やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序文
 中国伝統医学では,患者さんの病態を診断する上で,現代医学と同様な診断の概念があります.「診」とは診る,「察」とは観察して身体の情報を理解し,病態を判断し,分析することです.正確な治療をする前提には,必ず的確な診断を行わなければなりません.
 伝統医学では診断の方法を四診とよびます.伝統医学の診察は,現代医学のような素晴らしい精密機器を用いるのではなく,望診,聞診,問診,切診の四つの診察技術を用いて診断します.四診の特徴には,コミュニケーション能力が必要とされる「問いかけによる情報の収集」や,集中力が要求される「視覚で確認すること」はもちろんのことですが,そこには研ぎすまされた感性で「触れて知る」という,精密機械では読み取ることができない,身体に隠された繊細な情報を熟知するところにあります.
 本書は2003 年に初版を上梓して以来,版を重ね,学生諸氏を初めとし,多くの教育者,臨床家の先生方に愛読していただきました.医書『黄帝内経』の成立以降,伝統医学は中国の近隣諸国にとどまらず,欧米でも伝統医学の研究所や,鍼灸や漢方を専門職として取り扱う養成機関が増設され,そこには中国伝統医学の理論と実践方法を,臨床現場に取り入れて実用化させ,それぞれの国で,独自の伝統医学の一部として市民権を得る状態にまで至っています.さらに中国伝統医療文化における研究分野も,理系,文系を問わず,その裾野は広がりを見せる現状にあります.
 古代から継承され続けた伝統医学的診断法は,歴代医家らにより紡ぎ出された珠玉の記録書であり,これらは人類の遺産として今後も研究が重ねられ,後世に受け継がれることでしょう.
 今回の第2 版改訂版の特徴を上げると
 (1)初版の中医診断学にはなかった,八綱,気血津液,蔵府,経絡等々の弁証学を加えたことにより,四診を弁証学へと結び付け,病証をより深く理解し,臨床現場で弁証ができるようにしました.
 (2)初学者でも容易に弁証するための「ピラミッド弁証法」と,専用の弁証シートを付け加えました(詳しくは『入門・目で見る臨床中医診断学』医歯薬出版にも記載).
 なお,本書は中国伝統医学に則る蔵象学理論に軸足を置いているため,現代医学的な解剖学上の「臓」「腑」の意味と混同を避けるために,「臓」「腑」という用語を『黄帝内経』に基づき「蔵」「府」で統一しました.
 本書に使用した表紙や扉絵などは,著者が北京の紫禁城(故宮博物院)や,杭州の胡慶余堂を巡り,現存する当時の資料を撮影したものの一部を紹介しています.伝統医学を知る上で参考にしていただければ幸いです.また,本書は公益社団法人東洋療法学校協会編『新版・東洋医学概論』『東洋医学臨床論(はりきゅう編)』の補助教材として,随所に詳細な内容が網羅されています.不十分な点もあるかもしれませんが,今後,読者のご意見を頂きながら加筆を行う所存です.
 2016 年5 月
 王 財源

はじめに
 深夜,大学から帰宅する列車の中で,隣りの席でこくりこくりと居眠りをしている若者がいた.膝の上には一冊の医学関係の書物がのっていました.どんな本なのか目を凝らしてみると,現代医学の診断学でした.たぶんアルバイトをして自宅に帰る途中だったのか,冷めかけた肉まんがバッグの口から顔をのぞかせていました.
 帰宅後「東洋医学には診断学の本があるのかなぁ?」という疑問がふと脳裏をかすめ,東洋医学的な病証を考える前の,鍼灸や漢方の診断書がまだないのではと,過去にも多くの卒業生が「どうやって患者を診ればよいのかわからない!」と訴えていたのを思い出しました.
