やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

MIに関心を寄せてくださった皆さんへ
 皆さんはこれまで,対応が難しく,何ひとつ行動が変わらない人を目の前に,困ったなぁ,どうしようとかと思ったことはありませんか? 多くの方は,専門家として患者さんの健康と幸せを願いかかわっています.もし,皆さんが患者さんに寄り添おうとしているのにうまくいかない,指導や助言が相手に届かないなど,これまでのアプローチに少し限界を感じ,歯がゆい思いをしているのであれば,この本が役立つはずです.
 さらに,患者さんに主体的に治療に加わってもらいたい,患者さんと協働的に治療を進めたいと模索している臨床家の皆さんにとっても,本書を読み進める中で,その手掛かりをみつけることができると思います.
 ここでは,動機づけ面接(Motivational interviewing:MI)という会話のスタイルを皆さんに紹介しています.MIは面接技術であり,APA(American Psychological Association:米国心理学会)の第12部会(Society of Clinical Psychology)においてアルコール依存症や薬物乱用に対する有効な手法として認められています.さらに,米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)と欧州糖尿病学会(the European Association for the Study of Diabetes:EASD)によるコンセンサスステートメントにおいて,2型糖尿病における患者中心の血糖管理と意思決定サークルに組み込まれています.
 本書では,臨床家である皆さんが,どのような心構えで,どのようにかかわると,患者さんの行動変容を促し,実践につなげ,継続を支援できるのかを紹介しています.以下は,これまで寄せられた数多くのMI実践者の声の一部です.MIを臨床で活用するようになると,具体的にこれらの変化を体験することができると思います.
 *患者さんからの質問や発話が増える
 *患者さんが自分から進んで計画するようになる
 *患者さんの治療からのドロップアウトが減る
 *面談が脱線しなくなり,堂々巡りがなくなる
 *面談時間が短くなる
 *面談者自身,面談が楽しくなり,充実感がもてる
 *患者さんから声をかけられる頻度が増える
 *面談者自身の面談ストレスが減る
 本書の事例は,糖尿病を中心とした生活習慣病の事例が大半ですが,第一部の各章には,日常会話を例にMIを解説している部分もあります.コラムや臨床家の声を読むと,職場の人間関係や親子関係,教育現場における生徒や児童との会話のヒントになりそうなことがあると思います.糖尿病などの慢性疾患の治療を専門とする臨床家のみならず,対人援助を専門としている方やコミュニケーションに関心がある方にも読んでいただければと思います.
 この本を手に取ってくださった皆さんに,是非,MIを臨床や日常の生活の中で少しでもよいので活用していただきたいと願っています.臨床家の皆さんが患者さんの笑顔とともに,充実感を,そしてMIを活用した成果を実感していただけたら,著者である私たちにとってこのうえもない喜びです.
 2020年5月 吉日
 北田雅子


