やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば

 VAMFIT(変動経絡検索法)なることばを初めて耳にしたとき,何か妙な違和感を覚えました.経絡治療を標榜してきた者であれば,漢字で書かれたものにはすぐ順応できますが,横文字で書かれたものには馴染みが薄く,いくら説明を聞いても素直に入っていけないものです.これが初めて木戸先生が経絡治療学会の学術大会で発表されたときの最初の印象でありますが,それ以後学術大会で毎回VAMFITによる症例解析を発表され,内容の理解が深まると本当の意味で東洋医学に立脚したものであることが納得でき,すばらしい研究であると感心させられました.
 経絡治療は四診(望診・聞診・問診・切診)により決定された証に随い治療を行う随証療法を特徴としています.VAMFITは経絡治療の診断のうち,とくに難解な切診において威力を発揮します.切診では脈診・腹診・切経などを行い,脈(脈状診・六部定位診)や腹部の拍動・寒熱虚実,経絡上の知覚・温感などから,どの経絡に病変があるかを診断しますが,その診断評価は熟練度によって大きく違ってきます.この切診が,VAMFITを使うことによって,初心者でもたやすく修得できるのです.
 本書は様々な角度から経絡と経穴の関係を考察しています.背部兪穴と後頸部の関係における新見解を提示し,経脈・経別・絡脈を陰陽一対で総合図化して経絡系統の全体を把握できるようにするなど,今までにない試みが見られます.また,奇経八脈や十二経筋にオリジナルな解釈と運用法を展開し,さらに,天・地・人の三才思想を系統的に治療体系化したことも高く評価できます.これらのまったく新しい手法や理論が,これからの鍼灸界に与える影響は計り知れないことでしょう.詳しい内容は本文を熟読して下さい.
 鍼灸医学は伝統医学であり,長い歴史があります.それゆえに理論が複雑になったり,矛盾が沢山あったりし,体系化することが大変困難な医学です.経絡治療はそんな鍼灸医学にあっても比較的シンプルな診断治療システムといえますが,今回木戸先生が提唱されたVAMFITを導入することで,評価基準がより明確になると期待しています.
 膨大な鍼灸医学をシステム化するために貢献されましたことに感謝いたします.

 平成15年7月4日
 経絡治療学会
 会長 岡田明三


推薦の序

 “豪放と繊細” 今般,『変動経絡検索法』を出版される木戸正雄先生を一言でいえば,冒頭の表現となります.学校法人花田学園の常勤教員および,財団法人東洋医学研究所の主任研究員としての職務の傍ら,少林寺拳法部の顧問を務め,自身有段者として指導にあたる剛毅かつ心優しいナイスガイです.人を引き込んでやまない,魅力に富んだ素晴らしいキャラクターを有し,カリスマ的独特の世界を形成しています.
 かねてより,学生や教職員室での『木戸マジック』なる言葉に,いささか興味をひかれていました.カリスマ性を有する人望なのか,あるいは,マジシャンのように種も仕掛けもありの成せる技なのか,それらを超えた時空の中に在る独特の天才的治療家としての感性なのか,恐らくそれら全ての上に成り立つ世界なのでしょう.その治療は受ける者をして感動的成果を享受させることとなり,魅力に取り付かれること請合いです.
 学校の教員には,当然のこととしてまず教育者としての能力のほか,臨床家としての能力,研究者としての能力,担任としてのクラス運営の能力と4つの主だった能力が要求されます.木戸先生は,それに加え近年,学校運営の管理職として,まさに八面六臂の活躍をなさっています.
 また,日頃から古典的アプローチの大切さに着眼されていました.その技法が,学生を初めとし,多くの臨床家にとって,普遍的で使いやすい鍼灸診断技術となり得るように,経絡治療のエビデンスを求め,MRIや超音波を通じての検証等,研究に没頭され,さらに学校勤務の終了後も,岩田鍼院の副院長として臨床の研鑽を通じ豊富な臨床経験を重ねられました.そのエネルギーたるや私から見ていても,驚嘆に値するものです.その源泉はスポーツを通じての強靭な体力と,明晰な頭脳,さらに物事に対する真摯な取組みから生まれてくるものであると拝察します.
 その木戸先生が,永年に亘る研究成果の集大成として,今回の上梓をなさったことに心から敬意を表し,賛辞を呈します.
 今回の出版を契機に,さらに経絡治療における普遍的アプローチを追求し,21世紀における東洋医学の普及発展に貢献されることを祈念し,推薦の序とさせていただきます.

