やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 吉村泰典
 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室
 生物は生殖により次世代を産生し,個体の死を超えて存在することを可能にしている.ヒトはあくまで生物であり,ヒトもまた生物の例外でなく,生殖により子孫をつくりだす.体外受精・胚移植の成功,それに引き続いた顕微授精の確立は,男性不妊症の治療法として近年の生殖医療をドラスティックに変貌させている.医療技術にはさまざまな点で改良が加えられ,1個の精子がみつけられれば理論的には妊娠できるところまできている.しかし,一方では技術の進歩に伴い,さまざまな医学的・社会的・倫理的・法的な問題が提起されるようになってきている.従来はまったく妊娠を望めなかった夫婦でも子どもがもてるようになり,われわれの生命倫理観も変化してきているように思える.
 これまで,生殖補助医療は受精・着床といった生命現象の分子メカニズムの解明を待つことなく,臨床現場の不妊症に悩む夫婦からの切実な訴えに支えられることによって実験的医療とも考えられる数々の試みが実施されてきた.現在の生殖補助医療の中核を担う体外受精胚移植法も,この過程から生まれてきたといえる.しかし,生殖医療はとくに他の臓器再生医療とは異なり,世代の継承に関与しており,その治療結果が個体にとどまらず人類に継承されていくという特殊性ももっている.その点からも理論的に可能となったクローン技術をも含めて再生医学や幹細胞研究にあっては,このうえない慎重さが求められている.
 時空を超えた絶対的な倫理というものはなく,倫理観とは時代とともに,また技術開発とともに変化するものである.しかし,生殖医療において忘れてはならないことは,これら先端医療技術によって産まれている子どもの将来や基本的人権である.われわれ医師もクライアント夫婦も,妊娠を求めるあまり,産まれてくる子どもの幸福を十分に考えているとはいえない状況にある.通常の医療であれば,医師と患者が十分にコミュニケーションをはかり信頼関係を築き,インフォームドコンセントに基づいて治療を行えば問題は生じない.しかし生殖医療においては,子を希望する夫婦とはまったく人格の異なるひとりの人間の誕生がある点で,他の医療と根本的な違いのあることを認識することが大切である.自己決定に基づく生殖医療であっても,産まれてくる子どもの同意を得ることはできないということである.
 はじめに(吉村泰典)
第1章 排卵障害
 1.無排卵に対する排卵誘発(苛原 稔)
  ・無排卵に対する排卵誘発法の選択
  ・無排卵性周期症,視床下部性第一度無月経に対する排卵誘発
  ・視床下部性第二度無月経および下垂体性無月経に対する排卵誘発
  ・高プロラクチン血症
  ・多嚢胞性卵巣症候群(policyatic ovarian syndrome:PCOS)
  ・卵巣性無月経
 2.調節卵巣刺激―より優しく安全な方法をめざして(石原 理)
  ・COSの適応とその目標
  ・多胎妊娠の増加と移植胚数削減の動き
  ・COSの進歩と変化
  ・COSの新しい考え方
 3.多嚢胞性卵巣症候群に対する排卵誘発(沖 利通・堂地 勉)
  ・PCOSの定義
  ・PCOSの病態
  ・PCOSにおける排卵障害の特徴
  ・PCOSの排卵誘発法
 4.Poor responderへの排卵誘発―生殖補助医療の現場において(福田愛作)
  ・Poor responderの予測方法
  ・Poor responderに対する排卵誘発法
  ・Poor responderへの卵巣刺激の現状と問題点
 5.アロマターゼ阻害剤の不妊治療への応用―PCOS・ホルモン依存性癌患者における排卵誘発(生水真紀夫)
  ・アロマターゼ阻害剤の排卵誘発機序
  ・排卵誘発剤としての臨床応用
第2章 子宮内膜症・子宮腺筋症
 6.子宮内膜症の治療ストラテジー(川島将彰・他)
  ・子宮内膜症と不妊
  ・子宮内膜症性不妊と手術療法
  ・子宮内膜症性不妊と薬物療法
  ・子宮内膜症性不妊と生殖補助医療
  ・子宮内膜症性不妊の治療方針
 7.妊孕能温存をめざした腹腔鏡手術(安藤正明・他)
  ・子宮内膜症に対する腹腔鏡手術のポート配置
  ・剥離操作
  ・チョコレート嚢胞
  ・深部病変の切除
  ・子宮腺筋症
  ・子宮の機能温存と可及的な病巣切除のために
 8.子宮内膜症合併不妊とART(出浦伊万里・原田 省)
  ・子宮内膜症におけるARTの適応
  ・子宮内膜症に対するARTの成績
  ・ART実施前の外科的治療
  ・薬物療法とART
 9.子宮腺筋症の治療(浅田弘法・他)
  ・子宮腺筋症の治療目的
