やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

改訂第3版の序
 本書の初版は,日本老年看護学会の見地に立ち,「認知症高齢者の看護」と題して2007年5月に発行された.まだこの頃は,認知症の人の多くが“寝たきり老人”と等しく,福祉的にも医療的にも劣悪な環境下にあったが,1999年に認知症治療薬ドネペジル(アリセプト?)が承認されると,介護保険制度とも相まって,認知症高齢者ケアに精通した医療従事者教育が強く求められるようになった.日本老年看護学会でも,老年看護専門看護師とタッグを組んで活動できる認知症看護認定看護師教育プログラムづくりに着手したところであり,また,2000年には日本認知症ケア学会が設立され,認知症ケア従事者や教育研究者らが実践や研究について交流する場が開かれた.当学会認定の認知症専門士資格教育プログラムの開発・運営も始まった.2004年には認知症看護認定看護師の教育が開始され,翌年の2005年12月には「痴呆」から「認知症」に呼称が変更された.
 本書は,認知症ケアの専門従事者の教育体制が整い,新しい認知症ケアの時代を目前に,認知症看護に特化したわが国で初めての成書といってよいと思う.
 第2版は,初版を全面的に見直し,「新版 認知症の人々の看護」と改題し,2013年3月に発行された.発行時からの6年間を顧みると,認知症への早期診断・治療に対する世の中の認識は初版時と比べようもないほどに浸透し,結果,若年認知症の人の告知後の生活と医療上の課題が浮上した.認知症ケアは高齢者固有のケアの問題ではなくなったが,それは,認知症の人の病期(ステージ)と介護期間がいっそう長くなり,また,病態の変化が多様化していることを意味するものであった.ケアのあり方は,かつてのように「長期衰退型モデル」中心の福祉型生活ケアにとどまらず,「衰退型+急性・慢性増悪型モデル」に対応できる,医療と生活を統合し継続的なケアを提供する連携づくりが必要とされるようになった.なかでも,急性期病院における認知症ケアや緩和ケアの医療の質や,多職種連携における看護職のケアマネジメント役割に大きな期待が寄せられた.
 今日,「2025年問題」や「2045年問題」への国家的対応が急ピッチで進められている.人口減少が進むなかで,認知症の人の数は,2012年に約462万人(65歳以上の7人に1人)であったものが,2025年には約700万人(65歳以上の5人に1人)になると推計されている.一方,予防的ケアの推進により,軽症のまま推移する認知症の人や長い病期を持続しつつ生きる認知症の人,長く健康寿命を保持できる高齢者が増えることも予測され,これまでのように認知症の人を単に支えられる側と考えることなく,認知症の人とともにより良く生きる地域づくりにつながる国家的対応が求められるようになった.
 背景には,2025年に「戦後ベビーブーム世代」の全員が後期高齢者人口の仲間入りを果たすこと,また,90歳以上人口が,2025年には3,305千人,2040年には5,507千人に急上昇すると推計されていることなどがある.この激しい人口変動の波は,とくに都市周辺地域の「高齢者の一人暮らし世帯数」の増加を促進し,2025年から2030年頃には700万世帯を超えるといわれている.また,少子化の進行と相まって,子どもも親戚もいない一人暮らしが増えることで,暮らし全般が変化するような問題が生じてくる.この問題は,わが国の家族のあり方や地域文化にも絡み,介護サービスの考え自体を揺るがす大きな問題を含んでいる.これらの地域的変貌を踏まえ,厚労省は2012年6月に「病院や施設を利用せざるをえないという考えを改め,認知症になっても本人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域で暮らし続ける社会」に向けて,施策を転換することを公に発表した(「今後の認知症施策の方向性について」).翌年6月には,人口的地域差を踏まえた各自治体の自主的・主体性に基づく住まい・医療・介護・予防・生活支援の一体的な提供の方向性のあり方を提示した「地域包括ケアシステムについて」を発表し,さらに,2015年に策定され発表した国家戦略「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」には,重要な視点として「認知症本人の視点と政策立案過程への参加」「政策評価への参画」が加えられた.