 平成15年7月吉日
 財団法人 東洋医学研究所
 学校法人 花田学園 日本鍼灸理療専門学校
 理事長 櫻井康司


はじめに

 経絡治療学会では「経絡治療」を,すべての疾病を経絡の虚実状態として把握し,それを主に鍼灸でもって補瀉して治癒に導く伝統医術であると定めている.それは経絡治療が古典医学の原典『黄帝内経』(『素問』,『霊枢』)の説く臓腑経絡学説を生命観・健康観・疾病観に則って運用する治療法を目標としているからである.
 この経絡治療を実践するためには,陰陽,五行,気,血,津液,虚実,臓腑,経絡などの基礎理論と病因,病理,病証に精通していなければならないし,高度な診察や治療技術の習得も必要となる.しかし,これを一朝一夕で身につけられるわけではない.
 従来の経絡治療では根本治療を本治法と呼び,それ以外の局所を含む治療を標治法とし,以前から局所に対しては標治法が,全身の調整に対しては本治法が効くといわれてきた.もし,主訴に対しては標治法で対応しているとなれば,治療のうち少なくとも半分を占める施術は個人の経験と力量に任されることになってしまう.この経絡治療のばらつきが流派や個人によって実に様々な治療のバリエーションを生み出すことになった理由でもある.もちろん,先人たち,名人と呼ばれた氏方が本治法のみの刺鍼で満足な効果を得ていたことは私たちも見聞きしてきた.しかし,これはもともと持っている素質と感性,気のパワーが常人とは違う方々ばかりである.では,これらを持ち合わせていない凡人である私たちは標治法の技術をどう身につけていけばよいというのか?
 数多い標治法のバリエーションのなかからどれを選ぶのかも,どの経絡の,どの経穴に,どの順番で,どの程度の鍼を,どういった手技で刺すのか,そしてどこで治療を終了すればいいのかまですべてその施術者の経験と感覚(第六感を含む)に任されているという現状のままでは,愁訴に対応した膨大な数の特効穴や経穴の特性を覚えなければならなくなる.暗記の得意な人にはいいかもしれないが,それが効くという保証はなにもない.効果がなかった場合,次から次へ打つ経穴を変えていくことになり,そんな経穴の特性を暗記したところで労の多いばかりで役に立つとも思えない.
 本治法の技術と標治法の技術をともに向上させるためには何が必要なのだろうか.それはそのどちらにも通用する治療システムを学ぶことである.このシステムは一定の治療指針と指標を示していなければならない.
 私たちは古典医学のなかにその答えを見つけた.それは実に単純で明快なことであった.
 つまり,経絡治療の基本に戻り,『黄帝内経』(『素問』,『霊枢』)の臓腑経絡学説を忠実に鍼灸治療に実行していくことである.
 人間の身体は経絡が気血営衛を運行させることによって養われている.この経絡が正常に働いているかぎり,人体は健常でいられるが,経絡の一つにでも異常が起これば疾病となる.すなわち治療とは,この変動経絡を正すことであり,それがすべての疾病を治癒に導いていく方法なのである.しかし診断が難しいのは,疾患はかならずしも直接その流注経絡や臓腑にあるとは限らず,他の臓腑経絡への波及から現れてくる場合も多いからである.
