やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

 近年,分子生物学の発展によって乳腺疾患に関する病態生理はより明らかになった.基礎医学の進歩に呼応し,さらに臨床研究の成果によって乳腺疾患の診断,治療,予防は確実な進歩を遂げた.それに伴い,医療者が知るべき情報量も年々増加している.乳腺診療は外科医のみならず,腫瘍内科医,放射線科医,病理医,細胞診断医,形成外科医,婦人科医,コメディカルなどが協力したmultidisciplinaryなアプローチが必須である.乳癌は日本女性の年齢調整罹患率の1位を占め,社会における乳癌への関心が高まっている.年間3万人以上の乳癌罹患数に対応できる高度の医療を提供することが要求され,乳腺の診療科,講座を設ける施設も多い.そのような情勢において乳腺疾患における最前線の知識,経験を本書にまとめることができたのは意義深く,喜ばしいことである.
 医学のあゆみ“state of arts“シリーズにおいて乳腺疾患が取り上げられたのは今回が初めてである.乳腺に関する様々な分野を網羅しようとしたため,初版にして178項目を有する大書となった.そのうち治療に関する項目が88項目と最も多く,治療方法の多様性と難しさを物語っている.各項目においてKey Sentenceを設けたことにより,読者がより素速く的確に要点を把握できるように配慮した.真実はシンプルである.数行の重みのあるsentenceを反芻することは知識の整理と活用に役立つであろう.読者の要望に応えるだけの内容が用意できたと思う.“state of arts”と題したように,科学に基づく知識を“arts”として活用できるまでに本書を利用していただければ幸いである.乳腺疾患の診療に従事する医療者,勉学中の方々に良質の情報が提供できると確信している.
 多忙にも関わらず,労作をいただいた執筆者の皆様に心からお礼を申し上げる.また,本書を企画した医歯薬出版の社長,編集部の方々に感謝する.本書を土台にして日本における乳腺疾患の診療と研究のレベルが向上し,乳腺疾患に病む人たちの助けになることを祈念する.
 2004年6月
 編者 伊藤良則
 編者 戸井雅和
乳腺疾患―state of arts /目次
 Breast Disease ― state of arts

第1章 病態生理
 1.乳癌前駆病変の自然史と病理(市原 周・森谷鈴子)
 2.乳腺領域幹細胞と乳癌の発生(林 慎一)
 3.乳癌のLOHと遺伝子診断(音田正光・江見 充)
 4.ヒト乳癌組織におけるサイトカインバランス(有廣光司)
 5.乳癌患者血中増殖因子(山本 豊)
 6.乳癌と血管新生(加藤孝男)
 7.乳癌とVEGF(坂東裕子・戸井雅和)
 8.乳癌とHGF(山下純一)
 9.乳癌とテロメラーゼ(木村盛彦)
 10.乳癌とCOX─2(高島 勉・他)
 11.乳癌ホルモン依存性成立の背景(小林俊三)
 12.ホルモン依存性ラット乳癌の発生と進展(吉田浩己)
 13.ERαの生物学的意義(岩瀬弘敬)
 14.エストロゲンレセプターβの乳腺,乳癌における生物学的意義(佐治重衡)
 15.ホルモン受容体の検索法と陽性の基準(松岡洋一郎・津田洋幸)
 16.Endocrinologyからintracrinologyへ――乳癌における新しいホルモン作用の展開(笹野公伸)
 17.エストロゲン合成酵素と乳癌(笹野公伸)
 18.アロマターゼ発現調節機構(原田信広)

第2章 診断
 19.乳癌検診――現在のコンセンサス(大内憲明)
 20.BRCA遺伝子の分子診断と検診(三木義男)
 21.乳癌のリスクと遺伝子多型(SNPs)(三好康雄)
 22.マンモグラフィのカテゴリー分類(常泉道子・数井暉久)
 23.石灰化の評価とフォローアップ(小倉廣之)
 24.マンモトーム(R)検査の手技とポイント(田村美規・高橋かおる)
 25.乳腺疾患の超音波診断(佐久間 浩)
 26.MRIによる乳癌診断および臨床利用(武田元博・大内憲明)
 27.PET診断(宇野公一・呉 勁)
 28.乳管内視鏡(蒔田益次郎)
 29.乳頭異常分泌症例の診断(多田隆士)
 30.病期分類――乳癌取扱い規約TNM分類(福富隆志)
 31.乳房組織の病理検索マニュアル(内藤善哉)
 32.病理学的悪性度分類とその臨床応用(津田 均)
 33.正しい病理診断を得るために臨床医が知っておくべきこと(土屋眞一)
 34.臨床医が知っておくべき乳癌組織からのDNA・RNA・蛋白抽出(原口直紹・森 正樹)
 35.臨床医が知っておくべき生物材料の至適保存法(遠山竜也)
 36.乳腺・腋窩のリンパ系解剖(津川浩一郎)
 37.センチネルリンパ節生検(1)――ガンマプローブを用いた手技の実際(佐藤一彦・望月英隆)
 38.センチネルリンパ節生検(2)――正診率(武井寛幸・末益公人)
 39.センチネルリンパ節の病理診断――材料の適切な取扱いと診断へのアプローチ(堀口慎一郎)
 40.術前化学療法後のセンチネルリンパ節生検(村上 茂・大野真司)
 41.腋窩リンパ節微小転移の臨床学的意義(増田慎三)
 42.乳癌の腫瘍マーカー(紅林淳一)
 43.骨代謝マーカーの骨転移診療における意義(高橋俊二)
 44.乳癌の骨転移・シンチグラム診断(小泉 満)
 45.骨髄微小転移の検索と予後因子としての意義(片岡明美・大野真司)

