やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 竹井謙之
 三重大学大学院医学系研究科消化器内科学
 アルコールが関わる医学的問題は基礎医科学から,身体疾患と精神科領域に広がる臨床医学まできわめて広範な領域を含む.アルコール医科学・医療の諸分野の最近の進歩は瞠目するものがあり,また学際領域からも新たな知見が生まれ,他にも広く波及する新しい概念とアイデアを涵養している.一例をあげるなら,アルコール性肝障害の研究は代謝臓器としての役割を再認識させるとともに,肝障害と全身諸臓器との病態連繋解明という新しい地平をひらきつつある.また,新規依存症治療薬や飲酒量低減薬の登場,ハームリダクションの概念など,アルコール医学・医療は新たな展開期を迎えている.
 一方,アルコール関連問題はますます社会的問題としての意義を増しており,飲酒運転や女性・若年者・高齢者の飲酒問題など,医療と社会・経済的問題とが不可分の関係にある.WHOは“アルコールの有害使用低減に関する世界戦略“を決議し,わが国でも2014年6月,“アルコール健康障害対策基本法”が施行され,内閣府によりアルコール健康障害対策推進基本計画が発表された.基本計画に従って2020年度までほぼすべての都道府県が“アルコール健康障害対策推進計画”を策定し,今まさに具体的な取り組みがはじまっている.
 この時機を得て,アルコールがもたらす医学的諸問題をアップデートし,今後の方向性を展望するべく“アルコール医学・医療の最前線2021 UPDATE“を企画した.巻頭にはアルコール健康障害対策基本法施行から6年を経てアルコール医療はどのように変容しつつあるのか,樋口 進先生の司会のもと,座談会を掲載した.また,アルコール医学・医療の最新の展開,基礎医学,アルコール性身体疾患,アルコール依存症,女性・未成年者・高齢者と飲酒問題,アルコール関連問題への取り組み,という主題ごとに小項目を置く構成とした.テーマの多様性を反映し,多彩な分野のエキスパートに“最新のエビデンスを最新の視点のもとに”執筆をお願いした.
 アルコール生命医科学への関心の高まり,病態解明と治療薬の進歩,国際機関や国による本格的な取り組み,医療連携を推進する環境整備など,アルコール医学・医療はさまざまな面で新たなフェーズに入り,その進歩は一層加速していくと思われる.本別冊がアルコール医学・医療の最先端を知るための導きになれば幸いである.
 はじめに(竹井謙之)
座談会
 1.アルコール健康障害対策基本法施行から6年─アルコール医療はどのように変わったか(樋口 進・池嶋健一・大槻 元・堀井茂男)
総論:アルコール医学・医療の最新の展開を知る
 2.アルコール関連問題におけるわが国の状況と世界の動向(湯本洋介・樋口 進)
  KeyWord アルコール関連問題,アルコール依存症,生活習慣病のリスクを高める飲酒,障害調整生命年(DALY),持続可能な開発のための2030アジェンダ
 3.アルコール健康障害対策基本法─制定から6年,新たな動きの数々(堀井茂男・猪野亜朗)
  KeyWord アルコール健康障害対策基本法,第2期アルコール健康障害対策推進基本計画,継続支援モデル事業,SBIRTS
 4.アルコール生命医科学:現状と今後の展望(池嶋健一)
  KeyWord アルコール関連肝疾患(ALD),細胞死,腸内マイクロバイオーム,ハームリダクション,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
アルコールの基礎医学
 5.アルコールの疫学─わが国の飲酒行動の実態とアルコール関連問題による社会的損失のインパクト(尾ア米厚・金城 文)
  KeyWord 飲酒,アルコール関連障害,アルコール依存症,疾病による損失
 6.アルコールの法医学─事故・犯罪・異状死(福永龍繁)
  KeyWord 血液中アルコール濃度,法医学,異状死,事故死,犯罪死
アルコール性身体疾患
