やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 接着歯学(Adhese Dentstry)は,何も難しいものではない.単に歯科臨床に接着材を応用し,歯や修復物に接着材を使用して別なものをくっつけて修復してしまおうというものである.そのベースとなる考えは,より早く,より容易に,そしてより患者の歯を永く使えるような修復治療を可能にすることである.
 従来の修復治療が,歯の延命に寄与するどころか,かえって死期を早めてしまったという強烈な事実がある.これを克服する一つが,修復治療への接着材料の導入である(山下敦:接着歯学,15:201〜210,1997).
 患者は,歯の治療となれば歯科医師のアドバイスに従うであろう.しかしながら,誰もが多量に歯を削る治療は嫌である.誰もが欠損部の修復のために歯を破壊し,口臭の元となるクラウンを入れてほしいとは思っていない.誰もが鉛筆削り器で削ったような歯にしてほしいとも思っていない.自分自身に当てはめてみれば明らかであろう.患者がしてほしいことをしてあげ,してほしくないことをしないということが,歯科診療の方向であろうし,これを可能にするのも接着歯学である.
 ただし,歯科医師は,過去においてメーカーが標榜する性能の接着材に裏切られ続けてきた.がっちりと強固に接着するはずの製品が,いともたやすく脱落し,裏層をしなくてもよいという指針に従ったために,歯髄死を経験し,接着材に対して懐疑的な方も多いに違いない.しかしながら,完璧とは言えないが,過去10年間の間に,歯科用接着材は確実に進歩し,その背景となる知識も増している.象牙質に対する接着強さが,10MPaを超えることなど10年前には夢物語であったが,今では市販製品のいずれもがこれをクリアしている.それと同時に,単に歯質に対する接着だけでなく,創面の保護や金属,セラミックに対する接着も可能となり,臨床における接着操作は,複雑多様なものとなっている.
 また,メーカーが各自の独自性を打ち出すために無用な用語の混乱も生じているし,研究開発者が歯科臨床を知らないがために,臨床では具現不可能な臨床術式や使用指針を求めている製品も散見される.
 接着歯学は,接着がなければ機能しえない.単に使用説明書に従うだけでなく,個々のステップが接着を獲得するために何をしているのかをしっかり理解しなければならない.接着に関する正しい科学的な知識とその限界を知ることが,接着材を使いこなすうえで最も重要である.
 1995年5月から8回にわたり歯界展望で連載された「接着歯学の疑問に答える」は,歯科診療のあらゆる接着技法について,各分野でのエキスパートの先生方により解説が試みられた.本別冊は,これをベースとして,連載当時から経過した2年間になされた新たな知見や製品を加え,日常臨床で接着材を応用するうえで基本となる知識を整理し,疑問となるさまざまな点についても詳細な解説を試みた.本別冊が,日々の臨床の手助けとなり,患者にとってよりよい診療を具現する手助けとなることを期待している.
 1997年11月 編集委員 東京医科歯科大学助教授 歯学部歯科保存学第一講座 猪越重久 東京都開業 日野浦光 第一生命健康管理診療室 安田 登
接着歯学FAQ
 基礎編
  1.接着のメカニズム
   象牙質
   エナメル質の構造と接着機構
   セルフエッチングプライマーによるエナメルエッチング
   削除面と削除しない面での接着強さの違い
   象牙質
   象牙質への接着
   酸処理面への処理(プライマー)
   酸処理面への処理(次亜塩素酸ナトリウム)
   象牙質接着に影響する因子
   象牙質による接着の違い
   金属
   金属表面の化学的性状とレジンとの接着機構
   金属の種類と表面処理法
   ポーセレンシランカップリング剤の接着機構
   セラミックス材料の違いによる接着強さ
   硬質レジン
   硬質レジン積層時におけるレジン同士の接着強さと接着機構
   コンポジットレジン
   追加充填時の接着
  2.接着と歯髄刺激
   コンポジットレジンの歯髄刺激
   術後痛
 臨床編
  1.コンポジットレジン修復の接着
   接着性コンポジットレジン修復の窩洞
   コンポジットレジン修復システムの特徴と使用法
   根面齲蝕
   修復の実際と注意点
   隔壁法と賦形の実際
   ダイレクトベニヤ
   正中離開の修復
   直接覆髄の臨床経過
   スーパーボンドC&Bを用いた露髄症例の修復
   クリアフィルライナボンド2を用いた露髄症例の修復
   二次齲蝕
  2.クラウンブリッジの接着
   従来技法と接着
   レジンセメントシステムの特徴と使い方
   接着阻害因子とその除去
   有髄歯に対する修復物の接着
   金属支台歯に対する修復物の接着
   コンポジットレジン支台歯に対する修復物の接着
   支台築造の接着
   金属支台の接着
   接着性レジン支台築造
   接着ブリッジ
   接着ブリッジ設計の原則
   接着ブリッジ装着の実際
   接着ブリッジ装着の臨床経過
   アクリル系人工歯を用いた接着ブリッジ
   コンポジットレジンによる口腔内法接着ブリッジの製作要点と予後
  3.ポーセレンインレー,セラミックインレー
   ポーセレンインレー
   焼成法によるポーセレンインレー
   セラミックインレー
   ミリング法によるポーセレンインレー
   キャスタブルセラミックインレー
   ハイブリッドセラミックインレー
   コーティング法による歯髄保護
  4.ラミネートベニア
   ラミネートベニアの形成法
   ポーセレンラミネートベニアの装着
  5.リペアー
   陶材焼付鋳造冠
   陶材焼付鋳造冠の接着補修法
   硬質レジン
   硬質レジン前装冠の補修法
   義歯の修理とリライニング
  6.動揺歯固定
   天然歯同士の動揺歯固定
   陶材焼付鋳造冠や金属冠がある場合の動揺歯固定