やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 木下芳一
 島根大学医学部内科学第二
 消化管に起因すると思われる不快な症状があるにもかかわらず,一般的な診療で使用される画像診断,血液検査などを行っても症状の原因となる器質的な疾患を発見できない病態を,機能性消化管疾患や機能性胃腸障害とよんでいる.消化管の知覚メカニズムに関しては現在までに明らかとなっていることは少なく,今後大きく発展し実臨床を変えていく可能性を秘めた領域である.消化管は個体に必要な栄養分を選んで食物として摂取し,万が一,有害なものを食べたときにはいち早くそれを感知して消化管内から排除し,消化しにくいものは滞在時間を長くしたり消化管内に共生している微生物の力を借りて消化する.また,消化器臓器に故障が起きたときには,故障の状況をモニタリングして食物摂取に制限をかけることも必要になると考えられる.食物に対する反応(食行動)を変えるため消化管は中枢に情報を送り,知覚情報の産物である症状を引き起こして食欲を低下させたり膨満感を起こしたり消化管の通過時間を延ばして便秘を起こしたりと,目的別にさまざまな消化器症状を引き起こしているように思われる.ところが,これらの食行動を制御するために出現していると考えられる消化器症状が個体全体としてみたときに,その個体がおかれている環境下では不利な状態を引き起こしている場面もありうる.このような状態,症状を個体に有利に働いている症状とは分別し,分類し,疾患ととらえたものが機能性消化管疾患だといえる.
 消化器症状の出現には,消化管,末梢神経系,中枢神経系の関与は当然であるが,microbiotaとよばれる腸内や口腔内の細菌叢,自然免疫・獲得免疫,脂肪組織,そしてこれらの形成に大きな影響をもつ遺伝子多型などの遺伝的な要因と食物や社会環境などの環境要因が関与していると考えられる.
 本特集では,不快な消化器症状を食道,胃・十二指腸,下部腸管に起因していると考えられる3群に分類する一般的な分類に従いながら,腹部症状の出現するメカニズムについて最新の情報をそれぞれの専門家に解説いただいた.機能性消化管疾患の診療に役立つだけではなく,本別冊は消化管知覚の存在意義とその出現メカニズムに関して再考するきっかけになるであろうと考えている.
 はじめに(木下芳一)
NERDと機能性胸やけ
 1.NERDとは?機能性胸やけとは?その違いは?(藤原靖弘)
  ・NERD,過敏食道,機能性胸やけの定義
  ・病態の解明
 2.NERDの病態:最新の成績―NERDの酸逆流のメカニズムと酸上昇パターン(佐野弘仁・他)
  ・NERDの病態
  ・酸逆流のメカニズム
  ・胃酸逆流後の胃酸上昇パターン
  ・食道体部運動
  ・食道知覚過敏
 3.機能性胸やけの病態:どこまでわかっている?(大島忠之・三輪洋人)
  ・機能性胸やけの定義と問題点
  ・FHの病態
 4.NERDと機能性胸やけの鑑別診断は可能か?(春日井邦夫)
  ・PPI抵抗性NERDの病態分類
  ・NERDとFHの比較
  ・NERDとFHの鑑別
 5.NERDの治療(保坂浩子・草野元康)
  ・NERDに対するPPI治療
  ・酸分泌抑制治療が効きにくい理由
  ・NERDのPPI使用中の症状についてのさまざまな報告
  ・PPI治療中のGERD患者の症状
  ・PPI抵抗性NERDに対する治療
  ・PPI抵抗性NERDに対する治療の試み
 6.機能性胸やけの治療(眞部紀明)
  ・定義の変遷
  ・疫学
  ・病態
  ・治療
機能性ディスペプシア
 7.機能性ディスペプシアと慢性胃炎(村上和成)
  ・保険診療の変遷と両者の違い
  ・胃炎とディスペプシアの関連
  ・ピロリ菌除菌後のディスペプシア
  ・ピロリ感染と胃排出能
 8.機能性ディスペプシアの病態:消化管運動(富田寿彦・三輪洋人)
  ・FDと消化管運動
  ・胃十二指腸の運動生理機能
  ・FD症状と排出障害は関連がある?