 中国医学の影響を強く受けた東洋医学には,四診と呼ばれている診断方法が存在します.これは先人らが,人体の変化を詳細に観察して,経験と実践の積み重ねにより築き上げた学問です.その基本的な原則は体表から体内を診察することです.わたしたちは患者さんの体内から体表に送られているシグナルを通して「何を,どう考えるか?」ということについて,多くの情報を分析し,これらの因果関係を明らかにしていくことで,治療原則と治療方法が生み出されてくるのです.このことは誰もが授業で学んだことだと思います.しかし,学生や卒業生のみなさんから「どのように患者を診て,どのように考え,どのような治療を行えばよいのでしょうか?」という質問をよく受けます.体から出るさまざまな情報から何を考えていくか.これが初学者にとってはたいへんに苦労することなのです.
 診断学は弁証を行ううえでの情報源として,証を決定するための必要不可欠な材料でもあり,病証を決定することで,治療手段の選択を行う基準がここで作られます.しかし,中医学には多くの診察方法があり,すべてを網羅するのには情報量があまりにも多くなりすぎ,その診療する手段が必ずしも実用的とは言えません.そこで学校協会推薦の指定教科書などから,基本的なものに的を絞り,鍼灸,漢方で活用できるようにしてみました.
 臨床現場での声に耳を傾け「生きた診断学を伝え,弁証に結びつけることが可能な手引き書」を作りたい,これが本書の生まれるきっかけとなりました.原稿は仕事の後や,宿泊先のホテルなどで少しずつですが深夜遅くまで執筆作業を進めました.
 瞬間,瞬間に変化する人間の生命を東洋医学的にとらえ「いかに弁証するか!」その指標を四診から収集した情報を,治療手段へと活用できる書としてお伝えできれば幸いです.また,読者の方がたのご要望,ご意見をいただけることを願っています.
 本書の出版にあたり多くの方がたにお世話になりました.特に扉絵作品を快く提供してくださった上海中医薬大学の楼紹来先生,お世話になった本学卒業生の川野原亜樹さん,大谷泰弘さん,担当編集者の医歯薬出版の吉田邦男氏にこの場を借りて謝辞申し上げます.
 (※なお,引用文献は後頁に一括掲載した.詳しくは原書を参照されたい)
 2003 年6 月
 王 財源
 第2 版 序文
 はじめに
巻頭カラー図譜
 舌診の症例
 舌診:舌色の変化を診る
第一章 基礎概論
 小宇宙の縮図である人体が体外にシグナルを送るという考え方
 A.体の情報を知る診断方法
 B.東洋医学とは生活方法
 C.体表面から体内をみる東洋医学
 D.部分が全体に,全体が部分に集約される東洋医学
 E.中国古代の自然哲学−陰陽学説
 F.「治病求本」のための診断学
 G.「四診合参」は診断学の基本
第二章 診断学の基礎
 内にあるものは必ず外に現れる
 A.内的な変化は外的なものとして現れる−人体のなかの五蔵六府
 B.外部との通路である「五識」
 C.痛みとは異常を伝える「体からのSOS」
 D.弁証でなにがわかるか
 E.急則治標,緩則治本という考え方
 F.異病同治,同病異治という考え方
 G.症候,体質,病態から割り出す鍼灸・漢方治療の指針−証について
 H.現代人の心のすき間を狙う鬱証とはどういうものか
第三章 病因論
 環境と人体,精神との因果関係を探る法則
 A.病を引き起こす原因を追及する「病因論」
   外部からわたしたちの体を侵す六淫(外因)
 B.外部から疾患を誘発させる外感六淫
   風
    内風と外風を区別する!
   寒
    内寒と外寒を区別する!
   湿
    内湿と外湿を区別する!