 経絡治療学会では従来からの経絡治療の治療体系の再構築とレベルアップを目標に学際的な研究がなされてきた.これらを整理したものが1997年に『日本鍼灸医学』(経絡治療学会)として刊行された.ここではじめて,臓の精気の虚である“基本証”から寒熱が発生して,各臓腑経絡に波及していき愁訴を発現させることから,基本寒熱証に対する補瀉を本治法と呼び,それ以外を寒熱波及経絡の治療を含めて標治法と呼ぶことになった.この臓の精気の虚と各臓腑経絡への寒熱の波及の診断には比較脈診,祖脈診,脈位脈状診が必要である.これらの脈診のなかでもとくに脈位脈状診は高度であり,習得するまでの道程は長い.しかし,本治法と標治法の新しい区分により,一見複雑そうにみえる診断法と治療法がうまく整理されている.区分を一つずつ診断していけば,高度な技術の習得がなくても治療ができるということである.ここが経絡治療のすばらしいところである.
 基本証の決定の切り札となる六部定位の比較脈診は,正しい脈診訓練法によって誰でも習得が可能である.基本証の診察ができれば,あとはそこから発生する寒熱がどの経絡に波及しているかを診断すればよいだけであるから,愁訴に関わりの深いところを検索するだけでよい.ただ,変動経絡を見つけたとしても,1本の経絡上にはいくつもの経穴が並んでいる.どの穴を選択すればよいのか,その経絡の調整は1つの経穴でよいのか,あるいは,複数穴を使用するとして何穴打てばよいのか,その手技は何を選択するのか,治療の終了の目安は何にするのか,と迷いは尽きない.実はこれらのことは経験を積むうちに解決するものであるが,経験の少ない者にとって時間が解決するというのはある意味では酷であろう.私たちは後進への指導のなかで,治療手順が決まっていないと初心者にとって学びにくいことを知り,臨床で確認する作業を積み重ねることで治療手順の原則を確立していった.
 そして寒熱波及経絡の最良の検索法,治療法として,私たちが見つけた答えが“VAMFIT”(Variance Meridian Finding Test & its Treatment)である.
 すべての疾患は臓の精気の虚から起こるわけであるから,第一に基本寒熱証を本治法として施術することを考え,第二にそこから発生した寒熱の波及部位に対する施術をすることで治療に一貫性ができ,本治法と標治法が別々の独立したものではなく連続した治療法になるのである.
 私たちは,VAMFITが病の原因になっている経絡の変調を整えるという東洋医学の根底をなす治療法であり,誰にでも簡単に実践できるシステムであると自負している.「難しいことを易しく,易しいことを深く,深いことをおもしろく教えないと,人には伝わらない」とは作家永六輔氏の言葉である.本書では,せめて易しく,シンプルにと心掛けた.この書が後学の諸氏や,これから経絡治療を志される諸氏のお役に立てれば望外の喜びである.
 推薦のことば 岡田明三
 推薦の序 櫻井康司

