やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科界におけるこの20年間最大のトピック─,それは「インプラント治療」の本格導入でしょう.それまでにも,この名称で行われる治療はありましたが,残念ながら“未完成”というイメージの強い,問題の多い治療法でした.ところが,ブローネマルク教授の発見した,「オッセオインテグレーション」のコンセプトに基づく歯科用インプラントが登場すると,世界中で多くの歯科医師がこのインプラント治療を導入し,それに伴い,それまでの歯科医療の流れが大きく変化し始めました.
 たとえば,以前は加齢とともに喪失歯が多くなり,「ブリッジ→局部床義歯→総義歯」という流れになるのは,患者さんだけでなく,歯科医師にとっても“仕方がないこと”という認識がありました.しかし,オッセオインテグレーションを利用したインプラントの登場以後は,“一生固定式(Fixed)の補綴物を使用する”という新たな概念が生まれました.もちろん,義歯はいまでも有効な欠損補綴の方法であることに変わりはありませんが,歯を失って悩む方々への治療に新たな選択肢が生まれたということになります.
 また,インプラントが変えたものの1つは「抜歯の基準」でしょう.近年の再生療法などの歯周治療の進歩は,進行した歯周炎に罹患した天然歯の保存を可能にし,私たちはこれまで以上に天然歯保存の価値と意義について考えるようになりました.しかし,インプラント治療による機能回復を治療のゴールに据えると,症例によってはインプラント埋入に必要な“残存骨を守る”という判断のもとに,まだ保存の可能性が残されている天然歯の抜去を決断しなければならないことがあります.その半面,従来であれば予後不良となりがちの遊離端欠損部最遠心の天然歯も,近くに埋入されたインプラントが咬合支持を担うことで保存が可能となってきました.
 以上のように,「天然歯」と「インプラント」には症例に応じたそれぞれの存在意義があります.それらをどのように考え,口腔機能の回復と長期の維持へとつなげていくのかは,歯科医師はもとより,メインテナンスを担う歯科衛生士をはじめとするスタッフを含めた,歯科医院のポリシーや能力に大きく依存しているのです.
 「インプラントは天然歯に代わるものではない」という言葉があります.これは,天然歯保存の重要性を説くこと以外にも,天然歯をインプラントに置き換えるとき,そしてその管理を行う際には多くのことを考え,行動しなければならないという意味を含んでいます.
 また,人間にとって,“おいしいものを食べる”というのは根源的な欲望であり,生きる活力にもつながります.患者さんは,より充実した食生活を楽しむためにインプラント治療を求め,歯科医院の扉をたたくのです.
 インプラント治療がこれほどまでに普及した現在では,自院でインプラント治療を行っていなくても,治療を受けた経験のある患者さんは必ずやってくるでしょう.「当院ではインプラント治療を行っていませんので,インプラント治療経験者の方への対応はできません」ではすまされない時代となりつつあります.その一方,インプラント治療に関連するトラブルが増えているのも事実です.この20年のインプラント治療の発展に伴い,患者さんの期待も大きくなっているため,一度期待にこたえられない結果となると,患者さんの落胆も大きくなります.そうならないよう,歯科医師,歯科衛生士は最大限の努力を続ける必要があります.
 歯科のプロフェッショナルである私たちは,インプラント治療の良い点も悪い点も理解し,受け入れ,正面から立ち向かわなくてはなりません.そして,その際に,歯科衛生士がはたす役割が非常に大きいことは明らかです.
 本書は,そのようなインプラント治療に対する理解を深めようと考えている歯科衛生士の皆さんのためにまとめられた一冊です.本書を一人でも多くの方々に手に取っていただき,天然歯の管理とインプラントの管理との違いを正しく理解・実践するための力となり,さらに,皆さんの今後の臨床の一助となることを心から願っています.
