はじめに
　最近，炭水化物（カーボ）が注目を集めています．もっと厳密に言えばカーボの摂取不足に注意が払われるようになってきました．現在，さまざまな低炭水化物ダイエットが流行して（これらは厳格な科学的根拠に裏付けられていないことに気づくべきですが），食料品店に行ったり，レストランで食事をしたり，新聞を読んだりするときに，カーボという言葉を聞かないということはなくなってきています．しかし，糖尿病患者にとっては，カーボに対する配慮は格別に新しいことではありません．インスリンが発見される前の初期の食事療法ではカーボの摂取を厳しく制限していました．その歴史を経て，わたしたちのカーボに対する理解は改善されています．長い時間をかけて研究が進み，カーボが血糖の変動にかなり大きな影響をもつことが明らかになったのです．最終的には，砂糖だけではなくカーボのすべてが血糖に影響をもつことが示されるようになりました．その歴史を振り返ると，カーボの内容とインスリン（内因・外因性のいずれであっても）の処理能とを合わせることが，糖尿病の治療に対する主な挑戦のひとつであったのです．
　この考えかたは理解しやすいものです．しかし，この理論を実践に適用しようと努めた人が経験したように，それはきわめて困難なことだったのです．実践に際して数々の疑問が心に浮かんできます．たとえば，カーボとは何なのか．どのような食品がカーボを含んでいるのか．人はどのくらいの量のカーボをとるべきなのか．どのようにしてカーボをカウントするのか．そして，おそらく究極的には，どのようにカーボのカウントが糖尿病の療養に役立つか，といった疑問です．このように，最初は簡単なことのように思っていたことにいろいろな疑問が湧き出て積み重なり，圧倒されてしまうのです．
　幸いにも，今回は「カーボカウンター」になる好機です．カーボカウントを望む者にはそれを助けるいろいろな情報源があります．食品に含まれるカーボの量を詳しく示した栄養領域の情報，たとえば，食品の包装にある栄養に関する表示，飲食店の小冊子，ウェブサイトでの一覧，カーボをカウントする書籍の便覧からの情報は広く利用できます．アメリカ糖尿病協会からの出版物も含みますが，多くの料理本が調理のための栄養関連情報を示しています．カーボカウント応用編の重要な道具として，カーボの計量器具もウェブサイトから注文できます．言い換えれば，カーボカウンターとして利用できる道具や支援は無制限にあるわけです．残念なことに，これらの道具はしばしばうまく利用されていません．最近の研究では，カーボカウントを実行する人の多くは自分たちが現実に食べているものを間違って評価していることが判明しました．この結果は，道具や支援は効果がないのではなく，むしろそれらが効果的に使用されていないことによると私は考えています．
　さらに，道具や支援というのはあくまでそれ以上のものではないということです．これらは方法ではないのです．かなづちとのこぎりをもっているということが現実に建築できることを保証しないのと同じです，この状況を改善するには，綿密な計画に相当する青写真を必要とします．有効なカーボカウントのプログラムを打ち立てるためには，この本を青写真と思ってください．この本では，わかりやすくて実施しやすい，あらゆる糖尿病の療養に合わせたカーボカウントの提案がしてあります．どのようにカーボが血糖に影響を与え，どのように道具を利用し，なぜ異なったカーボが体内で異なって働くかなど，多くのことを説明してあります．そして，簡単に習得するためのヒントやコツを提供しています．可能なかぎり無理なく勉強できるように，明快で理解しやすい形で記述するようにも努めました．
　繰り返しになりますが，新しくカーボカウンティングを始める人はしばしばたくさんの疑問を抱いてしまいがちになります，しかし，これらの疑問は2つに集約されます，なぜカーボをカウントするのか，そして，どのようにしてカーボをカウントするのかです，2つの質問に対する答えは，この本のなかで見つけることができるでしょう．
　Irl B.Hirsch，MD
　2004年6月
　シアトルにて