 今回の改訂第3版は,これらの動向を認知症看護における発想転換の機会と受け止め,初版発行時からの10年間に蓄積されてきた老年看護学と認知症ケアの学識や,多様な取り組みのなかで積み重ねて得られた知恵と経験知,そして,看護臨床の現場の先進的な取り組みの成果のすべてを統合し,認知症の人が暮らし馴染んだ地域のなかで生きる日々に寄り添い支援する活動のあり方を系統的かつ具体的に提案できる構成内容になるよう,前版をほぼ全面的に見直すとともに,各章・節に関係する最新のトピックスや知見などを紹介するColumnを適宜配置した.全11章から成り,執筆者は必要に応じて各章を協働しながら執筆した.
 第I章は「認知症と看護」である.認知症看護の将来を展望しつつ,認知症の人として,また,老いていく過程における「人」としてのケアのあり方や,前向き参与観察に近い姿勢を持って個々に異なる人生,生活,病期,病態と,そこに見出される意味を問いながらケアを進めるプロセスの大切さについて述べる.
 第II章は「認知症看護における倫理」である.認知症の人の早期診断と告知および各病期の時々に起こる他疾患の併発や合併,急変など,種々の治療介入場面で認知症当事者が意思決定する過程におけるケアする側の人間としての徳性や,当事者や家族および家族と看護職に起こりやすいジレンマの構造と対処のあり方について提案する.
 第III章は「家族介護の理解と看護職とのパートナーシップ」では,家族とは何か,また,介護家族とはどのようは家族をいうのか.これらに対する理解力が,不必要な看護介入を防ぐことにつながることについて述べる.また,介護家族の苦悩とそこから立ち上がる介護者のエンパワーメントのプロセス,さらには,この目線に求められるパートナーシップの理念,その倫理的あり方や方法について述べる.
 第IV章は「認知症の人に関連する保健・医療・福祉制度から地域包括ケアに至る流れ」に触れる.介護保険制度以降進められてきた認知症ケアに関するいくつもの施策の変遷を辿るなかで,わが国の認知症ケアの方向性を大きく左右する地域包括ケアシステムにおける看護活動の現実的・将来的役割課題などについて述べる.
 第V章は「認知症の病態と治療」で,認知症の原因疾患とその病態,および診断基準,各病期における中核症状や行動・心理症状の治療的介入,看護アセスメントツールの理解などの知見を示す.担当医と看護職のパートナーシップに基づく意見の共有なしに,病態・病状の回復や安らかな旅立ちへのケアは成り立たない.
 第VI章の「認知症の人びとのケアマネジント」では,第I章からV章を包括し,改めてケアの本質と認知症ケアにおける当事者性の意味,そして,看護観察の重要性とケア環境の見方やアセスメントのあり方や考え方,それに連続するケアマネジメントの方法や戦略について提案する.
 第VII章は「認知症ケアにおけるコミュニケーション」で,認知症の人とのコミュニケーション技術,また,コミュニケーション関係に依拠して繰り広げられる観察やアセスメントがケアマネジメントの企画や生活・環境づくりに作用することについて述べる.そればかりではなく,コミュニケーションの質が治療的ケアやケアマネジメントの質に影響を及ぼすことについても述べる.
 第VIII章は「認知症の人の特性を踏まえた生活・療養環境づくり」で,住まいは,施設・自宅を問わず,その人が持てる生活機能を最大限に引き出す暮らしの場でなければならない.住まいが療養生活に最良となる環境をアレンジメントするための視点と,それを促すアセスメントの方法について述べる.
 第IX章は「治療を受けている認知症の人の看護」で,認知症各病期の時々に病状の変調・悪化,外傷や骨折などによる手術などの緊急を要する事態が起こることはまれではない.また,老年症候群が認知症の病態にマイナスに作用する.これらの多様な病態や病状の早期発見と的確な治療的看護介入のあり方や方法について述べる.
 第X章は「認知症の人のエンド・オブ・ライフケア」である.その人だけの生涯の終わりに寄り添って,尊厳ある旅立ちの時に“終わり良ければすべて良し”の理念と多職種チームに支えられるケアマネジメントの実践的方策について提案する.
 第XI章は「認知症ケアにおける連携システムづくり」である.どの職種も組織も単独で最善のケアを成し遂げることはできない.認知症の人の尊厳を支えつつ,日々時々の多様なニードに有効かつ効率的な活動を実現するには,各職種の持てる知的資源や各施設の全資源を連結させること,また,地域に隠れている資源を発掘し,活用できるチーム力が不可欠である.この実際的方策について提案する.