 2011年秋 編著者一同
 はじめに
 巻頭口絵
CHAPTER1 基本知識〜インプラントと天然歯の違い
 1 インプラントの基礎知識(沼部幸博)
  インプラント治療とは
  インプラントが生体内で機能する理由
  解剖学的構造〜インプラントと天然歯との違い
  組織反応と危険因子
  患者さんにとっての違い〜使用感,補綴物との違いなど
  医療面接で大切なこと〜その患者さんがインプラント治療に移行した背景を知る
 2 インプラントの構造とは〜メインテナンスで求められる理解のポイント(関根秀志)
  はじめに
  1.インプラントを構成する3要素
   (1)インプラント体(インプラント・フィクスチャー)
   (2)アバットメント
   (3)上部構造
  2.プラットフォームの種類と特徴
   (1)バットジョイントタイプ
   (2)テーパージョイントタイプ
  3.上部構造の固定方法
   (1)スクリュー固定
   (2)セメント固定
CHAPTER2 術前のコンサルテーションと口腔内管理の考え方
 1 インプラント埋入前の歯周組織のマネジメント(二階堂雅彦)
  インプラントは歯周病にならないの?
   (1)歯周病(歯周炎)の既往がある患者さんはインプラント周囲炎の罹患リスクがあるか?
   (2)これまでの論文を紐解くと
  インプラントにおいて歯周炎のリスクの低い患者さんとは? 〜その対処法
  インプラントにおいて歯周炎のリスクの高い患者さんとは? 〜その対処法
   (1)侵襲性歯周炎の臨床的特徴
   (2)リスクの高い患者さんにはどのような歯周基本治療が求められるか?
  一次手術から二次手術の間の歯周組織の管理・確認
   (1)一般的なインプラント埋入の場合
   (2)骨造成法を行っている場合
   (3)軟組織移植を行っている場合
 2 インプラント埋入前の口腔内管理・プラークコントロール(橋崎由香里・朱雀佳奈・大谷さやか)
  インプラント埋入前の歯周組織のマネジメント〜なぜ歯肉の炎症のコントロールが重要なのか
   (1)インプラント埋入前の歯肉縁上のプラークコントロールの重要性
   (2)歯肉縁下のプラークコントロールの重要性
   (3)歯周治療以外でコントロールしておきたい事項
  インプラントにおける危険因子.「喫煙」「糖尿病」を考える
   (1)喫煙
   (2)糖尿病
  術前のコンサルテーションで重要なこと
   (1)「術後に予想されること」をあらかじめ伝える
   (2)メインテナンスの重要性を理解していただく
   (3)メインテナンスはなぜ必要か?
CHAPTER3 歯肉縁下をイメージするうえで必要となる基礎知識
 1 インプラント部の歯肉縁下をイメージしてみよう!(山口幸子)
  はじめに〜インプラント部の歯肉縁下をイメージするうえで必要となる基礎知識
  1.植立位置によるサブジンジバルカントゥアの違い
  2.さまざまな資料からインプラントの植立位置を確認しよう
   (1)X線写真像から確認する.近遠心的位置関係
   (2)CT像から確認する.近遠心的・頬舌的位置関係
   (3)アシスタント時や歯肉つき模型から確認する〜近遠心・頬舌的位置関係
 2 プロービングについて再考しよう!(山口幸子)
  はじめに〜深さを“探る”ためのプロービング
  1.インプラント部へのプロービングの考え方
  2.他院で埋入されたインプラントの場合.その形態・種類をどう把握するか?
  3.その他のプローブの活用方法
   (1)プラークの付着状況を“探る”目的で使用するプローブ
   (2)実際にどう“ 探る” のか?
  4.インプラント部の縁下の状態をイメージするためには?
CHAPTER4 インプラント・メインテナンス
 インプラント部のプロフェッショナルケアの流れ
 1 プロフェッショナルケア時に必要な検査項目を確認しよう(山口幸子)
  はじめに
  1.観察・X線写真・カルテの確認.患者さんがクリニックの扉を開けたときから始まっている!
  2.医療面接
   (1)患者さんへの確認事項
   (2)残存歯の評価
  3.基本検査
   (1)視診〜肉眼的所見からわかること
   (2)触診
  4.X線写真による確認
  メインテナンス移行への基準とは?
