やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 赤司浩一
 九州大学大学院医学研究院病態修復内科学(第一内科)
 腫瘍組織は多様な分化段階や増殖能力をもった細胞群により構成されており,臨床的にはいわゆる“組織型や病型”による分類と,それに基づいた治療戦略が採用されてきた.しかし近年,生体内で腫瘍を再構築する能力をもつ腫瘍細胞はその一部にすぎず,これらの悪性幹細胞こそが癌の再発や転移の原因と考えられるようになった.癌幹細胞コンセプトの概念に沿えば,“再発”とは“癌幹細胞の残存およびその活性化”であり,“転移”とは“癌幹細胞の移動と局所への生着”である.“癌幹細胞”は癌組織を構成する細胞のヒエラルキーの頂点に君臨し,癌根絶のための標的細胞でもある.
 しかし,前回(2008年)の特集以降,新しい知見がつぎつぎと得られ,ヒエラルキーを中心に据えた癌幹細胞理論は新しい局面を迎えている.すなわち,癌幹細胞は新しい変異の獲得や細胞周期・代謝などの変化により,生体内の環境に速やかに適応できる,当初考えられていたより,はるかにplasticityの高い細胞であることがわかってきた.
 たとえば,次世代シーケンサーによる全ゲノム・エキソーム解析に基づく癌の経時的なクローナリティ解析により,生体内では複数の癌幹細胞が育成・選択の過程を経て進化しつづけていることが明らかになった.この“進化”には癌幹細胞のゲノム異常,エピゲノム異常,代謝異常の獲得などの動的な変化が含まれる.さらに,癌幹細胞は癌幹細胞特有のニッチに適応し細胞分裂静止期を保つことにより抗癌剤に耐性を示し,長期に生体内に潜むことができる.癌幹細胞を標的とした治療法開発は,“再発・転移・耐性”などの癌特有の性質を克服するために必須のアプローチと考えられるが,そのためには上述した癌幹細胞特有の“静と動”のメカニズムを正確に理解する必要がある.
 本特集では,癌幹細胞を臓器別特徴および細胞生物学的特徴のそれぞれに項目を立て,概説することとした.癌幹細胞をキーワードにした癌研究の今後の展開に期待したい.
 はじめに(赤司浩一)
造血系癌幹細胞
 1.骨髄系の白血病幹細胞(田中宏和・松村 到)
  ・免疫不全マウスへの移植で明らかにされたLSC分画
  ・白血病幹細胞(LSC)の起源,発生様式,クローンの多様性
  ・LSCの特性
  ・治療標的としてのLSC
 2.リンパ球系腫瘍における白血病幹細胞(菊繁吉謙)
  ・急性骨髄性白血病(AML)における白血病幹細胞
  ・急性リンパ球性白血病(ALL)における白血病幹細胞
  ・慢性リンパ球性白血病(CLL)における幹細胞レベルからの白血病発症モデル
 3.慢性骨髄増殖性腫瘍の癌幹細胞(亀田拓郎・下田和哉)
  ・MPNの癌幹細胞は造血幹細胞分画に存在する
  ・CMLにみられる遺伝子変異
  ・BCR-ABL陰性MPNにみられる遺伝子変異の数,順序
  ・BCR-ABL陰性MPNの発症機序
  ・MPNの急性転化
 4.造血幹細胞・白血病幹細胞とニッチ制御(新井文用)
  ・ニッチコンセプト
  ・造血幹細胞ニッチ
  ・白血病幹細胞とニッチ
  ・白血病幹細胞のニッチ制御
  ・ニッチ制御の異常と造血器腫瘍の発症
固形癌幹細胞
 5.ヒト乳癌幹細胞―その提唱から11年のあゆみ(下野洋平)
  ・ヒト乳癌幹細胞の同定
  ・ヒト乳癌幹細胞の特性
  ・ヒト乳癌幹細胞の維持にかかわる分子機構
  ・癌幹細胞の解析のためのマウス異種移植モデルの活用
 6.消化器癌における癌幹細胞研究の新展開(ヒュー・コルビン・他)
  ・消化器癌幹細胞の探索
  ・癌幹細胞の起源
  ・癌幹細胞特性
