やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近年のパーキンソン病(Parkinson病:PD)の基礎研究の進歩には目をみはるものがある.続々と新しい疾患関連分子が同定され,それらをもとにPDの分子病態の多様性が明らかになり,それに応じた治療戦略が模索されている.たとえばαシヌクレインはミスセンス変異でも遺伝子重複でもレヴィ(Lewy)小体形成を伴う家族性PDを引き起こす.αシヌクレインの構造変化が凝集性を高め,Lewy小体形成に至ると考えられるが,その過程でオリゴマーやプロトフィブリルとよばれる毒性中間体が生成し,細胞死をもたらすとの仮説がこの十数年支持されている.最近,孤発性PDの危険因子としてリソソーム蓄積病であるゴーシェ病(Gaucher病)の原因となるGBA遺伝子変異が見出された.GBAはグルコシルセラミドを代謝するグルコセレブロシダーゼをコードしている.グルコセレブロシダーゼ活性低下で蓄積するグルコシルセラミドがαシヌクレインの毒性構造変化を増悪させることが動物実験で示され,グルコシルセラミド合成酵素の阻害薬がPDの新しい治療薬として試みられている.一方,その他の遺伝子からはオートファジー・リソソーム系,ミトコンドリアの品質管理,小胞輸送などの障害が示唆されており,iPS細胞や動物モデルを使ってどのように統合的にPDの分子病態を理解し,治療のターゲットを定めるべきかが今後の課題となってきた.
 臨床面での進歩も著しい.PDの新しい治療が毎年のように導入されている.日本の企業により開発された抗てんかん薬のゾニサミド,アデノシン受容体阻害薬イストラデフィリンが,進行期PDの治療に応用されるようになった.また脳深部刺激療法が普及し,ターゲットとなる神経核や,対象となる患者の適応にも再検討が加えられている.さらに胃瘻を通じて空腸に直接レボドパのゲルを持続注入するLCIGがわが国にも導入され,進行期PDの治療に効果をあげている.細胞移植,核酸治療,遺伝子治療も近未来の治療として,着実に臨床応用に向けて前進している.
 本特集号は,わが国の基礎・臨床研究の第一線で活躍する先生方にご執筆いただいた.本特集号でPDの基礎研究と診療の進歩,そして今後の展望についての最新情報を得るとともに,この分野の躍動するダイナミズムを感じていただければ幸いである.
 はじめに(高橋良輔)
分子機構解明の新しい展開
 1.αシヌクレイン凝集・伝播と細胞死(澤村正典・他)
  αシヌクレインの凝集と伝播
  αシヌクレインの神経細胞毒性
 2.LRRK2(PARK8)の病態(太田悦朗)
  パーキンソン病の原因遺伝子LRRK2
  PARK8 の臨床症状および病理
  LRRK2 の基質分子と相互作用分子
  LRRK2 のキナーゼ活性による病態への関与
  LRRK2 の過剰発現細胞と遺伝子改変動物
  免疫系におけるLRRK2 の役割
  LRRK2 変異をもつPD患者のiPS細胞(LRRK2-iPSC)
 3.GBA遺伝子変異とパーキンソン病(中西悦郎・上村紀仁)
  GBA遺伝子変異によるPDの発症機構
  グルコセレブロシダーゼとαシヌクレイン
  グルコセレブロシダーゼとオートファジー
  グルコセレブロシダーゼと小胞体ストレス
  グルコセレブロシダーゼとミトコンドリア
  Gaucher病の治療からPDの治療へ-グルコセレブロシダーゼに着目したあらたなPD治療の可能性
 4.リン酸化ユビキチンを基軸としたPINK1 とParkinによる不良ミトコンドリアの排除機構(小谷野史香・松田憲之)
  ミトコンドリアに起こりうるストレスと選択的分解
  PINK1,Parkinとは
  リン酸化ユビキチンによるParkinの活性化・移行制御メカニズム
  Parkin活性化における構造的な解析
  リン酸化ユビキチンの分子特性
  In vitroからin vivoへ
 5.PARK9(ATP13A2)モデル動物の解析と病態(佐藤栄人・服部信孝)
  わが国のPARK9 家系
  ATP13A2 遺伝子変異と機能解析
  ATP13A2 ノックダウンメダカの解析と病態
  ATP13A2 ノックアウトマウスの解析
 6.VPS35,DNAJC13 と小胞輸送-パーキンソン病との共通病態としての小胞輸送障害(吉田 隼・長谷川隆文)
  VPS35・DNAJC13 の機能的役割
  PARK17 およびPARK21 の臨床・病理像
  神経変性の背景病態としての小胞輸送障害