   熱(暑)
   燥
   火・熱
 C.内部から疾患を誘発させる内傷七情
   「喜」
   「怒る」
   「思う」
   「憂う・悲しむ」
   「恐れる」
   「驚く」
    1. 諸風掉眩,皆属于肝 2.諸寒収引,皆属于腎 3.諸気■鬱,皆属于肺
    4. 諸湿腫満,皆属于脾 5.諸熱■■,皆属于火 6.諸痛痒瘡,皆属于心
    7. 諸厥固泄,皆属于下 8.諸痿喘嘔,皆属于上 9. 諸禁鼓慄,如喪神守,皆属于火
    10. 諸痙項強,皆属于湿 11. 諸逆衝上,皆属于火 12. 諸脹腹大,皆属于熱
    13. 諸躁狂越,皆属于火 14. 諸暴硬直,皆属于風 15. 諸病有声,鼓之如鼓,皆属于熱
    16. 諸病■腫,疼酸驚駭,皆属于火 17. 諸点反戻,水液渾濁,皆属于熱
    18. 諸病水液,澄K清冷,皆属于寒 19. 諸嘔吐酸,暴注下迫,皆属于熱
 D.内生五邪
   内風
   内寒
   内湿
   内燥
   内熱・内火
第四章 弁証学
 四診情報をキャッチして弁証しよう!
 A.八綱弁証−疾病の綱領を知る
   弁証の要点
   正邪の闘争
 B.気血津液弁証−体内のエネルギー
   弁証の要点
   気血間の協調関係
 C.蔵府弁証−四肢百骸を栄養する工場
   弁証の要点 蔵府相関図
   八綱と蔵府の関係
    心(君主の官)・小腸(受盛の官) 肝(将軍の官)・胆(中正の官)
    脾・胃(倉廩の官) 肺(相傳の官)・大腸(伝導の官)
    腎(作強の官)・膀胱(州都の官)
   蔵府間病証
    心腎不交証 心腎陽虚証 心肺気虚証 心脾気血両虚証 心肝血虚証
    脾肺気虚証 肺腎陰虚証 肝火犯肺証(木火刑金証)
    肝胃不和証(肝気犯胃証,肝気鬱証) 肝脾不和証(肝脾不調証,肝鬱脾虚証)
    肝腎陰虚証 脾腎陽虚証
 D.経絡弁証−生体内外の情報伝達路
   弁証の要点
   手太陰肺経への証候分析
   手陽明大腸経の証候分析
   足陽明胃経の証候分析
   足太陰脾経の証候分析
   手少陰心経の証候分析
   手太陽小腸経の証候分析
   足太陽膀胱経の証候分析
   足少陰腎経の証候分析
   手厥陰心包経の証候分析
   手少陽三焦経の証候分析
   足少陽胆経の証候分析
   足厥陰肝経の証候分析
   督脈証候分析
   任脈証候分析
第五章 診断学各論
 望診・聞診・問診・切診について
   診断の種類
 A.望診
    舌診方法
  蔵府と舌の関係
   舌色を診よう!
    蔵府に実熱あるいは虚熱が存在した状態を比較してみましょう!
   舌の形と状態を診よう!
    舌の形態 舌の運動
   舌苔を診てみよう!
    苔の特徴を把握する 苔質の変化を知る
   舌質と舌苔の組み合わせで診断してわかることは!
