やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 竹内 理
 京都大学ウイルス研究所感染防御研究分野
 自然免疫は,マクロファージなどの細胞によって担われる,病原体感染に対する初期応答の機構である.下等な生物から保存され,以前は非特異的なシステムであると考えられてきたが,1995年にストラスブール大学のJules Hoffmann博士らにより,ショウジョウバエにおいて真菌感染を特異的に認識するToll受容体の存在が明らかとなってから状況が一変した.ついで,哺乳類にもTollホモログ(Toll-like receptor:TLR)が存在することがYale大学のCharles Janeway博士(免疫学の有名な教科書である『Janeway's Immunobiology』により名高い.故人)らにより報告され,哺乳類のゲノムにも病原体感染を直接認識する受容体システムが備わっていることが急速に明らかとなった.
 2011年,自然免疫による病原体認識機構の解明として,先述したJules Hoffmann博士,および哺乳類TLR機能解明の先がけとなったスクリプス研究所(現所属:University of Texas Southwestern校)のBruce Beutler博士にノーベル賞が授与されたことは記憶に新しい.また,自然免疫と獲得免疫の橋渡しをする樹状細胞を発見したロックフェラー大学Ralf Steinmann博士も同時にノーベル賞の受賞対象となった.自然免疫の分野では,大阪大学免疫学フロンティア研究センターの審良静男教授をはじめ,日本人研究者も多大な貢献をしている.とくに審良教授の貢献がなければ,このように早い自然免疫機構の解明はなかったことは想像に難くない.
 自然免疫は病原体認識,感染症に対する初期応答に必須であることは明らかであるが,アレルギーや自己免疫疾患の発症においても重要な役割を果たしている.また近年では,免疫疾患にとどまらず,動脈硬化やメタボリックシンドローム,癌の進展をはじめとしたさまざまな疾患の発症と自然免疫・炎症との関連が叫ばれている.本特集では自然免疫研究の現状を,その認識機構やシグナル伝達,かかわる細胞,疾患との関連から浮き彫りにしたいと考えている.
 はじめに(竹内 理)
自然免疫―病原体認識メカニズムとシグナル伝達
 1.TLR研究の最近の進歩(菅野敦夫・三宅健介)
  ・TLRとリガンド認識
  ・TLR7とTLR9の活性制御機構
  ・TLRと内因性リガンド
 2.RLRsによるRNAウイルス認識―局在と制御(應田涼太・藤田尚志)
  ・RIG-I-like receptors(RLRs)
  ・RLRsによるRNAウイルスの認識
  ・RLRsのRNAリガンド
  ・RLRsシグナルと制御
  ・ウイルスによる自然免疫応答の抑制
 3.インフラマソーム―炎症と生体恒常性維持をつかさどるプラットフォーム(榧垣伸彦)
  ・インフラマソームの分子性状
  ・センサー活性化メカニズム
  ・インフラマソームをターゲットとした炎症性疾患の治療
 4.C型レクチンによる損傷自己および病原体の認識(豊永憲司・山崎 晶)
  ・Dectin-1(Clec7a)
  ・Dectin-2(Clec4n)
  ・Mincle(Clec4e)
  ・MDL-1(Clec5a)
  ・DNGR-1(Clec9a)
 5.ショウジョウバエの病原体認識システム(倉田祥一朗)
  ・昆虫の自然免疫応答
  ・Toll受容体
  ・PGRPファミリー
  ・GNBPファミリー
  ・Down syndrome cell adhesion molecule(Dscam)
  ・貪食受容体
シグナル
 6.古典的NF-κB経路活性化における直鎖状ポリユビキチン鎖の役割(佐々木義輝・岩井一宏)
  ・NF-κB活性化におけるユビキチン修飾系の役割
  ・直鎖状ポリユビキチン鎖を生成する新規のユビキチンリガーゼ複合体LUBAC
  ・直鎖状ポリユビキチン鎖によるNF-κB経路活性化機構
  ・c-IAPsによるLUBACのTNF受容体へのリクルート
  ・HOIL-1ノックアウトマウスとcpdmマウスの表現系の違い
  ・その他の受容体情報伝達系におけるLUBACの役割
 7.ネクロプトーシスの分子機構―プログラムされたネクローシスによる生体応答制御(中野裕康)
  ・ネクロプトーシスの分子機構