  ・子宮腺筋症の治療方法
  ・子宮腺筋症治療におけるcontroversy(主訴が疼痛の場合,主訴が挙児希望の場合)
 10.子宮内膜症の癌化―不妊症治療時に注意すべきチョコレート嚢胞(小林 浩)
  ・チョコレート嚢胞からの癌化の疫学的検討
  ・不妊症と発癌の関係
第3章 男性不妊症
 11.男性不妊症の非手術療法の治療ストラテジー―無精子症からの精子出現をめざして(岩本晃明)
  ・男性不妊症の原因
  ・男性不妊症の診断
  ・非内分泌薬物療法
  ・内分泌療法
  ・非手術療法によるその他の不妊疾患
 12.閉塞性無精子症の診断と治療(大橋正和・花輪靖雅)
  ・男性生殖器の構造と精路閉塞
  ・閉塞性無精子症の診断
  ・閉塞性無精子症の治療
  ・閉塞性無精子症治療におけるインフォームドコンセント
 13.非閉塞性無精子症の治療(松田公志・他)
  ・非閉塞性無精子症の概念
  ・非閉塞性無精子症の臨床像と病因
  ・精巣内精子採取(testicular sperm extraction:TESE)
  ・精巣精子を用いたICSI
 14.精索静脈瘤の治療―手術を積極的に行うべきか(三浦一陽)
  ・精索静脈瘤の発生機序
  ・精索静脈瘤の発生で造精機能障害がどうして発生するのか
  ・精索静脈瘤の治療法
  ・手術前に手術後の予知はできるか
  ・ART時代に精索静脈瘤手術は必要か
第4章 ART
 15.顕微授精での受精障害(柳田 薫・高田智美)
  ・ICSIでの受精障害の現状
  ・受精障害の原因
  ・受精不成立卵子の所見
  ・受精障害への対処
 16.胚盤胞期胚移植(宇津宮隆史)
 17.アシステッド・ハッチング―透明帯開孔法と菲薄法(矢野浩史)
  ・レーザー法(LAH)による実際
  ・どのように変化した透明帯に有効か?
  ・発生異常との関連性
 18.IVMの進歩と発展―本格的臨床応用に向けて(森本義晴)
  ・IVMの変遷とIVM実施の状況
  ・IVMの実際
  ・IVMにおけるホルモン補充
  ・凍結法の応用
  ・FSHプライミングとHCGプライミング
  ・採卵と検卵
  ・未熟卵子培養法
  ・臨床成績
  ・IVMの未来
 19.いまのヒト卵子凍結技術は完璧か?(京野廣一)
  ・緩慢凍結・急速融解とガラス化法の比較
  ・当院で実施しているクライオトップを用いたガラス化法
  ・ガラス化法成功の秘訣
  ・性比
  ・未成熟卵子の凍結保存
  ・凍結による卵子への影響に関する基礎的研究
  ・子どもの長期にわたる予後調査が不可欠―安全性の確認
  ・ヒト卵子ガラス化法の確立
第5章 先端生殖医療
 20.着床前遺伝子診断―遺伝子病と染色体に対する検査の問題点と限界(末岡 浩)
  ・染色体検査
  ・遺伝子診断とその効率
  ・診断基準の特定が難しい疾患遺伝子
  ・胚生検技術のあらたな試み
  ・着床前遺伝子診断にかかる経費
 21.卵巣の凍結保存(香山浩二)
  ・凍結保存
  ・卵巣移植
  ・体外培養
 22.ES細胞と生殖医療―テーラーメイドES細胞の樹立と生殖細胞の分化(佐藤英明・星野由美)
  ・ES細胞株樹立と遺伝子ノックアウトマウスの作製
  ・ヒトES細胞の樹立と特徴
  ・ES細胞の生殖細胞への分化
  ・卵子およびES細胞による体細胞の初期化
  ・ES細胞の体外分化と移植
  ・テーラーメイドES細胞樹立への挑戦と蹉跌
  ・遺伝子改変ES細胞
  ・倫理的課題を意識したES細胞樹立法,単一割球からのES細胞の樹立
  ・ミニブタを用いるヒト型臓器生産
  ・キメラ技術の新しい展開
 23.ヒトクローン胚研究(吉村泰典)
  ・クローン技術応用の是非
  ・人クローン胚研究利用作業部会での検討
  ・ヒトクローン胚作製に関する管見
  ・生殖医療へのクローン技術の応用の可能性
第6章 AYUMI Glossary of Terms
 24.生殖補助医療を理解するための最新基礎知識(久慈直昭)
  ・新しい卵巣刺激剤
  ・子宮内膜
  ・生殖補助医療技術の課題
  ・卵子・卵巣の凍結保存
  ・不妊症治療と倫理
  ・不妊症と再生医療
サイドメモ目次
 遺伝子組換え型(recombinant)FSH製剤
 PCOS症例におけるGn-RH generator異常
 PCOS症例におけるIGF活性調節系
 OHSSとは?
 どのようなMHH症例にhCG/r-hFSH療法は有効か
 精索静脈瘤の治療はどの手術がもっとも優れているか
 精索静脈瘤の手術を積極的に行うべきか
 精子の卵活性化因子
 FSHプライミングとHCGプライミング
 Sequential media
 着床前スクリーニング検査
 凍結保存法
 ES細胞の論文捏造事件