第3章 治療
●非浸潤性乳管癌
 46.非浸潤癌に対する局所療法(馬場紀行)
 47.非浸潤性乳管癌における補助内分泌療法(笹 三徳)
 48.非浸潤癌症例における化学予防(天野定雄)
●原発乳癌の治療
 49.乳房温存療法――理論,長期成績および方法(高橋かおる)
 50.乳房温存手術――欠損部への対応,皮切の置き方(西村誠一郎・霞 富士雄)
 51.術中の断端検索と断端陽性の基準(秋山 太)
 52.断端陽性例に対する局所治療(稲治英生・西山謹司)
 53.リンパ管侵襲陽性乳癌に対する乳房温存手術の適応(元村和由)
 54.腫瘤非触知乳癌の診断と治療(岩瀬拓士)
 55.胸骨傍リンパ節転移――診断と治療(吉本賢隆)
 56.乳房内再発――その病態と治療(菰池佳史)
 57.乳房温存手術――創火傷の予防(丹黒 章・山本 滋)
 58.乳頭温存乳房全切除の適応と実際(尾浦正二)
 59.pNO(sn)乳癌の治療(井本 滋)
 60.乳癌に対する内視鏡手術(福間英祐・和田守憲二)
 61.乳房再建(1)――術式の選択(坂東正士・寺尾保信)
 62.乳房再建(2)――インプラントを利用する再建手術(鶴原知子・坂東正士)
 63.乳房再建(3)――自家組織移植再建手術(坂東正士・寺尾保信)
 64.乳房再建(4)――乳頭乳輪作製の実際(鶴原知子・坂東正士)
 65.デイサージャリーの実際(稲本 俊)
●原発乳癌術後療法
 66.St.Gallenコンセンサス2003(渡辺 亨)
 67.卵巣摘出・タモキシフェン(佐野宗明)
 68.閉経前乳癌に対するホルモン療法―─LH─RHアゴニスト(日馬幹弘)
 69.閉経後乳癌に対するホルモン療法――アロマターゼ阻害剤(青儀健二郎)
 70.化学療法により誘導される閉経とその臨床的意義(蒔田益次郎)
 71.ホルモン療法と対側乳癌の発生(久松和史)
 72.ホルモン補充療法と循環器系疾患(太田博明)
 73.術後ホルモン療法と骨粗鬆症(穂積康夫)
 74.術後CMF療法(君島伊造)
 75.術後FEC・CAF療法(辛 栄成)
 76.術後AC療法(安藤正志)
 77.術後AC療法→パクリタキセル遂次投与の有用性(西村令喜)
 78.術後dose─dense療法(徳留なほみ・伊藤良則)
 79.原発性乳癌に対するアジュバント療法における化学療法とホルモン療法の併用(戸井雅和)
●術前治療
 80.乳癌組織中の増殖・アポトーシスの評価(麻賀太郎)
 81.術前化学療法の適応・利点・問題点(高塚雄一)
 82.術前化学療法の成績(1)――乳房温存療法(岩田広治)
 83.術前化学療法の成績(2)――pCR,予後(向井博文)
 84.術前薬物療法の効果判定(中村清吾)
 85.術前ホルモン療法の適応・利点・問題点(田部井敏夫)
●放射線療法
 86.術前・術後の放射線治療――臨床医が知っておくべきこと(立入誠司・平岡眞寛)
 87.術後の放射線治療――適応と実際(光森通英)
 88.放射線治療の禁忌(関口建次)
 89.腋窩センチネルリンパ節微小転移と手術・放射線療法(大野真司・片岡明美)
