やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 前歯部におけるコンポジットレジン修復を行うにあたって,特に留意すべき事項として,(1)解剖学的形態の再現,(2)明度の適正化,および(3)エナメル質様の光沢感の付与,という三つの項目が強調される.このなかでもとりわけ「形態の再現」が重要なものとなり,自然感に溢れた前歯部ダイレクトボンディングには欠かすことができないものである.すなわち,修復操作を行う術者が,本来あるべき前歯部の解剖学的形態を確実に理解していることが求められる.
 コンポジットレジン修復のハンズオンセミナーを行っていて感じることだが,前歯部ダイレクトボンディングを行うにあたって「知っている,でも再現ができない」ということが多いようである.歯については,診療のたびごとに見ているはずなのに,いざその形を再現するとなるとうまくいかない.歯の形を「知っている」はずなのに,いざ修復操作を始めてみると,なぜか形が整わないのである.まさに,ここで重要となるのが,本書でも触れられているゲシュタルト(Gestalt:形態)をどのように認識しているかである.例えば,果物のリンゴの絵を見て,それが線や点の集合によって描かれたものとしてではなく,まさにリンゴとして認識する.すなわち,全体を部分の寄せ集めではなく,それらの総和以上の全体構造として捉えているのである.
 歯の形態の捉え方を,ゲシュタルトの法則に沿って考えてみると,歯は歯列を形成していることからグループ(歯列)として捉えられ,個々の歯の有している形態に注目することがなかなか難しい.そこで本書では,歯の形態の把握において「3Dメソッド」を応用することが提唱されている.3Dメソッドでは,歯列を構成する1本の歯について,そこに楕円を投影することによって外形を認識する.次に,格子を投影することによって個々の歯が有している凹凸あるいは彎曲を理解する.こうすることによって,その歯が有している特徴的な形態を再現することが可能となり,さらに歯列に調和した形態を回復し,機能面でも満足できるダイレクトボンディングを行うことができる.
 本書は,ドイツ語で著された原著から英語へ訳された出版物を,さらに日本語訳したものである.言語間の修辞技法の違いなどにもよろうが,重複した表現になっている個所についてはできるだけ整理して翻訳することに努めた.また,文章の意を汲み取りやすくするために,原著には書かれていない文章を追記した箇所もある.さらに,翻訳にあたっては,読者が理解しやすい構成とするとともに,学術的内容に関してはできるだけ正しい情報を提供するように心掛けた.
 翻訳は「原文」という制約があるものを日本語として「新しい文章」にするという作業であり,これは少なからずの苦労を伴うものであった.しかし,臨床に携わる歯科医師としては,得られたものはそれ以上であったと感じている.ぜひ本書を手に取り,日々の臨床に役立てていただくことを切望して擱筆する.
 日本大学歯学部保存学教室修復学講座 教授
 宮崎真至
 序
第1章 歯冠形態とその捉え方
 第1項 形態の輪郭
 第2項 形態の認識
 第3項 表面における質感
 第4項 表面形態
第2章 色の捉え方
 第1項 色および構造の回復
 第2項 モックアップを用いたイメージ化:多様性の予測
 第3項 患者のコンサルテーションと治療の視覚化による信頼関係の構築
第3章 コンポジットレジン修復を支える器材
 第1項 器材と使用材料
 第2項 部分の集約で全体像を創る:前歯部破折修復症例
第4章 コンポジットレジン修復の実際
 第1項 前歯歯頸部修復:彩度および明度への配慮
 第2項 前歯部隣接面修復
 第3項 前歯部切縁修復