やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 元来,歯科領域の疾患や処置には,痛みとか不快感を伴うものが多い.そのため,古くから歯痛や神経痛などの激しい痛みに対する鎮痛処置をはじめとして,歯科口腔外科手術時の局所無痛法の試みが,数多くの先達によって開拓,探求されてきた.そして,このことは現今においてもわれわれ日常歯科臨床に携っている者にとっては,最も緊要な課題の一つとされている.
 現に,麻酔,特に局所麻酔法は歯科診療においては1日たりとも欠かせない手段であり,一般歯科診療施設での適用頻度は他科に比べてきわめて高い.そして,この痛み制御法の手助けを借りなければ,術者にとっても,はたまた患者にとっても,十分満足しうる最新の歯科医療の実施が不可能であることは今さら申すまでもない.
 そこで,今回,歯科臨床での局所麻酔の効果を十分に発揮させるためには,どうしたらよいかという点について,局所麻酔の基礎から臨床にわたってのすべての問題点を包含するような実践書の出版が企てられたのである.
 われわれ歯科医が,毎日のように行っている局所麻酔法は,全身麻酔に比してどちらかといえば安全であるとされているが,ときには種々な合併症を引き起こし,なかにはそれが重篤な全身異常にまで進展することすらある.そこで本書では,局所麻酔の安全性という視点からも,まず患者の全身状態評価にはじまり,鎮静法の活用という面も含めて,各種合併症の予防と対策にまで言及したつもりである.歯科局所麻酔に関する単独の総合的な著書がほとんど見当たらない現状に鑑み,あえて本書を刊行した意図もここにあるのである.一般歯科臨床医はもとより,歯科医学生諸君にとって,いささかでもお役に立てば幸いである.
 しかしながら,十分に意を尽しえなかったところもあるかと思われるので,いずれ読者諸賢のご叱正,ご指摘を待ち,後日さらに本書の充実を期したいと思う.
 なお,付表の「局所麻酔薬一覧」については,小倉保己教授より,せっかく,詳細広範な資料の提供を受けたが,本書の主旨と紙面の都合上,大幅に割愛させていただいたことを申し添えてお許しを得たい.また,本書の企画から発刊に至るまで熱意あるお世話をいただいた医歯薬出版株式会杜の中務進一郎氏にお礼を述べる.
 昭和54年4月 中久喜喬
 序/中久喜 喬

I 痛みと局所麻酔
1.局所麻酔の歴史…(中久喜 喬)
2.痛覚の生理…(坂田 三弥)
 種類
 侵害受容器神経線維
 伝導路
 痛覚の発現機構
 連関痛
3.口腔感覚…(板田 三弥)
 粘膜感覚
 骨膜の感覚
 歯の感覚
4.痛みの心理…(鈴木 好雄)
5.催眠法…(鈴木 好雄)
 催眠の機構
 催眠技法
 後催眠暗示と脱催眠
 催眠合併症と催眠実施上の留意点

II 尻所麻酔薬の薬理
1.局所麻酔薬…(小倉 保己・田島 守)
 局所麻酔作用とは何か―作用機序
 神経に対する局所麻酔薬の効力―感受性
 局所麻酔薬はどのような型で神経伝導遮断作用を生じるか―局所麻酔作用と pH との関係
 炎症組織における局所麻酔薬の効力変化
 局所麻酔薬の効力に影響する因子
 局所麻酔薬の効力検定法
 化学構造と薬理作用
 局所麻酔作用以外の薬理作用
 吸収,分布,排泄
 局所麻酔薬はどのようにして体内で処理されるか―生体内代謝
 局所麻酔薬の好ましからざる作用―中毒作用
2.血管収縮薬…(小倉 保己・田島 守)
 局所麻酔薬に血管収縮薬を添加する理由
 血管収縮薬の化学構造と薬理作用

III 局所麻酔実施の前に
1.全身状態の把握…(野口 政宏)
 問診と全身状態評価
 視診と全身状態評価
 全身性疾患と局所麻酔
2.局所麻酔法の選択基準…(金子 譲)
 どの麻酔法を選ぶか
 どの局所麻酔薬を選ぶか
 血管収縮薬添加の問題
3.局所麻酔に必要な器械・器具…(金子 譲)
 注射器
 カートリッジ
 注射針
 その他の器具
 器具の消毒,滅菌法

