やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 柴田龍弘
 国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野
 次世代シークエンサーに代表される高速シークエンス技術革新によって,がん研究は大きく変わりつつある.全ゲノム・全エクソン解読によって,がんゲノムに起こっている体細胞変異の全貌が明らかとなり,鍵となる重要なドライバー変異が多くのがん種において解明されつつある.また,全メチローム解読やChIPseqによって,分化異常やがん幹細胞といったがん細胞の特性に深く関連するさまざまなエピゲノム異常についても高精度な解析が可能となった.
 本特集では,まず固形腫瘍から血液腫瘍までがんゲノム・エピゲノム解析の最前線で研究を進めている研究者の方々に,各臓器がんゲノム解析に関する最新の知見について,治療への展開も含めて紹介をお願いした.最近,がんの進展や治療抵抗性においてがんゲノムの多様性や進化が重要なトピックとして注目されており,がんゲノム進化・一細胞解析・治療に伴うがんゲノム変化といった話題についても別に1章を設けた.
 EML4-ALKの発見を端緒として,固形がんにおけるキナーゼ融合遺伝子は創薬標的・分子マーカーとして注目を浴びるようになった.シークエンス技術を活用した全転写産物解読などの包括的な遺伝子発現解析は,融合遺伝子の発見に加え,miRNAを含めた非コードRNA,異常スプライシング,RNA編集といった複雑ながんトランスクリプトーム解明に向けてあらたな局面を迎えており,本特集号でも4名の先生に最新の研究内容について紹介をお願いした.
 2013年,アメリカではデスクトップ型シークエンサーが臨床検査機器として承認され,いよいよシークエンス技術が臨床現場で活用される日も近いと期待される.シークエンスによる遺伝子変異診断,いわゆる“臨床シークエンス”はゲノム医療の実現においても非常に注目されており,国内ですでにそうした試みを開始されている先生方に現状と課題について紹介をお願いした.
 本特集号が読者の皆さんの今後の研究の発展に役立つことを期待している.
 はじめに(柴田龍弘)
ゲノム解析
 1.肝がんの網羅的ゲノム解析(藤本明洋・他)
  ・肝がんにおける点突然変異のパターン
  ・ドライバー遺伝子の検出
  ・構造異常
  ・肝がんの腫瘍内遺伝的多様性
  ・今後の課題
 2.造血器腫瘍におけるゲノム解析と臨床への展開(眞田 昌)
  ・次世代シーケンスによる標的遺伝子の探索 ・急性巨核芽球性白血病(AMKL)
  ・急性骨髄性白血病(AML) ・急性リンパ性白血病(ALL)
  ・骨髄異形成症候群(MDS) ・悪性リンパ腫
  ・骨髄増殖性疾患(MPN) ・臨床への応用
 3.腎がんゲノム解析と治療への展開(佐藤悠佑)
  ・ccRCCとVHL遺伝子
  ・3番染色体短腕のがん抑制遺伝子
  ・変異と予後との関係
  ・ccRCCにおけるTCEB1遺伝子変異の発見
  ・mTORシグナリングパスウェイに関連する遺伝子の変異
  ・ccRCCにおける網羅的なDNAメチル化解析
  ・診断や治療への展開
 4.肺がんゲノム解析と治療への展開(河野隆志)
  ・遺伝子異常に基づく肺腺がんの個別化治療
  ・肺腺がんのゲノム解析
  ・肺扁平上皮がんのゲノム解析
  ・肺小細胞がんのゲノム解析
  ・クロマチン制御遺伝子の失活
  ・ゲノム異常に基づく個別化治療の試み―クリニカルシークエンシング
 5.食道扁平上皮がんのゲノム解析と治療への展開(澤田元太・他)
  ・食道癌のGWAS ・食道癌におけるDNA methylation
  ・食道癌における染色体数変化 ・今後の治療展開
  ・食道癌における遺伝子変異
 6.脳腫瘍ゲノム解析と治療への展開(市村幸一)
  ・成人神経膠腫 ・小児脳腫瘍
エピゲノム解析
 7.消化器がんエピゲノム解析と診断・治療への展開(山下 聡)
  ・消化器がんエピゲノム
  ・消化器がんにおけるDNAメチル化異常
  ・エピゲノム異常の診断・治療への展開
