推薦の序
　日々，歯と格闘している歯科医師，歯科技工士の皆様にとって福音となる一冊
　人間が皆それぞれ異なるのと同様に，歯もさまざまである．損傷した歯を修復する，または，欠損した歯を補綴するために，世界中の歯科医師，歯科技工士が古くから多くの努力を重ねてきた．歯科医師も歯科技工士も毎日，同じような作業を行っている一方で，毎回，症例ごとに新しい課題に向き合っている．
　美容師や整形外科医師らと同じく，歯科医師と歯科技工士も患者の外見に大きな影響を及ぼす仕事をしている．そして，その外見の良さの背景には咀嚼という機能が存在しており，その両立があって初めて，歯科治療の長期的予後が裏付けられる．つまり，機能性とは審美性を決定付ける重要な因子であるわけだが，なかでも前歯部・臼歯部，そして顎関節領域における正しい相互作用こそが，良好な咀嚼運動という機能にとっての必要条件となる．
　上記の観点から見て，本書は歯の機能に関心を有する読者諸氏にとって，つまり，日々，歯と格闘している歯科医師，歯科技工士の皆様にとって，福音となる一冊と言えよう．
　Dieter Schulz


訳者序文
　機能的および審美的に良好な成果を長期に渡って獲得するための精密な補綴装置を製作することが，あらゆる歯科医師，歯科技工士の目標であろう．そのためには，印象の精確性，石膏注入，混水比や撹拌，硬化時間など，模型製作時から咬合器装着に至るまで，遵守すべき事項が数多く存在する．本書では，そうした「地味な作業ではあるもののきわめて重要である」プロセスに焦点を当てている．まずこの点に，訳者，そして歯科技工士として敬意を表したい．
　私は今からさかのぼることおよそ15年前，「D．シュルツのワックスアップテクニック」（医歯薬出版　刊）の翻訳を手がけた．本書は15年を経て欧州で上梓された後掲書である．前書では下顎第一大臼歯のワックスアップ法に重点が置かれていたが，本書はその対象を全臼歯に広げてワックスアップ法を網羅している．故・Polz氏の考案したオクルーザルコンパスを運動座標としてナビゲーション化し，コーンおよびコーヌスからセントリックストップを付与しつつ，咬頭をワックス形成していくテクニックを詳細に論証している．
　また，従来述べられてきた理想的とされる接触関係は「臨床上，極めて稀な状態」と捉え，著者と担当歯科医師が担当した臨床ケースに則って，セントリックストップ付与の方向性，アングルの分類I〜III級および切端咬合関係の構築について触れている．実際に，臨床における個々の患者の顎関係においては完璧に理想的な状態というのはほとんど存在せず，歯や歯槽骨は多少なりとも偏位しているものである．患者ごとにさまざまな接触関係に対応することが歯科医師，歯科技工士のまさに日常であり，それこそが本当の意味での“臨床的な考え方”と言えるであろう．
　本書では前書からの時代的変遷を背景に，加圧成形セラミックスにおけるワックスアップテクニックと機能的削合法，ステイン法，そしてCAD/CAMアプローチにも言及している．また，巻末には訳者の選にて付録も掲載している．本書が，日常臨床における読者諸氏の一助となることを心から願うところである．
　歯科技工士マイスター　大畠一成
　Ztm. Kazunari Ohata