やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は大学や大学院で心理学を学ぼうとする人,あるいはリハビリテーション等の臨床現場で心理士として働こうとしている人に向けて,神経心理学の面白さやその視点の大切さを知ってほしいという思いで作られました.また,臨床現場で真に役立つ神経心理学であってほしいという編者の強い思いを込めて,『臨床神経心理学』というタイトルにもしました.
 これまでにも神経心理学に関する書籍は刊行されてきましたが,本書は心理士の立場で,目の前にいる患者さんを理解・対応するために役立つ「教科書」にした点を特徴としています.神経心理学の知識をもつことにより,脳と心の関係の理解に益することは知られていますし,脳に障害がある患者さんの一般的な状態の理解にも役立ちます.しかし実際の患者さんを目の前にすると,患者さんがおかれている環境やこれまでの生き様などによって,その状態や必要な支援は大きく異なってくるものです.そのような臨床的な視点をもつための出発点となるのが本書であり,目の前の患者さんの「なぜ」「どうして」を考えるきっかけともなるはずです.
 本書を読んでいただくとわかるかと思いますが,神経心理学は心理士だけではなく,医師や言語聴覚士,作業療法士等多くの職種がチームとして患者さんに関わっており,神経心理学的な研究の成果は,心理機能の一般的な理解とともに個別の患者さんの理解にも貢献しています.本書の執筆にも臨床や研究において第一線で活躍されている多職種のチームで構成されています.このため心理士だけではなく,神経心理学を学びたい多くの立場の人々にとっても有益な書になることと思います.
 この本の企画と同時期に公認心理師法案が施行され,刊行される年に初めての公認心理師国家試験が行われます.国家資格となった心理の専門家である公認心理師が世に出るのももう間近です.この国家資格や大学のカリキュラム変更を見据えて本書の準備を進めてきたのも事実ですが,そのための単なるテキストにはとどまらないことは前述した通りです.言語聴覚士が国家資格となったことで活躍の場と裾野が広がったように,心理士も国家資格になることで,広がりや人数が増えることが予想されます.この領域の心理士の数はまだ限定的ですが,本書をきっかけに興味をもち,臨床神経心理学に関わる人々が増えることを切に願っています.
 現時点では,公認心理師は名称独占です.すなわち公認心理師という名称こそ保証されてはいますが,資格をもっているからといってできることは何も保証されていません.結局のところ公認心理師が真に活躍できるか否かは,国家資格を得てからの自らの技能や知識向上に勤しむ必要があるということを意味しています.本書は入門的な位置づけで作成されているため,これから現場を目指す学生さんには実際の臨床の礎として,また既に現場を経験している方にはその確認として利用いただいたうえで,ぜひとも次の勉強につなげ,神経心理学のスペシャリストとしての力を付けてほしいと思います.
 最後になりましたが,臨床の視点と心理士へのエールを込めてご執筆を賜りましたご執筆者の先生方に深謝いたします.また,本書の企画・刊行には編集者である塚本あさ子さんの力に依るところが大きく,この場をお借りして感謝申し上げたいと思います.
 2018年3月吉日
 編者を代表して
 緑川 晶
 序文
序章 脳を損傷するとはどういうことか
 (三村 將)
 I.はじめに-脳損傷と神経心理学
 II.Person with brain damage
 III.脳損傷をもつ人との関わり−一期一会
 IV.脳損傷の検査・評価における心理士の役割
 V.脳損傷の治療アプローチにおける心理士の役割
 VI.神経心理学的リハビリテーション
 VII.おわりに−心理士として脳損傷に関わること
総論
1章 神経心理学とは
 (緑川 晶)
 1.神経心理学の背景
 2.神経心理学における重要な視点
 3.心理士と神経心理学
 4.チームアプローチにおける心理士の役割
 〈1章Q&A〉
2章 脳神経系の構造と機能
 (長田 乾)
 1.神経解剖学の基礎知識
 2.神経機能の基礎知識
 3.脳の画像診断
 〈2章Q&A〉
