やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

口腔成育の背景と生活者に伝える支援情報を知る

 本書のテーマである「口腔成育(育成)」は,ひらたくいえば「口が育つ」という意味です.
 「口腔成育」の概念がうまれた背景には,生活者・社会・専門職それぞれの事情があるのですが,従来の身体と機能とこころをそれぞれ育成する医療体系の Artと Scienceは,そのまま口腔成育に生かされています.これが「口腔育成」と「口腔成育」の違いをわかりにくくしている理由なのですが,口腔成育の骨子を改めてまとめますと,
 1.生活機能とその障害への対応
 2.「口」の成育からうまれるこころと身体の健康
 3.ライフサイクルを通じた口腔のケア支援
 4.疾病対応ではなく個人・家族・地域社会への対応
 5.キュアとケアの連携・継続
 6.生活者中心で同質の情報・倫理・技術レベル(役割の置換可能な Transdisciplinary)の連携の概念があげられます.
 また,「口腔の育成」という概念との相違からは,
 1.生活者の視点から生活機能と個別の背景を考える
 2.身体>機能>こころの順ではなく,逆の重さで包括的かつ全人的な成育をはかる
 3.ライフサイクルに沿った,また世代を継承する口腔のケア支援
 の3点に絞られるかと思います.
 一言で表すなら「時空を越えた『口腔のケア』支援」とでもいえるでしょう.
 これらに携わる専門職種には,地域に生活する住民の座標軸に立った視点と解析力,また従来の専門領域の口腔衛生学,小児歯科学,矯正歯科学の専門知識を平面的に集結しただけの知識ではなく,発達心理,言語病理や行政,教育など他の専門領域との連携・情報の共有を可能にする能力が求められます.
 現代社会では,育児書やインターネット情報による子育てのグローバル化が進んでいるようでいても,地域に生活する人々はそれぞれ固有の生活背景をもって暮らしています.生活者を支援するにも,個別背景に見合わない支援や情報は結局受け入れられず,問題の解決につながりません.つまり,一つの似たような問題であっても,生活背景にあった支援策(選択肢)が提示できるためには,幅広い領域についてだけでなく異なった視点や重心からの情報が必要なのです.
 そこでこの3巻では,口腔成育の概念と専門職に求められる関連情報を幅広く収集しました.より深い知識は,その専門分野の参考書で学ぶ機会が得られると思います.できればその過程で,本書がガイドラインの役目を果たせるよう願っています.医歯薬福祉領域の教育では,2002 年から総合的なカリキュラム再編成が始まりました.上記した概念が,4年後から誕生する医療・福祉専門職種の常識であってほしいとも祈念しています.
 2004 年 初春
 佐々木洋
 田中英一
 菅原準二


3巻をお読みいただく前に

 「口腔成育」では,従来の疾病対応と異なり子どもや養育者が主体となります.支援する専門職には,生活者の視点で問題を検討する姿勢が求められるわけですが,専門領域に長く携わっていると,どうしてもこの発想を忘れがちです.
 そこで本書は,
 1巻:問題を生活者の座標軸でとらえてみよう
 2巻:口腔成育の実践例を通して,口腔成育の模擬体験をしてみよう
 3巻:どんな個別の背景にも応じられるような,解析力を身につけよう
 というように,口腔成育へのステップアップの段階を踏まえた編集になっています.3巻をお読みいただくにあたり,本書の特徴を生かすポイントをお伝えしたいと思います.
 ●サブタイトルは「生活背景にあわせた解決策の提案」としました.提案者は専門職ですが,主体者である生活者の視点からでないと,有効な解決策は生まれません.どの項目についても,この視点からの検証を考慮してお読みください.
 ●口腔成育のキーワードから次の4項目をあげ,総説に続いて項目別にその詳細をまとめました.
 ●第1編「こころと身体の成長発育」をお読みいただくことで,子どものこころ・口腔機能・顎顔面の基本的な成育過程がご理解いただけると思います.特に従来では触れることの少なかった,こころの発育,母乳育児や親子関係への理解は,「口」から育つ子どものこころと身体を目的とする口腔成育の基礎となります.
 ●第2編「口腔機能へのアプローチ」で,口腔機能への発達支援の目的・仕組みだけでなく,形態成長や他の機能発達,また,こころの成育への支援との関連などの背景にも触れました.
 ●第3編「キュアとケアの継続」には,歯科疾患や咬合異常への対応も含めて,ライフステージに沿った口腔成育への支援をまとめました.従来の口腔育成の Artと Scienceだけでなく,その問題点や生活者としての心理,さらには未来への展望が述べられています.歯科専門職だからこそできる,育児支援・自立支援のための大切な情報です.
 ●第4編「口腔成育における連携」は,専門職にとって,むずかしいテーマかもしれません.しかし,子どもと養育者が抱える問題は,社会的な背景要因へのアプローチなしでは解決しないことのほうが多いと考えます.さまざまな視点から眺めると,生活者だけでなく,それにかかわる専門職こそが高められる連携,これがすなわち21世紀の歯科の姿といえるでしょう.
口腔の成育をはかる
3巻セカンドステージへのステップアップ
生活背景にあわせた解決策の提案

CONTENTS

口腔成育の概念 佐々木洋

第1編 こころと身体の成長発育
 子どものこころの発達と口腔成育 吉田弘道
 母乳育児と母子関係 堺 武男
 乳幼児の口と口腔機能 佐々木洋
 顎顔面の形態 佐藤亨至
 噛む能力を育てる 伊藤学而

第2編 口腔機能へのアプローチ
 摂食機能障害へのアプローチ 田村文誉
 口腔機能へのアプローチ 佐々木洋
 言語機能の発達支援 藤井和子
 口腔習癖とパラファンクション 佐々木洋
 口腔筋機能療法(MFT)とは 佐々木洋
 形態改善と顎関節・咀嚼機能 佐々木洋

第3編 キュアとケアの継続
 ライフサイクルを通じた口腔の継続的ケア 佐々木洋
 子どものう蝕のエビデンスと支援 竹下 玲・安井利一
 歯周疾患のエビデンスと支援 竹下 玲・安井利一
 禁煙プログラム 伊藤智恵
 口腔外傷のキュアとケア 宮新美智世
 矯正治療のタイミングと診療ガイドライン 菅原準二
 早期咬合治療のジレンマ 佐々木洋
 歯並びの心理学 仁平義明
 顎顔面の成長予測法と臨床応用 佐藤亨至
 21世紀の矯正歯科医療にかかわる 4 つのポイント 高橋一郎・菅原準二

第4編 口腔成育における連携
 互いのこころが見える医療面接 佐々木洋
 食から育つこころと身体 佐々木美喜乃
 親と子のこころを支える 井口由子
 子どもへの虐待 奥山眞紀子
 障害をもって生まれた赤ちゃんと親への支援 武田康男
 こころや身体に障害をもつ子どもへの支援 落合 聡
 顎顔面に障害をもつ子どもへの支援 幸地省子
 オーラルヘルスプロモーション 田中英一
 口腔のセルフケア支援のための連携 中村弘之
 口腔成育の視点に立った地域保健活動 田中英一
 口腔成育における連携と支援の継続 佐々木洋・向井美惠

文献
索引