やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 失われた歯や顎堤,すなわち基質欠損を“形態“と“機能”から回復し,美しい容貌と口腔機能が発揮できる総義歯を製作するには,まず歯科医師によって個々の患者の現状と,歯や顎堤が失われた原因と経過などが十分に診査・診断されていることが大前提である.そして,そこから咬合再構成における完成義歯の形態を想定し,その咬合高径や咬合平面を基準として,支持・維持そしてデンチャースペースが満たされた印象採得と,嚥下や発音などの口腔機能が十分に発揮されるとともに,顎関節や口腔周囲筋,さらに個々の患者の個人的特性に対して美しい顔貌との調和が得られる咬合高径と下顎位の設定,すなわち咬合採得がなされなければならない.
 “形態“と“機能”は密接に連繋したものであり,無歯顎となってしまった患者の失われた歯と顎堤の形態と機能を回復するには,それらが失われる前の“正常”に近い有歯顎時の形態と機能の一般的な傾向を十分に知っておかなければならない.
 すべての歯が失われて無歯顎となり,さらに顎堤も吸収(退縮)した患者の容貌と機能を総義歯によって回復するには,顔貌や歯列弓および顎堤などの形態に関する平均的な数値や解剖学的データ,そして患者固有の情報である有歯顎時代の写真などのイメージを重ね合わせ積み重ねて患者の“形“として創り出し,その大きさで顔貌との調和が得られるか,さらにその“形”で機能が発揮できそうかどうかという評価を行う必要がある.治療用義歯などを用いて,その“形“にさらに機能でのトレーニングを加え,最も適切と思われる“形”へと,調整や修正を行って追い込んでいくという方法もある.
 すなわち,無歯顎症例の治療や咬合の再構成を行うにあたっては,術者がいかに有歯顎のデータとイメージを適切に持っているかということと,無歯顎模型を見たときに,その残された解剖学的指標やその周囲の形態の観察によって,その模型の有歯顎時の状況,すなわち「どこに歯牙が植立していたか」「その歯牙の大きさや植立方向はどうであったか」「咬合平面や咬合関係はどのようなものだったか」そして「歯肉の形やボリュームはどのくらいだったか」……が読み取れることが必要である.無歯顎者の咬合再構成における目標は適正な“有歯顎”の再現であり,術者に最も求められるのは,観察力と,そこから得られるイメージの構成能力と言えるのではないだろうか.
 現在は歯科医師が歯科技工を行うことは少なくなり,歯科技工士との分業が多くなっている.歯科医療,特に補綴治療に関しては,チェアサイドとラボサイドのトータルな力量が試されるものであり,コマーシャルラボとして歯科医師からの外注による歯科技工を行う,あるいは歯科医師が歯科技工士に歯科技工物を外注する場合には,両者の各工程における技術的なコンセンサスを両者が十分に得ておく必要がある.
 「技術は要求があってこそ明確になる」ものであり,要求がなければ作り出すことはできないものである.歯科技工士としては「歯科医師の技術的な考え方とニーズを十分に知っておく」ことが第一歩である.それゆえに歯科医師は「補綴物の設計」,すなわち自身の技術や考え方を客観的に明確にしておくことが成功への第一歩といえる.
 2005年12月
 編集委員(五十音順)
 堤 嵩詞 PTDLABO(兵庫県芦屋市)
 深水皓三 銀座深水歯科医院(東京都中央区)
 序・“噛める義歯”にするための人工歯の排列と歯肉形成の10ポイントほか(堤 嵩詞/深水皓三)
 目次/執筆者一覧
Opening Graph
 人工歯排列・歯肉形成にかかわる機能解剖学―“機能する”総義歯製作のために(阿部伸一/上松博子/井出吉信)
PART01 有歯顎と無歯顎の形態的関係・差異のイメージングトレーニング
 Introduction 抜歯前後から即時義歯→本義歯への移行に見る顎堤の変化(安達久代/堤 嵩詞)
 1 有歯顎と無歯顎の“形”のイメージング―模型と解剖学的データで見る有歯顎・無歯顎
  (1) 有歯顎・無歯顎における顎堤の変化(堤 嵩詞)
  (2) 有歯顎・無歯顎の顎堤の部位別相違(堤 嵩詞)
 2 有歯顎と無歯顎の“重ね合わせ”のためのトレーニング――有歯顎時をイメージした人工歯排列(堤 嵩詞)
PART02 歯列弓の“形”の理解と再現
 Introduction 歯列弓の形の理解と再現(堤 嵩詞)
 1 歯列弓・歯肉頬移行部・歯槽部の形
  (1) 歯列弓・歯肉頬移行部・歯槽部の関係(堤 嵩詞)
  (2) 歯列弓前歯部の形と人工歯排列(堤 嵩詞)
 2 歯列弓と生体の関係の口腔外への移行(堤 嵩詞)
PART03 人工歯の選択と排列の基本―前歯・臼歯の排列の考え方
 Introduction 多数の義歯を遍歴した患者の症例に見る人工歯および排列の違い(堤 嵩詞)
 1 審美的人工歯排列をもたらすためのチェアサイドワーク――加藤吉昭先生の臨床手技から(堤 嵩詞)
 2 人工歯開発と咬合理論の変遷(堤 嵩詞)
 3 人工歯排列の実力アップを図るための各種“基準”のとらえ方(堤 嵩詞)
 4 各種“基準”に基づく人工歯排列の基本事項(堤 嵩詞)
 5 前歯部人工歯の形と排列
  (1) 前歯部人工歯形態の基本理念(堤 嵩詞)
  (2) 基本理念に基づく基本的排列例(堤 嵩詞)
 6 臼歯部人工歯の形と排列
  (1) 臼歯部人工歯の分類(堤 嵩詞)
  (2) 臼歯部人工歯の基本的排列例
   1)コンディロフォームを用いた人工歯排列(堤 嵩詞)
   2)NCベラシアを用いた人工歯排列と歯肉形成(堤 嵩詞)
   3)イボクラールシステムでのコンディロフォームとNCベラシアの比較(堤 嵩詞)
PART04 歯肉形成の理論とバリエーション
 Introduction 機能を映してシンプル化する歯肉形成(堤 嵩詞)
 1 機能的歯肉形成の基本事項とテクニック(堤 嵩詞)
PART05 Case Presentation
 1 治療用義歯による難症例の総義歯治療―治療用義歯と人工歯排列(深水皓三)
 2 顎堤的・咬合的な難症例(1)(柳川 隆)
 3 顎堤的・咬合的な難症例(2)(柳川 隆)
 4 審美回復が主訴の症例(1)(山口研一)
 5 審美回復が主訴の症例(2)(山口研一)
 6 機能障害の回復と健康美(審美)の回復を必要とした難症例(津島克正)

スキルアップレッスン
 頭蓋・顔貌と咬合器上の咬合平面(堤 嵩詞)
 口蓋部の歯肉形成(堤 嵩詞)
 治療用義歯とは(堤 嵩詞)
ワンポイントアドバイス
 義歯床の成型精度を高めるためには(堤 嵩詞)
 どのように見えるか(堤 嵩詞)
 スマイルリップを用いて前歯部人工歯排列のイメージを視る(堤 嵩詞)
 情報不良・情報不足・指示不足で歯科技工士が悩む必要はない(堤 嵩詞)
キーワード
 デンチャースペースとは(堤 嵩詞)
 ニュートラルゾーンとは(堤 嵩詞)
 総義歯製作の“品質管理”(堤 嵩詞)