この本ができるまで
 この本の企画は2017年の3月,東京でスタートしました.北田先生・磯村先生の「黄色の本」(『医療スタッフための動機づけ面接法 逆引きMI学習帳』)の第2弾として,糖尿病の患者さんを題材にした本にしようと,まずは「よくある事例」の執筆から始めました.
 完成してみると,黄色の本を読まれた方だけでなく,動機づけ面接の本をはじめて手に取る方や,すでに動機づけ面接を勉強し始めていて「もう少し臨床に活かしたい」と考えている方にとっても役に立つ本に仕上がったと思います.
 北田先生は健診機関で約10年間働かれていただけあって,保健指導や栄養指導など実践的なことについての知識と経験が大変豊富です.今回この本を書くにあたり,医療者向けの論文や教科書を集めるだけでなく,患者さん向けの資料にも片っ端から目を通され,さらに糖尿病の関連学会にも足を運び,現場の専門家の声をひとりひとり聞いてまわって,と,根気強く頑張られていました.糖尿病医療と動機づけ面接という材料を,こんなふうに俯瞰的に一冊の本にまとめられる人はなかなかいないと思います.
 第一部は,北田先生が動機づけ面接のトレーナーとして国内外で開催されているワークショップで収集した情報やそこから得られた知見,そして海外で活躍しているトレーナーの本を参考に,自分が日本国内で実施してきた研修会やワークショップの情報を整理しています.
 第二部では事例集として,実際の患者さんをもとに作成したシナリオを収録しています.北田先生と私が患者役・医療者役を交代で読み合い,夜な夜な楽しく作成し,修正を重ねてできた9例です.3例は私の患者さんとのやりとりをもとに書き進めたものです.
 動機づけ面接そのものに興味のある方は第一部から,実際に糖尿病患者さんとのやり取りに悩んでいる方は第二部の事例集から読んでみてください.目次を見て興味のあるページから,コラムだけ,あるいは事例の一部だけ拾い読みするのもいいと思います.どの箇所にも動機づけ面接のエッセンスが散りばめられています.私たち2人の楽しいやりとりを想像しながら読んでいただけると嬉しいです.
 2020年5月 吉日
 村田千里
 MIに関心を寄せてくださった皆さんへ
 この本ができるまで
 序章 さぁ,動機づけ面接の世界へ
  第1節 動機づけ面接の誕生
  第2節 臨床家が動機づけ面接を学ぶメリット
  臨床家の声(1) ぼくの面談はMIだった!
第1部 動機づけ面接を臨床で使う準備
 第1章 MIの全体像:患者さんの頑張りたい気持ちを引き出す
  第1節 矛盾と両価性
  第2節 間違い指摘反射と心理的抵抗
  第3節 ガイド的スタイルでの面談
  第4節 面談におけるスピリット:PACE
  第5節 面談の4つのプロセス
   ケース1 高血圧と脂質異常症で定期受診中の患者
  第6節 面談スキルの道具箱:OARS
  コラム 2型糖尿病における患者中心の血糖管理の決定サイクル
 第2章 かかわる:患者さんとの関係性の構築
  第1節 関係性の基盤をつくる心構え
   ケース2 定期受診の患者
  第2節 患者さんの頑張りにスポットライトを当てる
   ケース3 病院の待合室での会話と看護師Mさんとの対話
  第3節 関係性の基盤をつくる面談のスキル:複雑な聞き返し
  コラム しあわせのバケツ
 第3章 フォーカスする:面談の方向性を決める!
  第1節 面談の方向性とアジェンダ(話題)
  第2節 フォーカスの3つのシナリオ
  第3節 目標行動が多岐にわたる場合
  第4節 臨床家と患者さんで優先順位が異なるとき
  第5節 情報交換のためのスキル:EPE
   ケース4 管理栄養士と職員の会話
   ケース5 保健師と職員の加熱式たばこの話題
  コラム 多すぎず・そして少なすぎず!〜複合的行動変容(Multiple Behavior Change:MBC)とMI
  コラム 情報を提供する際には「少しずつ味付けをするように」
 第4章 行動変容への動機を引き出す:チェンジトークにチューナーを合わせる
  第1節 「引き出す」プロセスの役割
   ケース6 産業保健師とGさんの会話:喫煙と心電図
  第2節 チェンジトークと維持トークはコインの裏表
  第3節 行動変容のサインをキャッチする
  第4節 チェンジトークを引き出す
  第5節 チェンジトークへの対応:さらに引き出す聞き返しのコツ
  第6節 疑わしいチェンジトークへの対応
  第7節 チェンジトークを弱めに聞き返す
  コラム まだまだ甘いわ…ではなくて,段階を踏むチェンジトークを大事に!
  コラム “なぜ“ “どうして?” 維持トークを引き出す質問
  コラム 聞き返すときのポイント
  コラム チェンジトークには優しく!
 第5章 計画:具体的に計画する
  第1節 計画に移行するときのサイン
  第2節 行動変容への自信とコミットメント
   ケース7 禁煙の計画段階における不安を訴える会社員
  第3節 維持トークと不協和への対応
  第4節 SMARTにゴールを設定する
  第5節 行動計画を具体的に立てる
  コラム 自己効力感とMI
  コラム 海辺で一人,たたずんでいる人に抵抗は生まれない
第2部 事例で見る動機づけ面接 動機づけ面接の臨床への適用
 第6章 診断時における患者さんの戸惑いや抵抗への対応
  事例1 地域における家庭医との会話
  事例2 眼科から紹介されてきた患者さんへの対応
  番外編 思わず苦慮する患者さんからの発言に対応する
  臨床家の声(2) 以前の「PACE」からあるべき「PACE」へ
  臨床家の声(3) EducationとCollaboration ママと一緒に赤ちゃんのために
 第7章 行動変容が難しいライフスタイルへのアプローチ!
  事例3 「難攻不落」といわれている男性との面談
  事例4 継続的なかかわりによって食事面の変化を促す
  事例5 透析予防指導に活かす動機づけ面接
  臨床家の声(4) 患者さんとの協働関係を築くために「間違い指摘反射はちょっと抑える」
  臨床家の声(5) 来談者の自律を尊重し行動目標を決める
  臨床家の声(6) 糖尿病の専門医から「患者さんの抵抗への対処とMIの役割」
  コラム チームの主人公は患者さん
 第8章 患者さんとの継続的なかかわり
  事例6 服薬治療を開始するも血糖値が安定しない
  事例7 2型糖尿病患者さんの合併症管理
  事例8 罹病歴が20年以上の1型糖尿病患者さんとの面談
  事例9 糖尿病による筋力低下を防ぐ
  臨床家の声(7) どんなに短い面談でも動機づけの種はまかれ育つ!
  臨床家の声(8) 患者中心の医療を志す仲間とともにあゆむ

 参考文献,図書
 最後に むらたの独りごと
 〜「おまけ」と「おわりに」〜