3章 神経心理学的症候をもたらす原因疾患
 (1)脳血管障害,頭部外傷,脳腫瘍(冨田栄幸)
  1.脳血管障害
  2.頭部外傷
  3.脳腫瘍
  〈3章(1)Q&A〉
 (2)脳炎,低酸素脳症,神経変性疾患,精神疾患等(船山道隆)
  1.脳炎
  2.低酸素脳症
  3.てんかん
  4.神経変性疾患
  5.発達障害
  6.精神疾患
  〈3章(2)Q&A〉
4章 アセスメントの基本
 (山口加代子)
 【CASE】
 1.神経心理学的アセスメントとは
 2.神経心理学的検査の考え方
 3.神経心理学的検査の手順
 4.心理的障害に対するアセスメント
 5.家族のアセスメント
 6.アセスメント結果を伝える
 〈4章Q&A〉
5章 支援の基本
 (山口加代子)
 【CASE】
 1.支援の流れ
 2.神経心理学的リハビリテーション
 3.支援が目指すこと
 〈5章Q&A〉
6章 他領域との協働
 (四ノ宮美惠子)
 【CASE】
 1.臨床神経心理学とチーム医療
 2.連携のとり方と留意点
 3.連携における心理士の役割
 〈6章Q&A〉
7章 研究としての神経心理学
 (月浦 崇)
 1.神経心理学的研究を実施するために知っておくべきこと
 2.神経心理学の研究方法の実際
 【CASE】
 3.神経心理学の研究を社会へいかすために
 〈7章Q&A〉
各論
8章 症候の理解(1) 注意障害
 (平林 一)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.注意障害の評価
 3.注意の神経基盤と注意障害
 4.注意障害への介入・支援
 〈8章Q&A〉
9章 症候の理解(2) 記憶障害(健忘症)
 (緑川 晶)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.記憶障害の評価
 3.記憶障害への介入・支援
 〈9章Q&A〉
10章 症候の理解(3) 遂行機能障害
 (上田幸彦)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.遂行機能障害の評価
 3.遂行機能障害への介入・支援
 〈10章Q&A〉
11章 症候の理解(4) 失語症
 (春原則子)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.失語症の評価
 3.失語症への介入・支援
 〈11章Q&A〉
12章 症候の理解(5) 失行・失認・脳梁離断症候
 (早川裕子)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.失行・失認・脳梁離断症候の評価
 3.失行・失認・脳梁離断症候への介入・支援
 〈12章Q&A〉
13章 症候の理解(6) 社会的行動障害,情動障害
 (先崎 章)
 【CASE】
 1.社会的行動障害の理解
 2.社会的行動障害への対応
 3.情動障害の理解と対応
 4.脳損傷後の精神症状の様相と対応
 〈13章Q&A〉
14章 高齢期の問題(認知症)
 (小森憲治郎 内田優也)
 【CASE】
 1.高齢社会における問題点
 2.認知症の理解
 3.認知症の評価
 4.認知症への対応・支援
 〈14章Q&A〉
15章 小児・思春期の問題
 (太田令子)
 1.発達障害と小児期の高次脳機能障害
 2.アセスメント
 3.それぞれの障害像(広汎性発達障害,注意欠陥・多動性障害,学習障害,後天性脳損傷)
 【CASE】
 〈15章Q&A〉

 付録
  神経心理学に関わる諸制度(玉井創太)
  介護保険 障害者手帳 障害者総合支援法 後見制度 家族会,当事者会

 コラム
  高次脳機能障害は学術用語か行政用語か(緑川 晶)
  てんかんの神経心理学(四郎丸あずさ 小野賢二郎)
  軽度外傷性脳損傷(四郎丸あずさ 小野賢二郎)
  自動車運転のための評価と手順(加藤徳明)
  神経心理学の知識はこんな現場で役立つ(緑川 晶)
  軽度外傷性脳損傷と関連症状(先崎 章)
  障害を上手に説明するためのテクニック(先崎 章)
  フィネアス・ゲージ(山口加代子)
  解離症群,詐病と高次脳機能障害の鑑別(先崎 章)

 索引