 7.アルコールと身体疾患─総論(鈴木達也・他)
  KeyWord アルコール,アルコール代謝酵素,身体疾患
 8.アルコール関連脳神経障害(松井敏史)
  KeyWord ウェルニッケ脳症(WE),ビタミンB1,コルサコフ症候群(KS),アルコール関連認知症
 9.アルコール性肝障害の診断と治療の進歩(浪ア 正・吉治仁志)
  KeyWord アルコール臓器障害,糖鎖欠損トランスフェリン,肝硬変,ハームリダクション,ナルメフェン
 10.アルコールと膵臓疾患(粂 潔・正宗 淳)
  KeyWord 急性膵炎,慢性膵炎,アルコール
 11.アルコールと循環器疾患(坂本 央・長谷部直幸)
  KeyWord アルコール性心筋症(ACM),遺伝的要因,心臓MRI,冠動脈疾患,高血圧
 12.アルコール飲酒とがん─エビデンスの現状(津金昌一郎)
  KeyWord アルコール飲酒,がん,コホート研究,プール解析,用量反応関係
アルコール依存症
 13.脳はいかにしてアルコール依存に陥るか?(廣中直行)
  KeyWord 報酬系,neuroadaptation,グルタミン酸,ドパミン,内因性オピオイド
 14.アルコールの精神作用と依存症の臨床(松下幸生)
  KeyWord アルコールに対する反応,アルコール依存症,遺伝因子,環境因子,中間表現型
 15.依存症とハームリダクション(宮田久嗣)
  KeyWord ハームリダクション,物質依存,依存症治療,公衆衛生政策
女性・未成年者・高齢者と飲酒問題
 16.女性とアルコール関連問題(岩原千絵・他)
  KeyWord 依存症,若年発症,重複障害,胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD),胎児性アルコール症候群(FAS)
 17.未成年者の飲酒問題─20歳未満の飲酒の弊害(吉本 尚・他)
  KeyWord 未成年飲酒,脳の発達,急性アルコール中毒,健康への影響
 18.高齢者と飲酒問題─アルコール関連認知症を合併したアルコール依存症(木村 充)
  KeyWord 高齢者,アルコール依存症,アルコール関連認知症,ウェルニッケ・コルサコフ症候群
 19.アルコール使用障害とDV・子ども虐待(森田展彰)
  KeyWord アルコール使用障害(AUD),ドメスティックバイオレンス(DV),子ども虐待(CA),統合的な治療
アルコール関連問題への取り組み
 20.行政の取り組み(石塚哲朗)
  KeyWord アルコール健康障害対策基本法,アルコール健康障害対策推進基本計画,行政
 21.アルコール使用障害への早期介入プログラム(角南隆史・杠 岳文)
  KeyWord 多量飲酒,アルコール依存症,飲酒量低減,ブリーフインターベンション(BI),HAPPY
 22.アルコール関連問題における多職種・多機関連携とSBIRT(P幸次郎)
  KeyWord アルコール依存症,連携医療,早期介入,SBIRT
 23.職域におけるアルコール関連問題とその対策(廣 尚典)
  KeyWord 職場,アルコール,プレゼンティーズム,健康経営,両立支援
 24.飲酒が関連する交通事故と飲酒運転への対策(岡村和子)
  KeyWord 飲酒運転,認知,行動
アルコール医学・医療の理解に必要な最新基礎知識
 25.アルコール性肝障害のキーワード(今 一義)

 サイドメモ
  闘病体験で見た“アルコールを巡る医療の現場”
  AUDIT
  解剖の種類
  監察医制度
  頭部MRI上の無症候性脳梗塞と深部白質病変
  Incentive salience
  N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体
  摂食障害
  “暴力は酒が原因である”って本当か
  DVを伴う物質使用障害(SUD)の事例にイネーブリングという言葉を用いるときは慎重に
  動機づけ面接
  介入要素としてのFRAMES