 国家戦略として「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が目指す方向性を指して新・新認知症時代と呼ばれもする今,この年に,本書の改訂第3版が発行されることを心からうれしく思う.
 本書が,認知症ケアを志す学生や,現場において日々さまざまな問題に直面している方々,また,教育・研修にかかわる方々の参考の書として読まれていることを切に願っている.
 2017年1月
 中島紀惠子
I 認知症と看護
 1.認知症の人の理解
  認知症とは 認知症の人の世界
 2.認知症の人の理解と対応の歴史
  古代〜近代社会と認知症 現代社会と認知症政策
  認知症ケアの移り変わり
 3.人口学的視点から見た認知症
  高齢者人口の推移 認知症の有病率と原因疾患
  若年者の認知症の有病率と原因疾患 認知症の罹病期間
 4.認知症看護の将来
  高齢者の理解 エンド・オブ・ライフの考え方 認知症予防の考え方
II 認知症看護における倫理
 1.道徳的課題に対応する力
 2.道徳的な価値
 3.倫理
 4.認知症の人に生じる二重の困難さ
  認知症の人自身のなかにあるズレ
  高齢者と家族や周囲との関係におけるズレ
 5.認知症の人の意思表示
 6.インフォームド・コンセントと意思決定
 7.認知症の人の意思決定支援
 8.アドボカシー
 9.倫理的分析と意思決定
 10.認知症の人の生命の重み
III 家族介護の理解と看護職とのパートナーシップ
 1.家族とは何か
 2.家族の変化をデータから読む
  平均的な家族のライフコース 高齢者世帯の動向と一人暮し世帯の変化
  認知症家族介護の劇的変化
 3.家族介護の“内実”を知る
  家族介護の「世話」を意味づけるもの 介護困難の内実
 4.家族アセスメントとパートナーシップに基づく援助のあり方
  なぜ家族アセスメントを行うのだろうか パートナーシップに基づく援助の課題
  介護家族同志のパートナーシップ
IV 認知症の人に関わる保健・医療・福祉制度から地域包括ケアに至る流れ
 1.高齢者・認知症の人びとの尊厳を支える諸制度
  成年後見制度 日常生活自立支援事業(旧地域福祉権利擁護事業)
  高齢者虐待防止法
 2.介護保険法
  介護保険制度導入の狙い 介護保険制度を利用する仕組み
  介護保険サービスに求められること
 3.認知症ケア戦略の方向性
  英国(諸外国)の認知症ケアにおける国家的ビジョンと戦略
  わが国の認知症ケアのビジョンと戦略
  高齢者と認知症ケアに関連する保健・医療対策の推移
 4.包括的医療サービスの推進
  地域包括ケア 包括的医療サービスに求められること
 5.地域包括ケアの実践
  大牟田市における地域包括ケア(大牟田方式)
  京都式地域包括ケア(京都式オレンジプラン)
V 認知症の病態と治療
 1.加齢による物忘れと認知症
 2.国際的に用いられている診断基準
  ICD-10とDSM-5における診断基準 認知症の原因となる疾患と診断基準
  認知症の原因疾患の病態と経過 認知症の中核症状と行動・心理症状
 3.認知症の中核症状と行動・心理症状の評価
  中核症状(認知機能障害)の評価 行動・心理症状(BPSD)の評価
  検査の施行にあたっての留意点
 4.治療的介入方法
  薬物療法 非薬物療法
VI 認知症の人びとのケアマネジメント
 1.ケアとケアマネジメントの今日的課題
  看護はケアのひとつの形
 2.認知症ケアマネジメント
  認知症ケアマネジメントに求められる役割 認知症の人に学ぶマネジメントの方法
  回復過程をアセスメントするということ
  当事者本位に集中したケアマネジメントの成果を見るときの視点
 3.認知症の各ステージの回復過程に対応した症状マネジメント
  各ステージに見られる病状の変化とケアマネジメントの視点
  各ステージに求められる生活リズム回復のためのケアマネジメント
  病態を悪化させる症状とケアマネジメント
 4.生活・療養環境に求められるマネジメント
