから
ライフステージにおけるよくある事例あれこれ21
 (白田千代子)