やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書の執筆を終えようとしていた梅雨明けの暑い日,私の母が誤嚥性肺炎で死去しました.まだ67歳でした.多くの疾患を抱え寝たきり状態ではありましたが,肺炎になってから1カ月弱,亡くなる前日までコミュニケーションをとることができ,最期の瞬間は私たち家族に手を握られながら,驚くほど穏やかに,静かに旅立っていきました.
 母は長年,関節リウマチを患っていました.私の帰省の折には,変形して痛みのある手で,何度も病的骨折を起こして立っていることも辛い体で,子どものころ私が好きだった料理をつくってくれました.長年闘病を続けたその体はまさに満身創痍で,1年ほど前からは十分な食事量をとることもできなくなり施設に入所しましたが,私は母が最期のときを迎えるまで母に対し「がんばれ」という感情をもつことはありませんでした.それは,母は私が子どもの頃からこれまでずっとがんばってきたことを,よくわかっていたからだと思っています.
 今がんばれる人もいれば,これまでがんばってきて今がある人もいます.そして現在,医療や介護の現場で職員の頭を悩ませているのは,母と同じようにこれまでがんばってきて,今はさまざまな理由により機能訓練をこなすことが難しくなっている人への対応ではないかと思います.高齢者比率が増加の一途をたどるなか,超高齢で意思疎通が難しい人も増え,そのような人への食事状況の改善手段が「治療」や「機能訓練」中心の考え方では食事支援に行き詰まってしまいます.また,改善の見込みがない状況での機能訓練は患者さんにとっては苦しく,大切な時間を奪うだけのものにもなりかねません.
 これからの食事支援に必要なのは機能向上を目的とするものだけではなく,患者さんががんばらなくても,苦痛なく・楽しく・安全に食べるための,食事姿勢をはじめとする「環境的アプローチ」です.本書では環境的アプローチを中心に据え,「最低限ここだけは気をつけよう!」「こんなことが起こったらそれは危険な合図だよ!」という目のつけどころを“シンプル“に“わかりやすく”職員に伝え導くことを目的として出版いたしました.そのシンプルさ,わかりやすさが職員の「これならできる!」という自信につながり,そのことが患者さんの安全と笑顔を守ることにつながると私は考えています.
 母があのように穏やかに旅立つことができたのは,一部の職員の突出した高いケア技術のおかげではなく,病気で苦しむ母に対し,温かく接してくれた職員の方々の日々のケアとたくさんの笑顔が支えてくれたからだと思っています.本書がすべての患者さんの,そして職員の笑顔を守ることにつながることを願っております.
 2019年8月
 佐藤彰紘
I みんなでできる! 食サポートの支援技術
 1 自力摂取の食サポート
  1.自力摂取の食事姿勢
  2.自力摂取の食具選択と食事動作
  3.自力摂取の食事環境(テーブル・椅子)と食事動作
  4.円背の人の自力摂取
  5.片麻痺の人の自力摂取
  6.認知症の人の自力摂取
  7.自力摂取の食具の選び方
 2 介助摂取の食サポート
  1.介助摂取の食事姿勢
  2.リクライニング位の食事姿勢と食事介助
  3.崩れないリクライニング位
  4.介助摂取の食具選択と一般的な介助方法
  5.重度嚥下障害の人のための特別なテクニック
 3 口腔を清潔に保つために
  1.口腔清掃とその心構え
  2.歯・粘膜・舌の清掃
  3.義歯をきれいにする方法
  4.歯磨剤・保湿剤などの使い方
II これならわかる! 食サポートの基礎知識
 1 食サポート概論
  1.訓練・治療ではない「食サポート」とは
  2.本人の思いを支援する
  3.なぜうまくいかない? 病院・施設の食事支援
  4.誤嚥とは
  5.医療・介護関連肺炎(NHCAP)とは
  6.誤嚥性肺炎は食べながら予防する
 2 摂食嚥下の基礎知識
  1.これならわかる! 食事の解剖・生理学
  2.食事姿勢の選び方
  3.食形態の分類と選択
  4.「刻み食」は誤嚥性肺炎予防に有効! ?
  5.トロミ調整食品の使い方