 90.乳癌の化学放射線療法(唐澤久美子)
●薬物療法
 91.乳癌の薬物療法――組み立て方,decision making(伊藤良則)
 92.作用機序からみた抗癌剤(井上賢一)
 93.臨床医に必要なPK/PD(谷川原祐介)
 94.乳癌治療の効果判定法 RECIST(清水千佳子)
 95.アンスラサイクリンの役割(田辺真彦・伊藤良則)
 96.Weeklyパクリタキセルの役割(澤木正孝)
 97.Weeklyドセタキセルの役割(黒井克昌)
 98.アンスラサイクリンとタキサン併用か,順次使用か(A+T or A−T)(宮良球一郎)
 99.ビノレルビンの役割(相羽惠介)
 100.ゲムシタビンの役割(鈴木育宏)
 101.経口FU剤の役割(1)(佐伯俊昭・高嶋成光)
 102.経口FU剤の役割(2)――原発性乳癌(神野浩光・池田 正)
 103.トラスツズマブの作用メカニズム(飯泉真二)
 104.転移性乳癌に対するトラスツズマブの有用性(徳田 裕)
 105.トラスツズマブ投与時の注意点(多田敬一郎)
 106.外来化学療法(小林隆之・伊藤良則)
 107.抗癌剤治療の安全管理(神杉香代子・伊藤良則)
 108.乳癌における膜輸送体の発現(竹林勇二・他)
 109.多剤耐性克服の試み(鶴尾 隆)
●化学療法の副作用
 110.乳癌化学療法の悪心・嘔吐対策(田口哲也)
 111.好中球減少に伴う発熱(田村和夫)
 112.心毒性(山崎博之)
 113.化学療法による神経毒性とその対応(牧野春彦)
 114.間質性肺炎の現状と対策(吉村明修)
 115.Hand─foot syndromeの診断と治療(山崎直也)
 116.抗癌剤の血管外漏出による皮膚病変――形成外科的アプローチ(寺尾保信)
 117.抗癌剤と妊娠・性腺障害・卵巣保護(加藤友康)
 118.抗癌剤の二次発癌(三原大佳)
●期待される治療
 119.乳癌に対する分子標的治療(畠 清彦・照井康仁)
 120.乳癌の低酸素環境を標的とした腫瘍選択的治療(藤森 実)
 121.乳癌に対する遺伝子治療(高橋俊二・杉本芳一)
 122.乳癌に対する免疫療法(珠玖 洋)
●緩和医療
 123.再発乳癌――高カルシウム血症の診断と治療(鯉淵幸生)
 124.骨転移に対するビスホスホネート製剤の役割(河野範男・高尾信太郎)
 125.乳癌骨転移に対する放射線治療(道本幸一・小口正彦)
 126.骨転移に対する手術療法(真鍋 淳)
 127.脳転移に対する放射線治療――全脳照射を中心に(熊田まどか・小口正彦)
 128.乳癌脳転移に対する定位放射線照射――適応と実際(高木佐矢子・五味光太郎)
 129.脳転移に対する手術療法の現状と今後の展望(山田良治)
 130.乳癌胸膜転移の治療(小林朋子・高橋典明)
 131.心嚢水管理(大崎昭彦)
 132.末期乳癌への対応(1)――骨転移の疼痛コントロール(田中清高)
 133.末期乳癌への対応(2)――肺転移・呼吸器症状,胸水管理(坂 英雄)

