やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

『監修にあたって』
 世の中では,「歯科医師のなかで,もっとも衛生観念に乏しいのは,補綴科医」と言われてきた.これは正に当を得た表現かもしれない.卒後9年間にわたり,そのような環境下にどっぷりと浸かった人間にとり,1980年代初頭にイェーテボリにおいてはじめて触れたインプラント埋入手術は新鮮であると同時に,疑問だらけであった.われわれ補綴科医が日常臨床で接している生体組織は,歯は別として強力なバリアである上皮により守られている.それに対して,医科領域はもちろん歯科領域においても未経験であった裸の骨組織に長期間にわたり直接的に生体材料が接する今日のオッセオインテグレーションを礎とするインプラントでは,単に細菌による感染防御の観点だけではなく,生体組織から排除されないために生体為害性物質が存在しないことが求められる.1980年代半ばごろまでは,インプラント本体はチタン製スリーブ内に格納された状態で供給されていた.それをチタン製ピンセットで取り出して試験管に1本ずつ収め,発がん性のある有機溶剤トリクロロエチレンを注ぎ,超音波洗浄を行っていた.さらに無水エタノールで何回か超音波洗浄後,オートクレーブによる滅菌操作に移行した.また,手術に際して使用される器具にも同様の方法による洗浄と滅菌が加えられた.当初は,なんと面倒くさい工程を踏むのであろうかとの疑問を抱いていたが,ブローネマルク教授の「インプラントは,条件次第ではいつでも異物になり得るもの.したがって,すこしでもその危険性を伴う因子は排除したピュアな表面でなくてはならない」という説明に,しだいに洗脳されていった.
 生体組織はきわめて繊細であるために,インプラントが長期間にわたり患者さんのQOLの維持に貢献するためには,準備や手術中だけに限らず補綴処置中のアシスタントの細かな配慮がいかに大切なものかを本書から学んでいただきたい.
 執筆者の山口 千緒里さんは30年近くにわたり私の仕事をサポートしてくださってきた.多少,近視眼的なところがあることは否定できないが,科学的根拠に基づいた確実な仕事をしていただいており,それを見ている後進は,医療従事者としての矜持を確実に身につけて育っていく.それは歯科医師にとってストレスのない治療につながり,そのためもあり,いまなお仕事を楽しんでいられる.
 ブローネマルク・オッセオインテグレイション・センター
 院長 小宮山彌太郎
 監修にあたって
chapter 1 インプラントとは
 1 インプラントの歴史
 2 インプラント療法の概要・流れ
chapter 2 術前
 1 初診
 2 初期治療
 3 インプラント埋入手術前注意事項
 4 器材の準備
chapter 3 洗浄・消毒・滅菌
 1 洗浄
 2 消毒
 3 滅菌
 4 個人防護具
chapter 4 埋入手術当日の環境
 1 手術環境
 2 手術器材の展開
 3 手術時の手洗い
 4 手術時の個人防護具
chapter 5 埋入手術当日の流れと患者対応
 1 当日術前の患者対応と準備
 2 術中の流れとアシスタントワーク
chapter 6 術後,一連の流れ
 1 手術翌日の患者対応
 2 術後数日の患者対応
 3 術後の器材再生処理
chapter 7 インプラントの補綴
 1 インプラント補綴の概要
 2 上部構造の固定方式について
chapter 8 インプラントメインテナンス
 1 インプラントと高齢者
 2 インプラントと天然歯の違い
 3 インプラント周囲疾患
 4 インプラント患者さんのメインテナンス
 5 インプラントの高齢者に対する口腔衛生指導
 6 インプラント周囲組織の炎症への対応
 7 訪問口腔ケアの流れ
 8 訪問口腔ケアの必要性

 著者略歴