やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 歯科衛生士は感染対策のキーパーソン
 近年,結核や梅毒といった,人類がかつて克服したはずの感染症の再燃,エイズ(AIDS,後天性免疫不全症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)など以前には知られていなかった新たな感染症の出現,また抗菌薬が効かない耐性菌の出現など,人類が感染症を克服するにはまだまだほど遠いのが現状です.わが国では「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が1999年に施行され,感染力や罹患時の重篤性などによる危険性の高い順に感染症を分類し,それぞれの対応を論じています.特に,病院など医療施設内での状況は深刻で,感染症をもつ患者さんや保菌者,抵抗力が低下した易感染宿主が存在し,感染が蔓延しやすい特殊な環境にあります.ゆえに,医療法においても院内感染対策の義務化を求めています.
 感染対策の義務化は病床をもたない歯科医院においても求められるようになりました.歯科処置は,病原体を含む可能性の高い血液や唾液に,つねに接触する環境で行われます.刺し傷の危険性のある鋭利な器具,消毒が容易でない精巧で繊細な器具,切削処置による汚染されたエアロゾルの曝露など,歯科医院では感染対策が容易でない環境にあると思われます.しかし,むやみにおそれることなく,正しい知識を習得し,適切に対処することが必要です.少なくとも医療従事者の知識不足や不注意によって,医療施設内で患者さんや医療従事者が新たな感染を受けることを避けなければなりません.
 米国疾病管理予防センター(CDC)が提言する種々の感染対策ガイドラインは高く評価され,世界の各病院,各科で用いられています.歯科医療における感染対策管理に関するガイドラインにおいても,最初に記載された重要事項は歯科医療従事者の教育と保護です.歯科診療の準備と実施,補助や後片づけなどすべての処置に動員される歯科衛生士は“感染対策のキーパーソン”というべき重要な立場にあります.日本口腔感染症学会では「院内感染予防対策認定歯科衛生士」の制度が運用されるなど,その活躍は期待されています.
 CDCや感染対策専門書が指摘しているように過去の慣習を継続した対策法ではなく,科学的根拠(エビデンス)に基づいたものでなければなりません.本別冊は感染対策の最新かつ最良のエビデンスをわかりやすく表現し,理解していただけるように企画しました.
 九州大学名誉教授 白砂兼光
 はじめに(白砂兼光)
Chapter 1 感染対策の基礎知識
 1 感染症とは(白砂兼光)
 2 標準予防策(スタンダードプレコーション)(白砂兼光)
Chapter 2 注意すべき微生物とその症状
 1 B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルス(平松直樹)
 2 HIVとAIDS(吉川博政)
 3 結核とインフルエンザ(川村尚久)
 4 麻疹・水痘・風疹・ムンプス(川村尚久)
 5 ノロウイルスと腸管出血性大腸菌(川村尚久)
 6 MRSAと多剤耐性緑膿菌(大曲貴夫)
Chapter 3 必ずおさえておきたい! 感染対策基本テクニック
 1 手指衛生の手技(中島燈子)
 2 個人防護具の着脱と交換のタイミング(中島燈子)
 3 ユニット周りの清拭とバリアテクニック(吉川博政)
 4 針刺し事故対策(吉川博政)
Chapter 4 使用後の器具・器材の取り扱い−診療後の流れ−
 1 診療終了後,ただちに行うこと(吉岡秀郎)
 2 廃棄物の処理(吉岡秀郎・柴田麻未)
 3 洗浄の大切さを再確認!(吉岡秀郎)
Chapter 5 消毒・滅菌の基礎と実際
 1 消毒法の基礎知識(吉岡秀郎)
 2 滅菌法の基礎知識と滅菌物の保管(吉岡秀郎)
 3 消毒・滅菌法の実際(吉岡秀郎)
Chapter 6 最近の感染対策治療のトピックス
 1 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(大曲貴夫)
 2 インターフェロンフリーC型肝炎治療(平松直樹)
 3 最新の抗HIV治療(吉川博政)

Column
 1 診療所にインフルエンザ患者が来たときの準備・対応(中島燈子)
 2 うっかり気づかないNG再利用(吉岡秀郎・柴田麻未)
 さくいん
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