  ・ネクロプトーシスの生理的および病理的な意義
  ・感染とネクロプトーシス
 8.核内転写因子を標的とした自然免疫の負の制御機構(田中貴志)
  ・転写因子NF-κBを不活性化する分子機構
  ・転写因子IRFを不活性化する分子機構
  ・ウイルスの宿主自然免疫回避機構
 9.自然免疫における転写後調節(三野享史・竹内 理)
  ・サイトカインmRNAの安定性と3′非翻訳領域
  ・Tristetraproline(TTP)およびadenine-and uridine-rich element(ARE)/poly-(U)binding degradation factor 1(AUF1)によるサイトカインmRNAの安定性の制御
  ・ZCCHC11によるIL-6発現制御
  ・Regnase-1によるIL-6発現制御
  ・TLRあるいはIL-1R刺激に応答したIκBキナーゼ複合体によるRegnase-1のリン酸化と分解
  ・miRNAによるサイトカイン産生の制御
自然免疫にかかわる細胞研究の最前線
 10.M2マクロファージの分化機構およびその生体内での役割の解明(佐藤 荘・審良静男)
  ・In vivoにおけるJmjd3の生理的な役割
  ・Jmjd3-/-キメラマウスでのM-CSFによるM2様マクロファージの分化
  ・Jmjd3はIRF4の発現を調節している
  ・Jmjd3依存的M2マクロファージ
  ・Jmjd3非依存的M2マクロファージ分化経路の存在
 11.樹状細胞サブセットによる免疫応答制御(佐藤克明)
  ・ヒト樹状細胞サブセットと機能
  ・マウス樹状細胞サブセット
  ・マウス樹状細胞サブセットと免疫増強機能
  ・マウス樹状細胞サブセットと免疫制御機能
 12.好塩基球研究の進展(壹岐美紗子・烏山 一)
  ・好塩基球欠損マウスモデル
  ・Th2細胞分化誘導における好塩基球の役割
  ・アレルギーにおける好塩基球の役割
  ・生体防御における好塩基球の役割
  ・ヒトの疾患と好塩基球
 13.腸管における自然免疫細胞サブセット(木下 允・竹田 潔)
  ・腸管樹状細胞によるT細胞制御
  ・新規自然免疫サブセット:innate lymphoid cells(ILCs)による免疫応答
自然免疫のかかわる病態と治療への応用
 14.自然免疫による好酸球性肺炎発症機構(安田好文・中西憲司)
  ・寄生虫の感染と好酸球性肺炎
  ・好酸球性炎症誘導機序
  ・自然免疫による寄生虫の認識
  ・生体防御におけるIL-33の役割
 15.脂肪組織炎症とメタボリックシンドローム(池田賢司・小川佳宏)
  ・自然炎症の概念と分子メカニズム
  ・肥満と脂肪組織炎症―脂肪組織リモデリング
  ・脂肪細胞とマクロファージの相互作用―マクロファージの質的変化
  ・脂肪組織におけるその他の免疫担当細胞
 16.生活習慣病におけるマクロファージ(真鍋一郎)
  ・マクロファージは多機能なエフェクター細胞である
  ・慢性腎臓病におけるマクロファージの役割
  ・2型糖尿病におけるマクロファージ
  ・動脈硬化におけるマクロファージ
 17.老化と慢性炎症(中込敦士・南野 徹)
  ・個体老化と細胞老化仮説
  ・個体老化と慢性炎症
  ・細胞老化と炎症の誘導―SASP(senescence-associated secretory phenotypes)
  ・SASPと癌,生活習慣病
  ・SASPの生理的意義
 18.自然免疫と癌治療(瀬谷 司・松本美佐子)
  ・パターン認識レセプターの2様式
  ・標的細胞の応答
  ・アジュバントの作用機序
 19.自然免疫研究と次世代ワクチン(青枝大貴・石井 健)
  ・自然免疫と獲得免疫
  ・ワクチンにおけるアジュバント・自然免疫応答の重要性
  ・自然免疫受容体
  ・アジュバントの役割
  ・自然免疫シグナルとTh細胞分化
  ・次世代のワクチン
 20.M2マクロファージと疾患(薄井 勲・戸邉一之)
  ・マクロファージの極性と可塑性
  ・M2MΦとインスリン感受性
  ・癌の進展におけるMΦの極性

 サイドメモ目次
  Danger signal
  I型インターフェロン(IFN)
  NF-κB活性化における古典的経路と非古典的経路
  RNA分解機構
  抗原提示
  TLR4(Toll-like receptor 4)
  DNA損傷応答(DDR)と細胞老化
  パターン分子