  ・今後の展望
 7.神経膠芽腫(グリオブラストーマ)幹細胞とマイクロRNA(近藤 亨)
  ・グリオブラストーマ幹細胞(GIC)特異的miRNA群の同定
  ・GIC-miRNA1の機能解析
  ・GIC-miRNA1標的遺伝子の同定
  ・GICエクソソーム特異的miRNA群の同定
  ・腫瘍抑制miRNAを利用した癌治療
癌幹細胞制御の分子学的メカニズム
 8.癌幹細胞の血管ニッチにおける幹細胞性の維持(高倉伸幸)
  ・種々の癌幹細胞の血管ニッチ
  ・癌幹細胞の可視化によるその局在の解析
  ・血管ニッチで癌幹細胞が幹細胞性を維持するメカニズム
 9.癌細胞におけるエピゲノム制御異常(指田吾郎・岩間厚志)
  ・DNAメチル化
  ・DNA脱メチル化
  ・ヒストン修飾と転写制御
  ・癌におけるメチル化異常とヒストン修飾
 10.“耐える”ための代謝リプログラミング―エネルギー制御シグナル調節による癌の生存戦略(平尾 敦)
  ・過酷な環境に耐えるがんの生存戦略と幹細胞性維持機構の接点
  ・低酸素反応のメインプレーヤーとしてのHIF1
  ・FOXO3はMycに拮抗し酸化的リン酸化を抑制する
  ・栄養センサーmTORによるエネルギー代謝制御
  ・エネルギーセンサーとしてのAMPK
 11.癌幹細胞とmicroRNA創薬(藤田雄・落谷孝広)
  ・幹細胞性を制御するmicroRNA
  ・microRNAによる癌幹細胞の制御
  ・癌幹細胞を標的とするmicroRNA医薬の展開
癌幹細胞のアッセイシステム
 12.腸管上皮幹細胞培養―幹細胞ニッチと大腸癌(川ア健太・佐藤俊朗)
  ・腸管上皮幹細胞の同定
  ・腸管上皮幹細胞を取り囲む微小環境(ニッチ)の役割
  ・オルガノイド培養の確立
  ・幹細胞培養技術の癌への応用
 13.異種移植システム(竹中克斗・赤司浩一)
  ・癌幹細胞と癌幹細胞のアッセイに求められるもの
  ・免疫不全マウスの開発
  ・免疫不全マウスモデルを用いたAML幹細胞アッセイとその臨床的意義
  ・固形癌幹細胞のアッセイと疾患モデルマウスの作製とその問題点
  ・異種移植アッセイ系の応用
 14.新しい三次元培養法による癌幹細胞の解析(井上正宏)
  ・癌細胞スフェロイド初代培養法(CTOS法)
  ・癌幹細胞由来スフェロイドとCTOSの差異
  ・自己複製能と多分化能
  ・癌幹細胞マーカーとCTOS
  ・微小環境(ニッチ)
  ・非癌幹細胞から癌幹細胞への逆行的分化(可塑性)
癌幹細胞を標的とした新規治療法の開発
 15.癌幹細胞における特異的腫瘍抗原をターゲットとした免疫療法(水野晋一)
  ・癌幹細胞と免疫療法
  ・抗体認識による癌幹細胞標的療法
  ・癌幹細胞を標的とする細胞療法
 16.胃癌幹細胞を標的とした治療の試み―胃癌幹細胞標的治療(佐谷秀行)
  ・がん幹細胞の成り立ちと治療抵抗性機構
  ・CD44バリアントとがん幹細胞
  ・CD44vの機能に着目したがん幹細胞治療戦略
  ・がん幹細胞標的治療の問題点と課題
 17.白血病幹細胞を標的とした新規治療戦略(籠谷勇紀・黒川峰夫)
  ・白血病幹細胞(LSC)の概念・性質
  ・LSCで活性化しているシグナル伝達経路を標的とした治療法
  ・LSCに特異的に発現する表面抗原を標的とした治療
  ・LSC特性研究に関する課題
  ・おわりに―他の悪性腫瘍研究への応用

 サイドメモ
  ニッチ
  胎児組織遺残理論
  血管形成
  ヒストン修飾
  +4幹細胞
  R-spondin/Lgr5シグナル
  癌細胞株と癌幹細胞
  リキッドバイオプシー(liquid biopsy)
  白血病幹細胞分画同定の歴史