  ・FD症状と胃適応性弛緩障害は関連がある?
 9.機能性ディスペプシアの病態:消化管知覚過敏(富永和作・荒川哲男)
  ・末梢性知覚過敏
  ・中枢性知覚過敏
 10.機能性ディスペプシアにおける遺伝子型のかかわり―遺伝子型からみえてくるFD像(有沢富康)
  ・FDに家族内集積はあるか?
  ・FDと遺伝子多型(SNP)
  ・日本におけるFDに関与するSNPとそこからみえてくるFD像
 11.機能性ディスペプシアの心身医学的側面(福 祐貴・他)
  ・ストレスと脳腸相関
  ・環境因子とFD
 12.機能性ディスペプシアの病態―microbiotaと微小炎症(正岡建洋・鈴木秀和)
  ・Helicobacter pylori感染とFD
  ・H.pylori除菌によるFD症状への効果
  ・感染後FDと微小炎症
  ・FD患者における十二指腸領域の微小炎症
 13.機能性ディスペプシアの確定診断,鑑別診断(石村典久)
  ・機能性ディスペプシア(FD)の定義
  ・機能性ディスペプシア(FD)の診断プロセス
  ・診断のフローチャート
 14.機能性ディスペプシアの症状に基づく亜分類は診療に有用か?(永原章仁)
  ・機能性ディスペプシアの亜分類
  ・運動異常と知覚過敏
  ・主訴別の治療法の選択
  ・まとめ
 15.機能性ディスペプシアの治療(加藤元嗣)
  ・酸分泌抑制薬
  ・消化管運動改善薬
  ・漢方薬
  ・抗不安薬,抗うつ薬
  ・H.pylori除菌治療
  ・ガイドラインに基づくFD治療
過敏性腸症候群
 16.過敏性腸症候群とは? 機能性便秘,下痢との違いは?(金子 宏)
  ・概念・定義の変遷
  ・亜分類
  ・疫学
  ・合併症
  ・経過と予後
  ・機能性便秘・機能性下痢
  ・IBSと機能性便秘・下痢との相違
 17.過敏性腸症候群の病態(福土 審)
  ・型別の病態生理
  ・粘膜炎症・腸内細菌・食物・粘膜透過性亢進
  ・遺伝
  ・心理社会的ストレス
  ・神経伝達・内分泌
  ・心理的異常
  ・脳腸相関
 18.過敏性腸症候群の確定診断,鑑別診断(稲森正彦)
  ・医師患者関係の確立
  ・過敏性腸症候群の診断
  ・過敏性腸症候群の亜分類
  ・過敏性腸症候群の確定診断
  ・過敏性胃腸症候群の鑑別診断
 19.過敏性腸症候群の亜分類は病態の違いを表しているのか?(石原俊治・木下芳一)
  ・IBSの頻度と亜分類
  ・排便メカニズムと脳腸相関からみたIBS症状
  ・炎症と免疫異常からみたIBS症状
 20.過敏性腸症候群の治療―ガイドラインによるエビデンスに基づいて(神谷 武)
  ・治療目標
  ・患者-医師関係
  ・食事療法
  ・生活習慣の改善
  ・薬物療法
  ・心理療法
  ・代替療法

 サイドメモ
  NERDと内視鏡
  Symptom IndexとSymptom Association Probability
  24時間食道インピーダンス・pHモニタリング
  細胞間間隙開大(Dilated intercellular space:DIS)
  24時間食道内インピーダンス・pHモニタリング検査(multichannel intraluminal impedance-pH monitoring)
  改訂Fスケール(mFSSG)
  多チャンネルインピーダンス・24時間pHモニタリング検査
  Symptom Index
  胃バロスタット検査
  内臓知覚過敏とは
  TRPV1,hsa-miR-325,NaV(1.8)
  心理社会学的ストレスモデル
  機能性消化管疾患疑診例に対する内視鏡検査施行時期
  水素・メタン呼気試験
  PDSとEPS
  診断・鑑別が難しい理由
  過敏性腸症候群(IBS)と炎症性腸疾患(IBD)
  FODMAP
  TRPV1