はじめに

第1章 VAMFITへの導入
 1.はじめに
 2.VAMFITの簡単体験
  〈頸部の痛みやつっぱり感を瞬時に取る〉
  〔頸部診断穴(頸入穴)と取穴部位〕
  〔診断確認穴(絡穴)と取穴部位〕
  〔治療穴(下合穴)と取穴部位〕

第2章 VAMFITの概説
 1.経絡の調整ですべての疾患を治療できる
 2.経絡治療における診断
 3.本治法と標治法
 4.愁訴をとるのには寒熱波及経絡への施術が有効
 5.動作に対応して変動経絡が決定できるか?
 6.頸部を診ることが全体を診ることである
 7.変動経絡が運動障害を起こす
 8.頸部で全経絡の診断ができる
 9.頸部は気街としても最重要部位である
 10.診断穴,治療穴としての頸入穴
 11.頸入穴と下合穴との位置的関係
 12.大絡と下合穴
 13.頸入穴と変位下合穴

第3章 VAMFITの実際
 1.VAMFITの運用法
  1)VAMFITに使用する要穴
  2)変動経絡(寒熱の波及している経絡)検索の仕方
  3)補助的変動経絡検索〔腰部のVAMFIT〕
  4)治療方式
   〔A.頸部付近に愁訴がある場合〕
   〔B.愁訴の部位(患部)が頸部以外の場合〕
  5)本治法への運用
 2.霊亀八法について
 3.治療効果の比較
  1)VAMFITと霊亀八法の比較
  2)本治法のみと本治法プラスVAMFITの比較
 4.VAMFIT運用上の留意点
  1)刺鍼による愁訴の変化の把握
  2)治療順序の原則
   (1) 本治法
   (2) VAMFIT
   (3) 患部への処置
  3)本治法の効果判定も頸部の変化で
 5.VAMFIT運用時の刺鍼穴の意義
  1)入穴=絡穴
  2)根穴=井穴
  3)溜穴=原穴
 6.症例
  症例1.上背部痛 32歳 女性
  症例2.膝関節痛 66歳 女性
  症例3.いわゆる五十肩 56歳 男性
  症例4.咽頭痛 26歳 女性
 7.症例のまとめ
  1)いわゆる五十肩の例
  2)複視の例
 8.VAMFITの利得
 9.脈位脈状診の訓練に活用
 10.この章 のまとめ

第4章 霊背兪穴VAMFITと刺熱穴VAMFIT
 1.頸部膀胱経で行う治療の簡単体験
 2.頸部に膀胱経一行線の穴がある
 3.頸部後側に大杼・風門・肺兪・厥陰兪・心兪がある
 4.2種の背兪穴を使い分ける
 5.刺熱論における督脈上の兪穴
 6.霊背兪穴VAMFITと刺熱穴VAMFIT(霊背兪穴・刺熱穴の診断と治療)
  〔霊背兪穴VAMFIT:霊背兪穴診断と治療〕
  〔刺熱穴VAMFIT:刺熱穴診断と治療〕
  〔体前屈兪穴検索法〕
  〔頸椎の触診〕
 7.症例
  症例1.ドケルバン病 34歳 女性
  症例2.普通感冒 24歳 女性
  症例3.咳嗽 34歳 男性
  症例4.胃痛 28歳 男性
  症例5.腰痛 30歳 女性
  症例6.背部痛 31歳 男性
  症例7.頭痛と咽頭痛 32歳 女性

第5章 VAMFITの応用
 1.正経十二経以外の寒熱の波及部位
 2.奇経八脈への応用
  〔奇経治療の例〕
  症例1.腰痛 34歳 男性
  症例2.上肢痛 54歳 男性
  症例3.寝違え 34歳 女性
  症例4.腰痛 45歳 女性
  症例5.めまい 31歳 女性
  症例6.背部痛 34歳 男性
 3.陰陽一対療法
 4.十八絡脈・十二皮部への応用
 5.十二経別への応用
 6.経脈・絡脈・経別流注図
 7.十二経筋への応用
  「痛を以て兪と為す」の意味するところ
  経筋運動治療の例

第6章 天・地・人のシステム(VAMFITと併用したい治療システム)
 1.気街と天・地・人
 2.動脈拍動部と衝脈の気街
 3.気街システム完成のヒント
 4.連結部は重要部位
 5.八虚,八谿,大谷十二分は連結部
 6.小宇宙としての人間
 7.「天・地・人」治療システムの原則
 8.臍は小宇宙としての人体の中心
 9.「標幽賦」の天・地・人
 10.四総穴の天・地・人との対応
 11.三焦は「天・地・人」の「人(体幹)」
 12.三焦の治穴
 13.症例
  症例1.腹痛 27歳 女性
  症例2.上腹部痛 46歳 女性
  症例3.気管支喘息 12歳女性
  症例4.生理痛 41歳 女性
  症例5.咽頭痛 22歳 女性
  症例6.顔面痛 48歳 女性
 14.VAMFITと天・地・人の交点の運用例
 15.刺鍼の深浅の天・地・人
 16.刺鍼してよい経穴(刺鍼要求穴)と刺鍼してはいけない経穴(刺鍼拒否穴)
 17.治療家の心得

おわりに
 参考文献
 索引