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はじめに―小腸診断学の進歩と腸内細菌研究の進歩が病態解明の進歩につながっている!
 中島 淳
 横浜市立大学大学院医学研究科肝胆膵消化器病学教室
 近年の医学研究・医療技術の進歩により,これまで暗黒大陸であった小腸の観察や診断治療が可能になってきた.これは自治医科大学の山本博徳教授らの発明したダブルバルーン小腸内視鏡の登場や,イスラエルで開発されたカプセル内視鏡などの小腸診断法の開発の寄与するところが大きい.
 小腸画像診断方法の開発により,これまでわれわれが知ることができなかった小腸病変を可視化できるようになった.とくに先進国で乱用されることの多い鎮痛剤(painkiller)であるNSAIDsや,心血管イベントの二次予防のために多くの患者が内服しているアスピリンなどが小腸の粘膜病変を起こすことが近年つぎつぎに明らかになった.さらに,上部消化管内視鏡や下部消化管の内視鏡を行っても器質的異常を認めない原因不明の消化管出血(obscure gastrointestinal bleeding:OGIB)の原因が小腸にある可能性が非常に高いことが示唆され,臨床現場で小腸検査が実際に行われるようになり,あらたな小腸診断学の確立がなされた.小腸疾患は明らかな下血で気づくこともあるが,慢性の軽度貧血のことが多く,今後このような患者の診断や治療が急速に進歩していくものと期待される.
 一方,このような臨床現場の診断手法の進歩と呼応するかのように近年,アメリカを中心に腸内細菌の研究が急速に進歩してきた.とくにこれまで培養で解析してきた細菌学的検査解析手法が,近年の遺伝子学的解析手法の導入により一気に進歩してきた,その成果は,肥満者と非肥満者の腸内細菌の差異や,大腸癌の発生や肝癌の発症に関与する腸内細菌の同定など,世界の一流誌のトピックを飾ってきた.
 これまで小腸壁の上皮細胞のtight junctionという非常に硬い上皮間結合により腸管壁のバリアは非常に堅牢なものと考えられてきたが,小腸研究の進歩によりじつはそうでもないことが明らかにされた.腸内細菌や腸内細菌毒素は小腸のバリアを乗り越えて血管に侵入し,種々の全身疾患の発症や増悪に関与する消化管漏出症候群(leaky gut syndrome:LGS)を起こすことがわかってきた.LGSにはCrohn病のような炎症性腸疾患や過敏性腸疾患などのほか,アレルギー疾患や動脈硬化や糖尿病までも関与していることが示唆されている.
 腸内細菌の基礎的知見の蓄積,小腸の診断手法の開発による病態の解明に加え,治療法でも最近いくつか大きな進歩がみられている.腸内細菌の菌交代現象によって発症する偽膜性腸炎は近年,先進国を中心に院内感染症としてその対策に難渋してきたが,新しい治療法として健康なヒトの便を移植する便移植などが開発され,成果を上げるようになってきた.今後はますます腸内細菌を修飾するあらたな治療法が続々と登場する時代となることが予想される.
 このような背景で今回の特集では,最新の基礎的知見を第一線の研究者に解説いただく.さらには腸内細菌の異常と関係の深い各種疾患について,治療法含めて最新の知見の解説を同じく第一線の専門家の先生にご解説いただき,たいへん興味あふれる内容となった.本特集が日々の研究や診療のためにかならず役に立つことを祈念して,巻頭の辞としたい.
