やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 超高齢社会となった我が国においては,これまでのように「欧米で先行された例を我が国にあった形に改変修正して適応する」ということが社会の広範な領域で通用しなくなってきている.なぜならば,先例がないことがすでに日本で起こっているからであり,その意味では良くも悪くも我が国はフロントランナーの立場になってしまったと言える.
 ことインプラント補綴に関しても同じことが言える.1960年代から我が国おいてもインプラントは臨床家を中心に利用はされてきたが,1980年代の後半から1990年代の初頭にかけて「オッセオインテグレーション」の概念が紹介されて以後,急速に利用は拡大してきた.当初は「いかにして確実にオッセオインテグレーションが獲得できるか」が課題として論じられ,2000年代に入ると「いかに安全かつ早くオッセオインテグレーションが獲得できるか」が主要な課題となり,CTデータを基にしたガイドの利用やインプラント体の表面性状の改質などが盛んに行われた.そして2010年代には,「低侵襲な処置」を考慮することが話題の中心になってきている.
 これらのインプラント治療の術式や材質の変遷に伴って,20年以上を経過した長期症例が我が国においても多く見られるようになってきている.1990年代の当初にインプラント治療を60歳代で受けた人は,現在すでに80歳代の半ばに達している.厚生労働省の歯科疾患実態調査においても,80歳代でも3%の人が口腔内にインプラントを有しているとされている.
 ただ,ここで問題になるのは,多くの人が「インプラント」イコール「人工歯根」であり,「天然歯に代わるもの」として固定性の上部構造を指向してきたことにある.その結果として,多くの場合には経年的に残存歯が減少して,インプラント補綴部位のみが残存する結果となっている.
 このことは,二つのことを意味している.
 一つは,「残ったインプラントをどのように活用するか」を考えなければならないことであり,もう一つは,結果的に「インプラントを用いることで長期に支台と顎骨が維持できる」ことが明らかにされたことである.この二つの重要な課題に対して,インプラントオーバーデンチャー(IOD)は多くの答えを提供してくれる.
 本書を通じて,多くの読者がIODの弱点をも理解した上で,より積極的かつ有効的にIODを臨床応用していただければ幸いである.
 最後に,本企画にご賛同いただき,貴重な資料を提供してくださった執筆者の先生方に,心から御礼を申し上げたい.

 大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能再建学講座
 有床義歯補綴学・高齢者歯科学分野 教授
  前田 芳信

 日本大学歯学部付属病院 特殊診療部 歯科インプラント科 科長
  萩原 芳幸

 大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能再建学講座
 有床義歯補綴学・高齢者歯科学分野 講師
  和田 誠大
 序
第1章 インプラントオーバーデンチャー トップランナーの考え方と臨床
 上顎IODの成功率は下顎IODに比較して明らかに低く,固定性よりも確実に劣る.特に,対合歯列が義歯ならばよいが,天然歯の場合は要注意である.(大久保力廣)
 IODを計画する場合,まずどの位置に何本のインプラントを埋入するかを検討するのではない.ましてや,インプラント埋入後にアタッチメントを選択し,新義歯製作にとりかかるべきではない.(奥野幾久)
 IODの適応症は,処置前に可撤性の義歯を使用し,ある程度義歯に慣れていて,可撤性に対する抵抗の少ないアクティブシニアが対象となる.(亀田行雄)
 IARPDについては残存天然歯の歯列内配置,対咬関係,健康度,解剖学的制約,インプラントの役割について考慮する必要がある.(倉嶋敏明)
 IODは通常の義歯に比べて強い咬合力を受けるため,長期的に良好な予後を達成するため補強構造を考慮した設計が重要である.(添田義博)
 IODは全く沈み込まないインプラントと沈み込む粘膜上にあるため,力学的設計を誤ると大きなトラブルに遭遇することがある.設計においては慎重に検討することが肝要である.(田中譲治)
 将来的に無歯顎に進行しがちな状況下で,IARPD(T-IOD)は持続可能な補綴設計の布石として,また患者のナラティブに寄り添いやすいという点でも現実的に有用である.(中居伸行)
 対顎に対する必要な回復度から,インプラント数,支台装置を考慮する.(永田省藏)
 IODの利点・欠点はインプラント支持,粘膜支持の割合により捉え方が変わりうる.(松下恭之)
第2章 インプラントオーバーデンチャー 臨床のスタンダード─現時点の到達点と文献的考察
 (前田芳信・和田誠大)
 どのような場合にIODを用いるか
 設計とアタッチメントの選択
 製作術式(インプラントの埋入・義歯の製作)
 メインテナンス
 近年の文献からの考察
  ・メインテナンスの有無について
  ・インプラントの本数に関して
  ・アタッチメントの比較に関して
  ・患者の満足度に関して
  ・IODとインプラント周囲疾患について
第3章 インプラントオーバーデンチャー 臨床の疑問に答えるQ&A
 (萩原芳幸)
 Q インプラントオーバーデンチャーを作製する際に,従来の総義歯と同様に辺縁形成をするべきか?
 Q インプラントオーバーデンチャーに付与する咬合様式はどのように決めればよいのか?
 Q インプラントオーバーデンチャーにおけるインプラントの埋入位置・本数はどのように決めればよいのか?
 Q インプラントオーバーデンチャーに使用するアタッチメントの種類はどのように選べばよいのか?
 Q 上顎インプラントオーバーデンチャーの口蓋部の有無はどのように判断すればよいのか?