   淡白舌をベースに考える
   淡紅舌をベースに考える
   紫舌・青紫舌をベースに考える
  人中診察法
   口唇の状態から何がわかるか
    病態を推測する唇の色 病態を推測する唇の形 病態を推測する人中
 B.聞診
   声音を聞こう
   言葉を聞こう
   呼吸を診よう
   咳嗽を診よう
   吃逆を診よう
   げっぷを診よう
 C.問診
   寒と熱を問いましょう−正常・寒・熱−いずれかを選択
   発汗を問いましょう−正常・自汗・盗汗・大汗・局所の発汗−いずれかを選択
   頭身痛を問いましょう−痛みの性質と痛みの部位,時間を確認
   胸脇腹の痛みを問いましょう
   耳目を問いましょう−耳鳴・耳聾・眼の痛み・めまい−いずれかを選択
   睡眠を問いましょう−正常・少ない・多い−いずれかを選択
   飲食と味覚を問いましょう−正常・なし・旺盛−いずれかを選択
   口渇を問いましょう−あり・なし−いずれかを選択
   大小便を問いましょう−回数・状態・量・感覚−いずれかを選択
    便秘について考えてみましょう 下痢について考えてみましょう
    小便を寒熱に分けて考えてみましょう
   月経を問いましょう−周期・量・色質・疼痛・帯下−いずれかを選択
    閉経 月経痛 崩漏 帯下 倦怠感の異常
 D.切診
  I−切経
  II−切穴
   兪募穴の反応を診る
   げき穴の反応点を診る
    げき穴上に出現する感覚異常
   原絡穴の反応を診る
   下合穴の反応を診る
    消化器系疾患の反応穴 呼吸器系疾患の反応穴 神経系疾患の反応穴
    循環器系の反応穴 産婦人科系の反応穴
   代表的な診察点と治療穴
    関元 腎愈 膏肓 心兪 合谷 尺沢 孔最
    太乙 大横 帰来 帯脈 維道 けつ盆 庫房
    気穴 大赫 膺窓 乳根 不容 梁門 せんき
    紫宮 兪府 ケ中 天突 華蓋 日月 曲骨
    腹通谷 石関 歩廊 幽門 外陵 大巨 神蔵
    神封 肓兪 中注 四満 横骨 淵腋 京門
    玉堂 建里 石門 中極 雲門 中府 水分
    陰交 厥陰兪 天枢 中かん だん中 中庭 鳩尾
    巨闕 上かん 神闕 気海 期門 章門 脾兪
    次りょう 肺兪 神堂 足臨泣 三陰交 温溜
    陽陵泉
  III−尺膚診病法
   尺膚とは前腕部にある診察部位
   『黄帝内経霊枢』論疾診尺篇第七十四に説かれている尺膚診病法
  IV−腹部診病法
   腹診時の具体的な操作方法
   腹診から得られる情報
  V−脈診
   健康人の脈−胃・神・根(脾・心・腎)
   脈診の部位と蔵府の配当
    脈診の分類
   脈診を行う際の指の力と姿勢
    七死脈
   脈状診が現している体内のシグナル
   脈状診でなにがわかるか考えてみよう!
    浮 沈 遅 数 滑 こう 渋 虚
    実 長 短 洪 微 緊 緩 弦
    革 牢 濡 弱 散 細 伏 動
    促 結 代 疾 大
 参考文献
誰にでもできるピラミッド弁証法
    身体にみえる羅針盤 ピラミッド弁証法 弁証シートを使おう!
資料−各疾患の鑑別法

 索引

 コラム
  気色と眼神てなぁに?
  六淫がまだよくわからない
  挟雑症状に注目
  寒の病
  陰寒内盛
  湿邪による病証
  寒湿の邪が内部に侵入して脾胃を損なう
  暑邪は湿邪と合体して「暑湿証」を形成
  陰虚内熱
  陽盛亢熱
  軽揚と善行而数変
  内寒の慢性化
  鼻煽気灼
  五軟
  余癧
  滑精
  失気
  舌の構造を教えて
  外感病証と内傷病証のいずれかに区別すること
  陰虚と陽虚のときに出現する舌の変化を考えてみよう
  滑・燥苔のいずれにせよ,陽虚がかかわっています
  「熱の象」か「寒の象」かを分けて考える
  舌診の注意事項を教えて
  十問歌
  お血って知っている?
  お血証が発生する原因を教えて
  脈診の何をとるか教えて
  脈取りのポイントを忘れないで
  左側関位が沈脈の主な証候
  こう脈の治療のポイント
  気と血の関係について教えて
  体液とこう脈との関係
  虚脈のこんなこと知っている?
  実脈の注意点
  左寸短脈の主な疾患
  右関微脈の主な疾患
  右尺微脈の主な疾患
  左寸弦脈の主な疾患
  左尺弦脈の主な疾患
  脈と蔵府の関係を教えて
  右尺弱脈の主な疾患
  右尺散脈の主な疾患
  左寸伏脈の主な疾患
  左関伏脈の主な疾患
  右寸伏脈の主な疾患
  六脈が伏脈となる主な疾患
  左尺結脈の主な疾患