第4章 社会医学
 134.乳癌治療におけるインフォームドコンセント(光山昌珠)
 135.家族性乳癌遺伝子検査のためのインフォームドコンセント(新井正美・宇都宮譲二)
 136.ヒト由来試料の保存と研究のためのインフォームドコンセント(小池 誠・仁尾義則)
 137.乳癌のEBMとコンセンサス(勝俣範之)
 138.乳癌とセカンドオピニオン(川端英孝)
 139.乳癌の啓発運動をはじめとする社会運動――乳癌ピンクリボン運動(田中完児)
 140.乳癌患者に対する精神的サポート(赤穂理絵)
 141.看護師から乳腺医師に望むこと(井上由美子)
 142.集学的医療実践のために必要なチーム医療(金 隆史・峠 哲哉)
 143.医師主導型治験(藤原康弘)
 144.非CROのこれまで,そして今後――GCPのあゆみとともに(一木龍彦)
 145.データマネージメント(新美三由紀)
 146.治験・臨床研究における補償・賠償責任と責任保険(辻 純一郎)
 147.乳癌診療における教育(伊藤良則)
 148.乳癌治療と経済評価(濃沼信夫)
 149.乳癌患者と在宅医療(吉澤明孝)

第5章 疫学と予防
 150.乳癌罹患率――国内外の動向(津熊秀明・味木和喜子)
 151.わが国の乳癌登録(福富隆志)
 152.乳癌のリスクファクターと遺伝的素因・生活様式(佐川 正・宮島直子)
 153.乳癌高リスクの同定――Gailモデル(玉木康博)
 154.乳癌高リスク女性の検診フォローアップと治療(野水 整・阿部力哉)
 155.乳癌化学予防――“乳癌を治す”から“乳癌にならない”時代へ(遠山和美)
 156.ホルモン補充療法,経口避妊薬と乳癌リスク(石田孝宣・大内憲明)
 157.乳癌術後の妊娠と避妊(福内 敦)

第6章 特論
●良性疾患
 158.急性乳腺炎(高木博美)
 159.慢性乳腺炎の治療(田代英哉)
 160.乳腺症の診断と治療(緒方晴樹・福田 護)
 161.線維腺腫の診断と治療(森園英智)
 162.葉状腫瘍の診断と治療(綿谷正弘)
 163.女性化乳房症の診断と治療(山城大泰・戸井雅和)
 164.Microdochectomyの実際(片岡 健)
●特殊な乳癌
 165.炎症性乳癌の診断と治療(山崎弘資)
 166.粘液癌の特性と治療(小川朋子)
 167.高齢者乳癌の治療――手術療法・ホルモン療法・化学療法(高橋弘昌)
 168.若年者乳癌の治療(海瀬博史)
 169.妊娠・授乳期乳癌――予後と治療(相原智彦)
 170.男子乳癌(臼杵尚志)
 171.乳癌における凝固異常と血栓症(足立達哉・小嶋哲人)

column 知っておくべき最近の知識
 (1)乳癌のクリティカルパス(齊藤光江)
 (2)乳癌術後のフォローアップの指針(水谷三浩)
 (3)乳癌臨床試験における統計的観点――代替エンドポイントによる評価(吉村健一・福田治彦)
 (4)乳癌におけるQOL調査法(下妻晃二郎)
 (5)診療ガイドラインの活用法(平田公一)
 (6)学術誌のインパクトファクター(野口昌邦)
 (7)乳癌専門医制度の現状(園尾博司)

Side memo 目次
 幹細胞
 乳癌とLOH
 CD4+ヘルパーTリンパ球のサブセット
 増殖因子レセプターの構造と分類
 Menopauseとadrenopause
 免疫組織化学的検索法の優位性
 乳癌以外の病態生理におけるintracrinology
 乳癌における5α─reductase
 アロマターゼの標的治療法
 腫瘤の質的診断には形状と境界部が大切
 改訂第6版TNM分類における
 病理学的リンパ節微小転移の分類と記載
 血清中のHER2細胞外ドメイン
 乳癌健診と非浸潤癌
 非浸潤癌のoverview
 乳房温存療法後の乳房内再発危険因子
 乳房温存療法後の炎症性乳癌型再発
 放射線治療法がサルベージ手術も変える?
 シリコン性フレキシブル創縁プロテクター
 再発治療には強力な卵巣摘出術
 LH─RHアゴニストとAIの併用
 更年期指数
 対側乳癌の発生
 用法用量と至適投与量
 化学療法とホルモン療法の併用は禁忌か?
 シェル/Wedge filter/ビルドアップ効果/ボーラス/Half field法
 APBI(accelerated partial breast irradiation)
 PK/PD
 Dose─dense therapy
 新旧経口FU剤の実力の違い
 トラスツズマブのネガティブ作用機序?――アンスラサイクリン系薬剤併用時における
 心機能障害の発現機序
 当院で経験したinfusion reactionの重症例
 P─糖蛋白の生理機能
 ガイドラインと検証
 左室機能の評価
 Dose intensity(DI)とdose─dense chemotherapy(DDC)
 EGFRとHER2
 X─SCID遺伝子治療による白血病
 PTHrP
 骨転移予防
 線量・分割と効果
 画像診断の進歩と覚醒下手術による脳機能局在の解明
 新しいデバイスPerDUCERによる心膜穿刺法
 デュロテップパッチ(R)使用時の換算表の問題点
 無増悪生存期間
 乳癌診療ガイドライン/補完代替医療
 遺伝カウンセリング
 悪しき結果にも公表を!
 燃え尽き症候群
 予防的乳房切除術と乳癌の化学予防
 その他の乳癌リスク評価法
 化学療法により卵への影響を減らし妊娠の可能性を高める試み
 乳腺症型線維腺腫と線維腺腫に発生した乳癌
 乳管内視鏡およびMD─CT
 MLT(mucocele─like tumor)