 はじめに―小腸診断学の進歩と腸内細菌研究の進歩が病態解明の進歩につながっている!(中島 淳)
総論
1.腸内細菌研究の基礎分野における近年の進歩―腸内細菌の解析方法,代謝
 (神谷 茂・大ア敬子)
 ・腸内細菌と腸内フローラ ・腸内細菌の解析法
 ・腸内細菌の分類 ・腸内細菌と生体代謝
2.腸内細菌と疾病とのかかわり―臨床からみた近年の進歩
 (大草敏史)
 ・腸内細菌と炎症性腸疾患(IBD)
 ・腸内細菌と過敏性腸症候群(IBS)
 ・腸内細菌と非ステロイド性抗炎症薬起因性腸炎(NSAID腸炎)
 ・腸内細菌と大腸癌
 ・腸内細菌と肝疾患
 ・腸内細菌と肥満,糖尿病,動脈硬化
 ・腸内細菌と加齢
3.腸内細菌と腸管免疫系―近年の進歩
 (大野博司)
 ・腸管免疫系
 ・腸内細菌による免疫系の発達
 ・腸内細菌によるTh17細胞の誘導
 ・腸内細菌とTreg細胞
 ・腸内細菌が産生する酪酸によるpTreg細胞の誘導
 ・腸内細菌によるDNAメチル化維持刺激による大腸Treg細胞の増殖と成熟
 ・好塩基球によるIgA産生制御と腸内細菌
4.炎症性腸疾患におけるプロバイオティクス・プレバイオティクス療法―最近の進歩
 (光山慶一)
 ・炎症性腸疾患(IBD)の腸内細菌叢 ・プロバイオティクスの臨床試験成績
 ・プロバイオティクスの概念と作用機序 ・プレバイオティクスの概念と作用機序
トピックス
5.虫垂リンパ組織による大腸指向性IgA産生細胞誘導と大腸の恒常性維持
 (正畠和典・他)
 ・虫垂リンパ組織の組織学的構造と発達
 ・虫垂切除マウスにおける腸管の免疫細胞への影響
 ・虫垂リンパ組織による腸内細菌の制御
 ・虫垂リンパ組織で誘導されたIgA産生細胞の動態解析
6.ヒト腸内菌叢の形成と年齢による変化
 (松木隆広・松本 敏)
 ・乳児腸内菌叢 ・高齢者の腸内常在菌叢
 ・成人腸内菌叢
7.腸管内真菌と気管支喘息
 (藤山 聡・澁谷 彰)
 ・抗生物質の投与がアレルギー性気道炎症を増悪
 ・抗生物質の投与がM2型マクロファージの分化を誘導
 ・腸管内の真菌増殖がM2型マクロファージへの分化を誘導
 ・真菌由来のPGE2がマクロファージをM2型へ分化
各論
8.腸内細菌と炎症性腸疾患
 (松岡克善・金井隆典)
 ・IBDと腸内細菌の異常,dysbiosis
 ・腸内細菌叢の異常が炎症につながるメカニズム
 ・腸内細菌叢をターゲットとしたIBD治療
9.過敏性腸症候群の腸内細菌
 (福土 審)
 ・IBSの概念 ・IBSにおける有用細菌の効果
 ・IBS患者の腸内細菌の特徴 ・感染性腸炎後IBS
 ・IBSの腸内細菌の産物 ・PI-IBS関連遺伝子
 ・IBSにおける抗菌薬の効果 ・ストレス・腸内細菌・粘膜透過性亢進
10.腸内細菌と肝癌
 (三浦光一・大西洋英)
 ・TLRと肝癌 ・Probioticsやprebioticsの効果
 ・胆汁酸の変化 ・アルコールと腸内細菌叢
 ・HelicobactorおよびAkkermansiaの作用
11.腸内細菌叢と大腸発癌
 (土肥多惠子)
 ・腸内細菌と大腸 ・上皮細胞回転の応答
 ・大腸癌と腸内細菌 ・絶食-再摂食における大腸上皮過増殖と腸内細菌叢
 ・消化管の摂食応答 ・大腸における細胞過増殖の意味
12.小腸内細菌異常増殖(SIBO)
 (大島忠之・三輪洋人)
 ・腸内細菌叢 ・SIBOの病態
 ・小腸内細菌異常増殖(SIBO)の病因 ・SIBOの診断
 ・腸管構造と消化機能への影響 ・SIBOの治療
13.腸内細菌と慢性肝疾患