  PDの共通病態としてのレトロマー障害
 7.ゲノムワイド関連解析(GWAS)からの新展開(戸田達史・佐竹 渉)
  パーキンソン病は多因子遺伝性疾患
  疾患リスク遺伝子の探索はゲノムワイド関連解析(初期GWAS)へ
  PDのゲノムワイド関連解析(GWAS)
  進化するGWASとその成果-Imputation-GWAS・メタGWAS
  リスクSNPと病態との関連性
  まれな多型(rare variant)とGaucher病遺伝子GBA
 8.パーキンソン病とエピジェネティクス(土田剛行・岩田 淳)
  エピゲノムと疾患
  DNAメチル化
  ヒストン修飾
  治療への応用とまとめ
 9.CHCHD2 とパーキンソン病のかかわり(池田 彩・服部信孝)
  PDの原因遺伝子としてCHCHD2 遺伝子を同定
  その後のPDにおけるCHCHD2 遺伝子の解析の報告
  CHCHD2 遺伝子変異を有する患者の臨床的特徴
  CHCHD2 と他疾患のかかわり
  CHCHD2 の構造と機能
  CHCHD10 と筋萎縮性側索硬化症
  ミトコンドリア蛋白とユビキチンプロテアソーム系
 10.パーキンソン病の動物モデル(マウス,αシヌクレインモデル)(生野真嗣・山門穂高)
  PDのマウスモデルに求められるもの
  薬剤投与モデル
  α-synを利用したマウスモデル
  当研究室で作成しているマウスモデル
 11.小型魚類を利用したパーキンソン病モデル(松井秀彰)
  小型魚類のドパミン神経
  薬物負荷モデル
  遺伝子改変モデル
  今後の展開
 12.ショウジョウバエを用いたパーキンソン病の病態解明(堺 竜介・他)
  α-Synの構造異常と凝集
  α-Synのリン酸化
  PDのその他の原因遺伝子とα-Synとの関連
  ゲノミクス・プロテオミクス
 13.パーキンソン病における疾患特異的iPS細胞研究(三嶋崇靖・坪井義夫)
  iPS細胞を用いたパーキンソン病研究
  iPS細胞を用いたPD関連疾患研究
パーキンソン病の新規治療
 14.パーキンソン病早期からの運動療法(エクササイズ)(高橋裕秀)
  パーキンソン病患者におけるエクササイズの意義
  エクササイズ介入方法
  日々楽しく,継続可能なエクササイズ
  今後の課題
 15.新しい薬物療法(Device-aided therapy除く)(齊藤勇二・村田美穂)
  レボドパ製剤
  ドパミンアゴニスト製剤
  ドパミン補助薬
  非ドパミン系薬剤
  精神症状に対する治療
  病態に基づいた新しい治療(disease modifying therapy)
 16.脳深部刺激療法(DBS)の新しい展開(曽田剛史・谷口 真)
  パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)外科治療の歴史
  DBS治療の現状
  DBS治療の課題とこれからのDBS治療
  まとめ
 17.レボドパ・カルビドパ合剤ジェル腸内持続投与療法-難治性運動合併症に対する新規治療のリスクベネフィット(大江田知子・高坂雅之)
  難治性wearing offに対する新規治療LCIG
  LCIG治療の運動症状および運動合併症に対する効果
  LCIGの非運動症状に対する効果
  LCIG治療システムで報告された有害事象
  適応患者の選択
 18.細胞移植治療の臨床応用-パーキンソン病に対するiPS細胞を用いた細胞移植(森実飛鳥・高橋 淳)
  細胞移植治療のコンセプト
  細胞移植の歴史
  細胞移植治療における移植部位
  iPS細胞からのドパミン神経前駆細胞誘導法
  移植細胞の分化度
  ドナー細胞の純化
  免疫抑制
  移植片誘発ジスキネジア(GID)
  計画中の臨床試験
 19.核酸治療(中森雅之・望月秀樹)
  核酸医薬とは
  核酸医薬によるPD治療
 20.遺伝子治療(村松慎一)
  ウイルスベクター
  ドパミン産生能の回復
  視床下核の出力調整
  神経栄養因子の遺伝子導入
  今後の動向

 サイドメモ
  Gaucher病
  ユビキチンと蛋白質分解
  エピジェネティクス
  小型魚類の利点
  さまざまなモデル魚たち
  ショウジョウバエにおける運動機能解析-Climbing assay
  デュオドパとDBSの関係
  HLA適合移植
  Good manufacturing practice(GMP)
  選択的スプライシングとは
  AADC欠損症の遺伝子治療