 8.がん幹細胞を制御するエピゲノム機構―グリオーマのエピゲノム治療に向けて(大岡史治・近藤 豊)
  ・がんとエピゲノム異常
  ・グリオブラストーマにおけるグリオーマ幹細胞の特徴
  ・グリオーマ幹細胞におけるエピゲノム異常の誘導メカニズム
  ・グリオーマにおけるゲノム異常とエピゲノム異常のクロストーク
  ・今後の展望
 9.がんオミックスデータの統合解析(油谷浩幸)
  ・データの収集と提供 ・マルチオミックスデータの統合解析
がんゲノムの多様性と進化
 10.腫瘍内多様性とがんゲノム進化(谷内田真一)
  ・腫瘍内多様性(diversity)と不均一性(heterogeneity)
  ・がんゲノム進化
  ・臨床における問題点と今後の展望
 11.一細胞ゲノム解析(加藤 護)
  ・腫瘍内不均質性 ・一細胞シークエンス技術
  ・不均質性を解明するシークエンス技術 ・一細胞シークエンスの代表的研究
 12.腫瘍内不均一性とがんの進化についての実験および理論研究の展開(新井田厚司)
  ・実験研究の展開
  ・理論研究の展開
  ・BEPモデルによるがんの進化シミュレーション
 13.がんの進展・治療に伴うゲノム変化(武笠晃丈)
  ・治療によるがんゲノムの進化と治療抵抗性の様式
  ・抗がん剤治療によるがんゲノムの加速的進化―hypermutator phenotypeの出現
  ・治療抵抗性獲得に重要なのは表現型か,遺伝子型の変化か―エピゲノムvs.ゲノム変化
  ・多段階で複雑な治療抵抗性獲得メカニズム
  ・おわりに―がんゲノム多様性の臨床的な意義と治療戦略
トランスクリプトーム解析
 14.固形がんにおける融合遺伝子の解析と治療への展開(新井康仁)
  ・融合遺伝子の形成とがん
  ・ホールトランスクリプトーム解析(RNA-Seq)での融合遺伝子の同定
  ・肺腺がんにおけるROS1融合遺伝子の発見
  ・胆管がんにおけるFGFR2融合遺伝子の発見
 15.がんにおける遺伝子発現ネットワーク解析(後藤典子)
  ・がん遺伝子発現ネットワークを構成するパスウェイあるいはシグネチャーとは?
  ・遺伝子発現ネットワーク解析から得られた乳がん幹細胞の鍵となるNF-κBパスウェイ
  ・EGFシグナル遺伝子発現ネットワーク解析から得られたEGFシグネチャーによる肺腺がんの予後予測診断
 16.がんにおける網羅的miRNA解析と診断・治療への応用(稲澤譲治)
  ・miRNAの生合成
  ・がん関連miRNA
  ・がん関連miRNAの網羅的解析法
  ・機能解析アプローチによるEMT関連miRNAの探索
 17.Genomon fusionを用いたトランスクリプトームビッグデータ解析プラットフォームの構築(白石友一・伊東 聰)
  ・Genomon-fusionの概要
  ・細胞株におけるGenomon-fusionの結果
  ・“京”を利用した大規模融合遺伝子検出プログラム
臨床シークエンス
 18.国内における臨床シークエンスの展開―国立がん研究センター東病院におけるABC Study(土原一哉)
  ・治療選択バイオマーカーのマルチプル化
  ・次世代シークエンサーを利用したマルチプレックス遺伝子変異解析
  ・マルチプレックスゲノムバイオマーカー診断の実施可能性の検証
 19.国内における臨床シークエンスの展開―オリジナル遺伝子パネルNCC oncopanelを用いたクリニカルシークエンシング(市川 仁)
  ・クリニカルシークエンシングシステムの基本設計
  ・国立がん研究センターオリジナルがん関連遺伝子パネル
  ・シークエンシングのプラットフォーム
  ・FFPE検体を用いた次世代シークエンサー解析
  ・変異,増幅,融合のコール
  ・早期臨床試験への利用:TOPICS-1試験

 サイドメモ
  全ゲノムvs.全エクソン
  ドライバー(遺伝子)変異
  合成致死
  相互排他的異常
  クロモスリプシス(chromothripsis)
  Recurrent mutation
  グリオブラストーマ
  ポリコーム蛋白質群(PcG)
  収斂進化(convergent evolution)
  がん幹細胞
  アンプリコンシークエンス