IV 局所麻酔法
1.局所麻酔法の利点と欠点…(中久喜 喬)
 局所麻酔法の利点
 局所麻酔法の欠点
2.表面麻酔法…(中久喜 喬)
 口腔粘膜の感覚
 表面麻酔法の適応
 表面麻酔法の手技
3.浸潤麻酔法…(中久喜 喬)
 浸潤麻酔に必要な解剖
 浸潤麻酔法の適応と禁忌
 浸潤麻酔法の手技
4.伝達麻酔法…(織方 克也)
 伝達麻酔に必要な解剖
 伝達麻酔に用いる器具
 伝達麻酔法の利点と欠点
 伝達麻酔法の適応と禁忌
 伝達麻酔法の手技
 まとめ

V 各科診療での局所麻酔法
1.口腔外科診療での局所麻酔法…(中久喜 喬・金子 譲)
 抜歯の場合
 口腔内膿瘍切開の場合
 口腔外膿瘍切開の場合
 顎骨内病巣摘出手術の場合
 口腔軟組織部病巣摘出手術の場合
 付)口腔外科手術における局所麻酔補助薬の応用
2.保存・補綴診療での局所麻酔法…(佐藤 徹一郎)
 クランプ装着,歯齦圧排
 窩洞形成,支台形成
 抜髄,生活歯髄切断
 感染根管治療
 歯齦膿瘍切開
 歯周疾患治療
 補綴処置における麻酔法
 その他の麻酔法
3.小児歯科診療での局所麻酔法……(池田 正一)
 麻酔法
 偶発症

VI 鎮静法と局所麻酔法
1.鎮静法とは…(野口 政宏)
 鎮静法の目的
 鎮静法と全身麻酔法の相違
2.前投薬…(野口 政宏)
3.吸入鎮静法…(野口 政宏)
 笑気吸入鎮静法の利点
 歯科医自身にとっての利益
 笑気吸入鎮静法の欠点
 笑気吸入鎮静法の禁忌症
 麻酔の深度
 笑気吸入鎮静法の徴候
 治療内容との関連
 新患初診時の説明
 新患再診時の教育
 導入の方法
 術中の維持
 終了時の注意
 吸入鎮静法の成功の要点
4.静脈内鎮静法…(金子 譲)
 静脈内鎮静法の特徴
 静脈内鎮静法の適応症と禁忌症
 方法
 薬剤投与法の概念
 使用薬剤の種類とその性質
 静脈内鎮静法の実際
5.心身障害者(児)の場合…(金子 譲)
 脳性麻痺
 精神薄弱
 その他

VII ペインクリニック…(野口 政宏)
 痛みを助長する悪循環
 神経ブロックの意義
 顔面・口腔領域におけるペインクリニックの対象
 真性三叉神経痛
 症候性三叉神経痛
 中枢性三叉神経痛
 その他
 ハリ麻酔,ハリ治療

VIII 局所麻酔の合併症と対策
1.局所的な合併症…(中久喜 喬)
 注射針の誤嚥と気道内吸引
 注射針の破折と組織内迷入
 誤薬の注射
 キューンの貧血帯
 血腫の形成による顔面の腫脹
 内出血
 視覚の障害
 顔面神経の麻痺
 麻酔効果の不全
 知覚麻痺の延長
 後疼痛
 口腔粘膜の局所反応
 口唇の咬傷
 感染
 開口障害
2.全身的な合併症…(野口 政宏)
 歯科麻酔の特殊性と合併症
 合併症の分類
 神経性ショック
 基礎疾患がある場合
 局所麻酔薬中毒
 局所麻酔薬アレルギー
 メトヘモグロビン血症
 血管収縮薬の中毒または過敏症
 その他
3.救急蘇生法…(金子 譲)
 蘇生法の歴史的背景
 現在の蘇生法と救急医療体制
 呼吸系の蘇生法
 循環系の蘇生法
 心マッサージと人工呼吸の効果の確認
 薬物
 心電図
 除細動
 一次救命処置の手順

付表
 A.局所麻酔薬一覧…(小倉 保己)
 B.臨床検査データ…(野口 政宏)
 C・救急薬品一覧…(金子 譲)

 参考文献
 索引