やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 樋口輝彦
 国立精神・神経医療研究センター

 21 世紀は“こころの時代”と言われるが,うつ病はその代表格である.最近の厚生労働省の調査によると,平成 21(2009)年にはうつ病の受療者数が100万人を超え,自殺とならんで大きな社会問題となりつつある.うつ病は症候学的にも病因・病態においても多様で複雑であり,かつまだ十分に解明されていない病気である.しばしば富士山にたとえられるが,病因で定義できないために臨床的な診断の基準をどこにおくか,すなわち富士山の何合目で線を引くかが問題になる.病因も単純ではなく,遺伝子の関与,ストレスの影響,環境など複雑な因子が絡みあって成り立っていると推測される.
 このように多様で複雑なうつ病をテーマに企画を組む場合,往々にしてその一部に光を当てて総説することになる.まるで象の身体の一部を触って全体をイメージするのに似る.本書ではかなりの誌面を頂戴できたので,可能なかぎりうつ病という“象“全体がみえるように企画したつもりである.しかし,この試みは反面,話題が網羅的になり,焦点がぼやけた構成になりかねない.そこは,本書のねらいが“今日,社会的関心を集めているうつ病をめぐる医療・研究の概要を本書1冊でおおよそ把握していただく”ことにあることに免じてお許しいただきたい.
 本企画は,平成 18(2006)年12月に『週刊 医学のあゆみ』の第5土曜特集号として刊行された「うつ病のすべて」の改訂版である.この領域の研究やさまざまなな社会的取組みの進歩は著しく,あらたな知見を加えた改訂版を発刊する意義があるとの出版社からの要請があり,「最新 うつ病のすべて」というタイトルで改訂版を企画させていただいた.
 はじめに 樋口輝彦
第1章 診断・臨床
 うつ病概念の変遷 中川誠秀・広瀬徹也
 軽症うつ病とは? 久保木富房
 現代型うつ病─変貌する臨床像の変化とその対応 市橋秀夫
 血管性うつ病 幸田るみ子・三村 將
 プライマリケア医に有用な気分障害の認識・評価方法 村松公美子
第2章 疫学
 世界のうつ病,日本のうつ病─疫学研究の現在 川上憲人
 日本のうつ病と外国のうつ病─日本人のうつ病患者と諸外国のうつ病患者の間には性格面と症状面における違いはあるのか 植木啓文
第3章 治療
【Overview】
 うつ病治療:Overview─どのように治療法を選択し組み立てるか 杉山暢宏・神庭重信
【薬物治療・他】
 うつ病の薬物治療ガイドライン 山田和男
 抗うつ薬選択の差別化─SSRI,SNRI,NaSSAをいかに使い分けるか 吉村玲児・中野和歌子
 抗うつ薬の安全性 渡邊衡一郎
 日本の抗うつ薬開発は遅れている─海外との比較 辻 敬一郎・田島 治
 うつ病に対する薬の使い時,止め時─薬物療法の現状 岡島由佳・上島国利
 難治性うつ病への対応 岡本長久・坂本広太
 電気けいれん療法は変わった─うつ病治療における有用性 本橋伸高
 わが国の臨床に導入されるうつ病の新しい薬物療法 井上 猛・小山 司
【精神療法・他】
 うつ病治療に関する精神療法のエビデンス 中川敦夫
 うつ病に対する認知行動療法の適用のポイント 伊藤絵美
 対人関係療法(IPT) 水島広子
 うつ病患者を抱える家族への対応 真鍋貴子・忽滑谷和孝
第4章 サポート・医療環境
 わが国のストレスケア病棟 矢崎直人・徳永雄一郎
 総合病院における職場復帰援助プログラムと集団認知行動療法 秋山 剛
 気分障害,不安障害を対象としたメンタルクリニックにおける職場復帰支援 五十嵐良雄・福島 南
 職域におけるうつ病ケア 田中克俊
 企業のメンタルへルス活動とうつ病対策─早期発見から介入まで 森崎美奈子
 がん患者の抑うつ症状緩和─最近の話題 明智龍男・内富庸介
第5章 研究〔1〕基礎的・生物学的研究
 気分障害の遺伝子研究 糸川昌成・吉川武男
 うつ病の分子生物学的研究 加藤忠史
 うつ病の神経内分泌研究 尾鷲登志美
 うつ病のBDNF仮説 功刀 浩
 ストレスとうつ病動物モデル 森信 繁・他
 うつ病の画像研究 奥村正紀・須原哲也
 うつ病のNIRS研究 福田正人・三國雅彦
 うつ病はうつ症状を呈する微小な神経障害性疾患といえないのか 三國雅彦・池田研二
 睡眠とうつ病 内山 真
第6章 研究〔2〕心理・社会的研究
 自殺予防対策とうつ病への対応─秋田県の取組み 本橋 豊
 自殺対策のための戦略研究─複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究(NOCOMIT-J) 大野 裕・田島美幸
 慢性うつ病の精神療法CBASPの理論と技法 中野有美・古川壽亮
 慢性うつ病に特化したデイケアの有効性─認知行動療法(CBT)を中心としたプログラムと効果 仲本晴男
 受診しないうつ─うつ病の受診行動 山藤奈穂子
 うつ病の集団認知行動療法 松永美希・岡本泰昌
 うつ病は身体疾患の発症や予後を左右する 久保千春
 思春期のうつ 生野照子
 身体疾患患者の抑うつと看護師の抑うつ─リエゾン精神看護が行うケア 野末聖香

 サイドメモ
  メランコリー親和型性格
  下田の執着性格の特性
  逃避型抑うつ
  遂行機能
  うつ病の診断と治療の現状
  EBM(evidence-based medicine)
  ミルタザピンの薬理作用
  新GCP
  構造化面接
  抗うつ薬の有効性の判定
  完全寛解の定義
  修正型電気痙攣療法
  けいれん療法とグリア細胞
  SSRIとSNRIの脳への作用
  認知再構成法と問題解決法
  感情表出(expressed emotion)
  休めない人たち
  うつ病の“医学化”
  職場復帰支援
  サイコオンコロジー
  連鎖不平衡とハプロタイプブロック
  うつ病と脳由来神経栄養因子(BDNF)
  うつ病・双極性障害の脳構造
  うつ病の脳機能画像所見
  近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS)
  従来の感情障害の死後脳研究の成果
  地域介入によるうつ対策─ヨーロッパの挑戦
  認知行動療法(CBT)
  集団認知行動療法(CBGT)
  気分変調性障害と双極性障害