やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書の翻訳にあたっては,領域が補綴関連ということもあって,依頼を受けるべきかどうか迷ったものである.保存修復学を専門としている人間が,大学で教鞭をとっているからといって,おいそれと受けることはできないという考えからである.一方,純粋に「この本を読んでみたい」という欲求も心の中にはあった.そして結局は,「翻訳という作業を通して新たな知識を得たい」という,いわゆる知的欲求が勝ることになった.
 翻訳という作業は,時に楽しみを与えてくれるものであるが,苦しみを伴うものでもある.英文に引っ張られすぎると“角張った”日本語になってしまうため読みづらくなってくる.他方,過度の意訳をすると,原著者の意図した内容を伝えることができなくなってしまう.修辞技法の異なる言語をまさに噛み砕き,これを日本語として読みやすい文章とすることに楽しみを感じながらも,なかなかこなれた日本語にならない時間においては,徒労感を味わうことの繰り返しであった.しかし,翻訳が進むにつれて,達成感を抱くようになることは確実で,批判をおそれずに言えば,「早く読者に伝えたい」という思いが強い.
 翻訳にあたっては,正しい専門用語を用いることも極めて大切になる.そこで,本書においては『歯科補綴学専門用語集』(日本補綴歯科学会 編)ならびに『歯科理工学教育用語集』(日本歯科理工学会 編)を主に参考とし,全章にわたって可及的に用語の統一を図ることとした.とくに,原文で同一の内容を異なる単語で記載している場合では,専門用語集に記載の用語とするとともに,用語の内容については『常用歯科辞典 第4版』(中原 泉・藤井一維 編集代表)を紐解くことで確認した.
 下巻は,臨床的咬合論に始まり,支台歯形成の考慮事項とチェアサイドにおける操作およびセメンテーションの留意事項,さらにはインプラント補綴の臨床について記載されている.Chapter 6では,咬合採得と使用する咬合器について詳細な解説がなされている.Chapter 7においては,メタルフレームワークの試適における臨床操作について細部にわたる検討事項を含めて解説されている.試適時における適合性チェックのポイントはもちろんのこと,その際の補綴装置内面の調整法についても臨床的観点からの留意事項が触れられており,示唆に富むものとなっている.さらに,Chapter 8においては,陶材焼成後の調整における臨床手技について述べられている.これらの記述に関しては,教科書的なそれにとどまることなく,臨床現場における留意事項が詳しく述べられている.そして,Chapter 9ではセメント合着について述べているが,そこで使用している材料は復古的なものではあるものの,臨床的には考慮すべき多くの事項を含む内容となっている.それ以降のChapterにおいては,インプラント補綴やジルコニアに対する考察が展開されているが,いずれも臨床に即しながらもきわめてベーシックな内容であり,多くの若手歯科医師が学ぶべき内容が含まれていると考えられる.
 何事もそうであるように,異なる臨床テクニックには,通常の臨床技法と同じステップは含まれているものの,留意すべき事項が存在するものである.本書では,それらを余すことなく解説するとともに,日常臨床に活用できるような構成となっている.是非とも本書を手に取っていただき,原著者らの歯科治療に対する熱い情熱とも言える心情を感じ取っていただければ幸甚である.
 日本大学歯学部保存学教室修復学講座 教授
 宮崎真至
 序
Chapter 6 臨床における咬合の考え方
 咬合の安定:中心位について
 咬合器
 調整
Chapter 7 フレームワークの試適と合金
 水平的な適合性の確認
 マージン精度の検証
 内面(保持部)の調整
 清掃
Chapter 8 セラミックスの試適
 マージン精度の向上
 咬合の診査
 陶材焼成後の試適
 臨床的利点
Chapter 9 セメント合着
 リン酸亜鉛セメント
 合着
Chapter 10 インプラントアバットメント
 適切な歯肉形態
 作業模型上におけるアバットメントの試適
 ジグによるチェックと印象採得
Chapter 11 バーティカルプレパレーションにおけるジルコニアの応用
 材料特性
 加工技術
 辺縁適合性の精度
 臨床研究
 臨床の実際