やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 本書の出版に際して
 本書『鍼灸臨床最新科学―メカニズムとエビデンス』は,2000年に『鍼灸臨床の科学』が刊行されて後,飛躍的に発展をとげた鍼灸研究の成果を反映させるものとして刊行が計画された.『鍼灸臨床の科学』は,その当時,最新の研究成果をふまえた画期的なものであった.それから14年の年月が過ぎ,その間,鍼灸研究はめざましい発展を遂げた.特に鍼の臨床研究においては,ランダム化比較試験(RCT)論文数は急激に増加し,2013年には2000年の約5倍まで増え,その質も徐々に高まっている.さらに,質の高いRCT論文を使ったシステマティック・レビュー(SR)やそのデータを統合して解析するメタ・アナリシス(MA)の論文も飛躍的に増えてきている.
 最新の鍼灸臨床試験による研究成果の一部は,2007年に『エビデンスに基づく変形性膝関節症の鍼灸医学』,2010年に『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』として刊行された.両書は,(社)全日本鍼灸学会が主催した国際シンポジウムにおける講演内容を翻訳・編集したもので,世界の最先端の鍼灸臨床のエビデンスを紹介した画期的内容であり,医療関係者における評価はきわめて高かった.しかし,いずれも国際シンポジウムの発表原稿のまとめであることから内容的に難解なところがあり,その読者は限られた.そのことを踏まえて,本書の臨床編においては,最新のエビデンスの要点を分かりやすく解説することを重視した.
 臨床編の執筆者には,各臨床分野で活躍されている専門の先生方に原稿を依頼し,疾病の病態,臨床試験のエビデンス,鍼灸の作用機序を簡潔にまとめて頂だいた.これらの労作は,現在の鍼灸臨床のエビデンスを把握し,理解する上で極めて有用な知見を提供するもので,鍼灸師および鍼灸医学の教育・研究者はもとより,医師をはじめとする医療関係者にも鍼灸医学を正しく理解いただける内容となっている.一方,原稿枚数に制限があり,最新のSRやMAにまで言及できなかった例もみられることから,世界的に高い評価を受けている,コクラン共同計画のデータベースのSRから関連するものをピックアップし,「コクランレポート」としてその概要を紹介し,補完した.
 基礎編では,『鍼灸臨床の科学』以後の基礎研究の発展を反映するとともに,新たに課題として浮かび上がってきた,鍼の臨床試験におけるシャム鍼の問題やプラセボ効果の機序,日本の鍼の特徴としてあげられる“心地よさ”に関連した末梢機序や脳のfMRIによる機能画像解析など,最新の研究成果も取り上げ,組み入れた.さらにまだその解明には至らないものの,鍼灸医学の本態ともいうべき経絡・経穴に関しても,脳の機能画像解析や新たなテクノロジーを駆使したボンハン学説の再評価の試みなど,興味深い研究についても取り上げた.
 基礎編の執筆者には,基礎分野で活躍されている第一線の研究者に原稿を依頼し,鍼灸研究の方法論からメカニズムまで分かりやすくまとめて頂いた.
 このように,本書の製作に当っては基礎から臨床にわたる最新の研究成果をコンパクトにまとめ,現時点での鍼灸医学の最新のエビデンスを提供することを心懸けたが,紙面の関係から本書で取り上げることのできなかった疾患も多い.また,鍼の作用機序に関する分子レベルや遺伝子レベルでの研究も割愛せざるを得なかった.今後,本書に改訂の機会が与えられるようであれば,今回,収載できなかった項目を組み入れ,より充実した鍼灸医学専門書として成長させていきたいと願っている.
 いずれにしても本書がわが国の鍼灸医療の発展の基礎となるエビデンスを提供するものとして,多くの鍼灸医学に関係する人達が手元に置いて,臨床,研究,教育,学業に役立ててもらえれば,編者の望外の喜びである.そして,本書とともに既刊の『エビデンスに基づく変形性膝関節症の鍼灸医学』『エビデンスに基づく腰痛症の鍼灸医学』も併せて活用して頂き,医師をはじめとする多くの医療関係者が鍼灸医学への認識を新たにし,東西両医学の補完,統合を進める上で役立てて頂くことを願ってやまない.
 最後にあたり,本書の刊行に際し,執筆に協力していただいた先生方に衷心より御礼申し上げる.また,医歯薬出版の竹内大氏の鍼灸医学に寄せる熱い想いと適切な編集作業により,ここに上梓することができたことを心より深謝する.