 2 インプラント部のプロフェッショナルケアの実際(山口幸子)
  はじめに
  1.単独冠・連結冠・ブリッジタイプ
   (1)固定性上部構造
   (2)プロフェッショナルケアの手順・方法
  2.ブリッジタイプ(固定性上部構造)
   (1)ブリッジタイプ
   (2)プロフェッショナルケアの手順・方法
  3.インプラントオーバーデンチャー(可撤性上部構造)
   (1)インプラントオーバーデンチャー
   (2)プロフェッショナルケアの手順・方法
   (3)義歯の洗浄
  さまざまなインプラント専用スケーラー
   (1)プラスチックスケーラー
   (2)チタンスケーラー
 3 患者さんへのセルフケア指導のポイント(山口幸子・伊藤桂子)
  はじめに
  1.清掃器具の選択
   (1)歯ブラシ
   (2)デンタルフロス・スーパーフロスなど
   (3)ワンタフトブラシ
   (4)歯間ブラシ
  2.セルフケアのポイント
   (1)インプラントの植立位置におけるブラッシングのポイント
   (2)角化粘膜の少ない患者さんへのブラッシングのポイント
   (3)インプラントオーバーデンチャーの患者さんへのブラッシングのポイント
   (4)無歯顎でブリッジタイプの患者さんへのブラッシングのポイント
  3.リコール・メインテナンス
  まとめ
CHAPTER5 インプラント部の病変への対応
 1 インプラント周囲粘膜炎への対応(山口幸子)
  はじめに〜天然歯とインプラントにおける,歯科衛生士の責任領域を整理しよう!
  インプラント周囲粘膜炎(peri-implant mucositis)の原因
   (1)口腔衛生状態の不良.患者さん自身の問題
   (2)口腔衛生状態の不良.ケアを難しくするその他の因子
  インプラント周囲粘膜炎を早期に発見するための着眼点
   (1)医療面接から情報を得る
   (2)口腔内の残存歯(天然歯)の状態を確認する
   (3)リスク部位を認識し,その状態を把握する
   (4)正しい検査を行う
  インプラント周囲粘膜炎の治療
   (1)口腔衛生指導時の注意点
   (2)このようなX線写真像には注意しよう!
 2 インプラント周囲炎への対応(二階堂雅彦)
  インプラント周囲炎(peri-implantitis)とは
  インプラント周囲炎の病因
  インプラント周囲炎の検査
   (1)インプラント周囲の検査
   (2)X線写真による検査
   (3)細菌検査・抗体価検査
  インプラント周囲炎との鑑別診断が必要な病態
   (1)生理的なインプラント周囲のマージナルボーンロス(マージン部の骨吸収)
   (2)インプラント周囲粘膜炎
   (3)インプラント体(フィクスチャー)の破折
  インプラント周囲炎の治療
  1.インプラントに対する非外科的療法
   (1)OHI(口腔衛生指導)
   (2)デブライドメント
  2.インプラントに対する抗菌療法(非外科的療法)
   (1)消毒薬
   (2)抗菌薬
   (3)消毒薬および抗菌療法をどう考えるか?
  3.インプラントに対する補助的療法(非外科的療法)
   (1)エアアブレージョン(エアフロー)
   (2)Er:YAG(エルビウム・ヤグ)レーザー
   (3)光線力学療法(フォトダイナミックセラピー)
  4.補綴的療法〜アバットメントの除去による清掃
  5.インプラント周囲炎に対する外科的療法
   (1)オープンフラップデブライドメント
   (2)切除療法
   (3)再生療法
   (4)インプラントの除去
  インプラント周囲炎の治療指針
  まとめ
 
 COLUMN
  1)インプラントと天然歯,歯周ポケット内の細菌叢は同じなの?(菅野文雄)
  2)咬合性外傷でインプラント周囲の骨がなくなるの?(菅野文雄)
  3)フッ化物塗布時の注意点(山口幸子)
  4)インプラントと天然歯,スケーリングは同じでよいの?〜インプラントにスケーリングを行う場合,どこまでスケーラーを入れるか(山口幸子)
  5)患者さんが,将来通院できなくなったときのメインテナンスをどう考えるか(亀田行雄)
 
 索 引
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