やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 今日の高齢社会は,いやおうなしに,さまざまな全身疾患を合併した歯科患者の増加をもたらしています.歯科治療中の全身状態の急変や医療事故も決して珍しいことではなく,ときとして患者の死亡というたいへん悲しい事態に遭遇することもあります.このような状況のなかで,安全で安心・快適な歯科医療を提供するために何を行わなければならないのかは,厚生労働省が推進している医療安全管理体制の構築をふまえ,改めて歯科界全体が考えていかなければならない時期だと思います.
 本年12月に正式実施となる臨床実習開始前の共用試験CBT(computer based testing)およびOSCE(objective structured clinical examination)においても,また来年4月から必修化となる歯科医師臨床研修制度においても,医療安全の重要性が強く叫ばれています.そのためにも,すべての歯科医師が歯科患者の全身管理についての基本的知識と技能を身につけていることは,もはや国民が歯科医療の現場に望む基本的要件といっても過言ではありません.
 このような折りに,本書を編集する機会を得ました.ここでのコンセプトは,タイトルで示したように,来院時から急変時まで,歯科治療中に起こり得る全身状態の変化に適切に対応するための予防的側面(リスクマネージメント)と危機対応的側面(クライシスマネージメント)を簡潔・明快に解説することです.
 第1章では,歯科治療時に考慮すべき全身疾患として50近くの疾患を取り上げ,イラストによる疾患のイメージと各疾患の基本的な病態,および歯科治療時の注意点を簡潔にまとめました.代表的な疾患については,参考となる資料も併せて提示してあります.第2章では,診療情報提供書を正しく解読するための臨床検査データの読み方,モニタリングの基本,およびモニタリング機器ではわからない臨床症状の診方をまとめました.第3章では,代表的な疾患について,歯科治療時の全身管理を実例とともに紹介してあります.第4章では,クライシスマネージメントとして患者の急変時に対応するために,症状からみた救急薬品の使用法とPrimary ABCD surveyについてまとめました.付録としてPrimary ABCD surveyのCDを添付してありますので,実際の動きを見ながら救急処置の基本を身につけることができます.そして日常のちょっとしたアイデアや疑問に対する回答は,コラムとして随所に盛り込みました.本書は,ハンドブック的な扱いを想定して編集しています.より専門的な高度な知識については,是非,専門書や文献を参照していただきたいと思います.
 たいへん,欲張った盛りだくさんな企画ですが,現場で活躍されている歯科医師の方々ばかりでなく,若手の歯科医師や研修歯科医師のみなさまにも参考になると確信しています.本書を通じて多くの歯科医師が歯科患者の全身管理に目を向け,安全で安心・快適な歯科医療をすべての国民に提供できるきっかけとなることを,編者として期待しております.
 編者 一戸達也・住友雅人
 はじめに
 目次
 編者・執筆者一覧
第1章 歯科治療時に考慮すべき全身疾患と歯科治療時の注意点
 呼吸器疾患(縣 秀栄)
  気管支喘息・慢性気管支炎・慢性肺気腫・間質性肺炎・肺塞栓症
 循環器疾患(河村 博・三ツ林裕己・渡辺昌司)
  高血圧症・虚血性心疾患(狭心症)・虚血性心疾患(心筋梗塞)・心弁膜症(僧帽弁狭窄)・心弁膜症(僧帽弁閉鎖不全)・心弁膜症(大動脈弁狭窄)・心弁膜症(大動脈弁閉鎖不全)・心筋症・非チアノーゼ性先天性心疾患(心房中隔欠損)・非チアノーゼ性先天性心疾患(心室中隔欠損)・チアノーゼ性先天性心疾患(ファロー四徴症)・大動脈炎症候群・大動脈瘤・感染性心内膜炎
 消化管疾患(野伸夫)
  消化性潰瘍・潰瘍性大腸炎・クローン病
 肝疾患(野伸夫)
  ウイルス性肝炎・肝硬変
 腎疾患(野伸夫)
  糸球体腎炎・ネフローゼ症候群・腎不全
 血液疾患(河合峰雄)
  貧血・白血病・出血性素因
 代謝・内分泌疾患(河合峰雄)
  糖尿病・甲状腺機能亢進症(バセドウ病)・甲状腺機能低下症・下垂体機能異常・痛風
 自己免疫疾患(茂木伸夫)
  慢性関節リウマチ・全身性エリテマトーデス・ベーチェット病
 脳神経疾患(仁科牧子)
  脳出血・脳梗塞・多発性硬化症・パーキンソン病・重症筋無力症・脊髄小脳変性症・進行性筋ジストロフィー
 その他(茂木伸夫)
  HIV
第2章 患者さんを診る
 検査データの読み方(松浦信幸・一戸達也)
  血液ガス・心臓超音波検査・止血/凝固機能・生化学検査・HbA1c
 臨床症状の診方(松浦由美子・一戸達也)
  医療面接の基本・異常呼吸・浮腫・ばち指・神経症候・チアノーゼ
 モニタリングの基本(間宮秀樹)
  脈拍・血圧・心電図・パルスオキシメータ
第3章 歯科治療時の全身管理事例集
 補綴治療直後に心停止をきたしたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)患者(藤 喜久雄)
 処置中に著明な循環動態の変化を呈したpure autonomic failure(PAF)の一例(藤 喜久雄)
 局所麻酔後に救急車で搬送された一症例(藤 喜久雄)
 甲状腺機能亢進患者の抜歯(藤 喜久雄)
 未コントロールの高血圧症患者に対してインプラント埋入を行った一例(松尾 朗・千葉博茂)
 骨粗鬆症患者にインプラントを埋入した一例(松尾 朗・千葉博茂)
 抜歯後の治癒不全が契機で発見された下顎骨骨髄炎の一例(松尾 朗・千葉博茂)
 COPDを有する高齢者に侵襲の大きい手術を行った一例(松尾 朗・千葉博茂)
 喘息患者の根管治療(砂田勝久)
 本態性高血圧症患者の抜歯(砂田勝久)
 虚血性心疾患患者の抜髄(砂田勝久)
 チアノーゼ性先天性心疾患患者の充処置(砂田勝久)
第4章 急変時の対応
 フローチャートでわかる症状から見た救急薬品の使用法(山城三喜子)
 医院に準備しておきたい救急薬(山城三喜子)
 「Primary ABCD Survey」を身につける(一戸達也)
 Column(住友雅人)
  1 恐怖心や疼痛のストレスが血栓形成に関与するのか?エコノミークラス症候群との違いは?
  2 手をつけるか否か見極める
  3 診療情報提供にPOSを導入しよう
  4 血圧は安全治療のバロメーター
  5 口腔外科,麻酔領域のシミュレーション学習の重要性・必要性
  6 リスクを軽減するために事前に投与する薬
  7 骨に効かせる麻酔
  8 歯科治療のリスクを理解してもらおう156
  9 高血圧患者に降圧薬を投与したところ血圧が下がりすぎた!その対応は?
  10 静脈路確保の考え方

 巻末付録「救急処置・AEDの実践」CD-ROM