 2014年8月吉日
 編者 川喜田健司,矢野 忠
基礎
1 鍼灸および鍼灸研究の現状
 第1節 世界の鍼灸事情と日本の鍼灸
  1.世界の主要国における鍼灸事情
  2.鍼灸を取り巻く国際情勢と日本における鍼灸事情の特殊性
 第2節 鍼灸研究の現状
  1.鍼灸基礎研究の現状
   1)鍼鎮痛の基礎医学的研究の現状
   2)学術論文数の推移と今後の課題
  2.鍼の臨床研究の現状
   1)ランダム化比較試験論文の質的評価
   2)コクラン共同計画によるシステマティック・レビューの現状
   3)PubMedにおける論文数の推移
  3.コクランレポートを理解するために
   1)forest plotについて
   2)コクランレポートで採用したforest plotについての留意事項
2 鍼灸臨床研究の方法論
  1.鍼灸刺激の方法について
   1)皮膚や深部組織に存在する各種感覚受容器について
   2)毫鍼刺激に反応する受容器について
   3)各種鍼刺激手技のもつ意味
   4)臨床試験で用いられている鍼灸刺激法について
  2.研究デザイン
   1)比較試験
   2)ランダム化比較試験とシステマティック・レビュー
   3)n-of-1試験
  3.鍼灸研究のエビデンス
   1)エビデンスの強さについて
   2)鍼の特異効果について
   3)シャム鍼
   4)STRICTAについて
3 鍼鎮痛のメカニズム
  1.鍼灸刺激の末梢受容機序―ポリモーダル受容器仮説を中心に
   1)鍼灸刺激で興奮する各種体性感覚受容器
   2)ポリモーダル受容器に発現している受容体と細胞内シグナル伝達の機序
   3)ポリモーダル受容器の反応特性
   4)ポリモーダル受容器と圧痛点,トリガーポイント,ツボの関連
  2.内因性痛覚抑制機構とその賦活系について
   1)脳内刺激誘発鎮痛効果の発見
   2)内因性オピオイドの発見
   3)内因性鎮痛系の賦活系について
  3.末梢性鎮痛機序
   1)オピオイド受容体が関与する末梢性鍼鎮痛効果
   2)アデノシン受容体が関与する末梢性鍼鎮痛効果
  4.経絡経穴研究の現状
   1)経絡の機能学的研究
   2)経絡の形態学的研究
   3)経穴と圧痛点・トリガーポイントの関連
  5.プラセボ効果
   1)プラセボ効果とは
   2)ホーソン効果
   3)臨床試験とプラセボ効果
   4)シャム鍼の生理活性
   5)プラセボ効果の基礎医学的研究
4 鍼灸刺激の生体調節機能に及ぼす影響とそのメカニズム
 自律神経系
  1.下部消化管
   1)鍼刺激による結腸運動促進のメカニズム
   2)鍼刺激による結腸運動抑制のメカニズム
   3)足三里への鍼刺激効果の相反性のメカニズム
  2.胃機能
   1)胃運動に対する鍼の作用と機序
   2)動物の胃酸分泌に対する鍼の作用と機序
   3)ヒトの胃酸分泌に対する鍼の作用と機序
  3.鍼灸刺激による循環反応
   1)鍼灸刺激と血圧・心拍数反応
   2)鍼灸刺激と副腎髄質カテコールアミン分泌反応
   3)鍼灸刺激と臓器血流反応
   4)鍼灸刺激と大脳皮質局所血流反応
  4.鍼灸刺激の筋血流への影響
   1)鍼刺激の筋血流増加の機序
   2)一酸化窒素の血流増加作用
   3)筋血流増加に関与するその他の因子
 内分泌系
  5.ストレスホルモン
   1)体性刺激と副腎髄質ホルモン分泌
   2)体性刺激と視床下部―下垂体―副腎系への影響
  6.オキシトシン
   1)オキシトシンとは
   2)オキシトシンと体性刺激
   3)オキシトシンと鍼刺激
 免疫系
  7.NK細胞とサイトカイン
   1)神経系と免疫系の関係
   2)鍼灸刺激によるNK細胞の活性化とサイトカインの放出
   3)獲得免疫と鍼刺激
   4)内因性オピオイドと免疫活性
 情動系
  8.心地よさを伝える神経線維
   1)低閾値機械受容性C線維の適刺激
   2)中枢神経機構
   3)LTM-Cの生理的意義
  9.抗酸化作用,抗ストレス作用
   1)酸化ストレスと抗酸化作用の基礎
   2)鍼灸刺激が酸化ストレスに及ぼす影響
   3)運動誘発性酸化ストレスに対する鍼刺激の影響
   4)健常成人や正常ラットを用いた酸化ストレスを指標とした鍼や灸の影響
  10.鍼の脳への働き(脳機能画像解析)
   1)鍼灸刺激で活性化される脳部位
   2)経穴の特異性の解明
   3)fMRIによる脳機能の画像化の意味とその限界
臨床
5 主要症状・疾患のエビデンスとメカニズム
 第1節 内科系/主要症状および疾患
  1.高血圧症
  2.慢性閉塞性肺疾患
  3.便通障害(過敏性腸症候群)
  4.頭痛
  5.疲労
  6.冷え症
  7.アトピー性皮膚炎
  8.関節リウマチ
  9.シェーグレン症候群
  10.レイノー現象(レイノー症状)
 第2節 外科系/主要症状および疾患
  運動器系
   1.頸椎症
   2.肩こり
   3.五十肩(肩関節周囲炎)
   4.腰痛(腰下肢症状)
   5.変形性膝関節症
   6.線維筋痛症
   7.筋・筋膜性疼痛症候群
   8.テニス肘
   9.シンスプリント
  泌尿・生殖器系
   10.月経困難症
   11.更年期障害
   12.不妊症
   13.つわり
   14.骨盤位
   15.排尿障害
  感覚器系
   16.視力向上
   17.耳鳴
   18.アレルギー性鼻炎
   19.顔面神経麻痺

 索引