 (角田圭雄・伊藤義人)
 ・アルコール性肝障害(ALD)と腸内細菌 ・PBC/PSCと腸内細菌
 ・NAFLD/NASHと腸内細菌 ・肝硬変と腸内細菌
14.腸内細菌異常と腸管感染症(偽膜性腸炎など)
 (飯島英樹)
 ・C.difficile関連性腸炎の診断と治療
 ・抗菌薬起因性急性出血性大腸炎
 ・MRSA腸炎
 ・CDIに対する便移植
15.Bacterial translocation―肝手術後のピットフォール
 (武田和永・他)
 ・Bacterial translocation(BT)の病態と診断
 ・肝疾患領域におけるBTの病態
 ・BT発症予防・対策
 ・当科での成績―術後エンドトキシンのパラメータとしてのEEA推移
16.腸内細菌と小腸粘膜障害,Leaky Gut症候群
 (遠藤宏樹・中島 淳)
 ・Leaky Gut症候群(LGS)の病態と原因
 ・NSAIDs・アスピリンによるLGS,小腸粘膜障害と腸内細菌
 ・酸分泌抑制薬による腸内細菌叢の変化
 ・プロバイオティクスによる小腸粘膜障害の予防
 ・LGSの治療へのアプローチ
17.腸内細菌と循環器疾患―腸から動脈硬化は予防できるのか
 (山下智也・他)
 ・動脈硬化にかかわる免疫機序と細菌の関与
 ・腸管の免疫調節とそれを利用した動脈硬化予防
 ・腸内フローラと腸管免疫調節
 ・腸内細菌と動脈硬化
 ・動脈硬化に腸内細菌が関与するというエビデンス
 ・腸内細菌への治療的介入と動脈硬化への影響
 ・腸内細菌の異常と疾患との関連を考える
18.腸内細菌と肥満―腸内細菌代謝産物と宿主エネルギー制御
 (木村郁夫)
 ・肥満と腸内細菌叢組成
 ・短鎖脂肪酸受容体GPR41とGPR43
 ・GPR41・FFAR3とエネルギー調節
 ・GPR43・FFAR2とエネルギー調節
 ・その他の短鎖脂肪酸受容体
 ・抗生物質曝露と肥満との関係
19.自閉症スペクトラム障害と腸内ミクロビオータの変化―腸内ミクロビオータを標的とした新治療戦略への道
 (渡邉邦友)
 ・環境因子としての腸内ミクロビオータ
 ・腸内ミクロビオータの変化
 ・腸内ミクロビオータの変化とASDの生理学的異常との関係
20.腸内細菌と食物アレルギー―食物依存性運動誘発アナフィラキシー
 (成田雅美)
 ・アレルギー疾患と腸内細菌
 ・プロバイオティクス
 ・食物アレルギーと腸内細菌
 ・食物依存性運動誘発アナフィラキシー
 ・茶のしずく石鹸による小麦FDEIA
 ・経口免疫療法:症状誘発閾値の運動による低下
 ・食物アレルギーと経皮感作
21.腸内細菌と婦人科疾患―細菌性腟症や流・早産との関連
  (齋藤 滋・塩ア有宏)
 ・早産の発生機序
 ・細菌性腟症と早産との関係
 ・分子生物学的手法を用いた腟内細菌叢と腸内細菌叢の変化―早産例と正常例との差異

 サイドメモ
  Firmicutes門
  Proteobacteria門
  無菌動物とノトバイオート
  制御性T細胞(Treg)
  Type 2 immune response
  M2型マクロファージ
  Dysbiosis
  Toll-like receptor(TLR)
  エピゲノム修飾
  インフラマゾーム
  アポリポ蛋白E遺伝子欠損動脈硬化モデルマウス(apoE-KOマウス)
  胎児期の環境因子
  Dysbiosis
  Clostridiaの分類学
  MIAモデルとPA誘導モデル
  茶のしずく石鹸による小麦アレルギーへの社会的対応
  制御性T細胞と妊娠維持