  認知症の人にとっての環境 リロケーション(移転)による影響
 5.在宅・施設ケアに求められるケアマネジメント
  在宅医療を支える医療と介護の協働・連携
  訪問看護ステーションにおけるケアマネジメント
  特別養護老人ホームにおけるケアマネジメント
  介護老人保健施設におけるケアマネジメント 病院におけるケアマネジメント
VII 認知症ケアにおけるコミュニケーション
 1.コミュニケーションの基本
  コミュニケーション不足の正体 コミュニケーションに影響を及ぼす要因
  言語・非言語メッセージの理解
 2.認知症の人とのコミュニケーションの特徴
  アルツハイマー型認知症の進行に伴うコミュニケーションの特徴
  アルツハイマー型認知症以外の認知症疾患における特徴
 3.コミュニケーション能力のアセスメント
  視力・聴力のアセスメント
  言語メッセージを中心としたコミュニケーションのアセスメント
  非言語メッセージのアセスメント 発語発声器官のアセスメント
 4.コミュニケーションへの援助
  コミュニケーションに適した環境づくり
  コミュニケーションの可能性に働きかける 援助者自身の態度や姿勢を振り返る
VIII 認知症の人の特性を踏まえた生活・療養環境づくり
 1.生活・療養環境づくりのための原理・原則
  当事者本位の環境づくり 「当事者」と「人や社会」とをつなぐ環境づくり
  理論と実践を兼ね備えた意図的な環境づくり
 2.認知症の人の特性を踏まえた環境アセスメントと支援の視点
  環境アセスメントのための枠組み
  環境づくりで考慮すべきアセスメントの視点 環境支援の視点
 3.認知症の人の生活・療養環境づくりの進め方
 4.認知症の人の生活づくりの実際
  初期診断における社会環境づくり 社会生活における環境づくり
  日常生活における環境づくり
 5.認知症の人の療養環境づくりの実際
  入院時における療養環境づくり―移転によるストレスの最小化
  転倒転落の予防に向けた環境づくり
  認知症の行動・心理症状の予防に向けた環境づくり 治療環境づくり
IX 治療を受けている認知症の人の看護
 1.看護介入の視点
  認知症の原因疾患・進行度を踏まえた予測的看護介入
  環境への予測的介入―ICFの視点から
  認知症の進行に関与する加齢過程に対する予測的介入
  治療目的とその治療が認知症の人に及ぼす影響のバランスを踏まえた看護介入
 2.身体の変調
  身体の変調とは 病態 アセスメントとケア
 3.せん妄
  せん妄とは 疫学(実態) 病態 アセスメントとケア
 4.大腿骨頚部骨折
  大腿骨近位部骨折と認知症 骨折で手術を受ける認知症の人の看護のポイント
 5.慢性心不全
  認知症の人の生活を知り,苦痛の緩和に努める
  心不全がある認知症の人への支援 家族への対応
 6.がん
  認知症を有するがん患者への理解を深める 意思決定を支援する
  認知症の人の痛み
 7.感染症
  インフルエンザ ノロウイルス(感染症胃腸炎)
  薬剤耐性菌の個室隔離の考え方 感染予防対策
  ADLの低下をいかに最小限にするか
 8.誤嚥性肺炎
  リスクはあっても尊厳を保つ 誤嚥リスクの把握
  誤嚥性肺炎予防のための支援 当事者と家族への説明
X 認知症の人のエンド・オブ・ライフ・ケア
 1.より良い旅立ちに向けてのマネジメント
  旅立ちを意識する時期
  良い旅立ちのための症状マネジメント―終末期の徴候
  エンド・オブ・ライフにおける家族マネジメント
  エンド・オブ・ライフにおけるスタッフ側の諸問題
 2.人の良き旅立ちのあり方
  当事者の状態に目を向ける 当事者の望むありたい最期を支援する
 3.エンド・オブ・ライフ・ケアにおけるケアの基本
  最期の時を心地良く過ごしてもらうために 臨死期症状に対するケア
  チーム医療・チームケアの推進における看護職の役割
 4.家族のグリーフケア
  日々のケアが家族のグリーフケア 家族の良い余韻を残す
 5.スタッフの教育
  日々のケアの意味づけ―ケアを語る
  生活モデルに基づくエンド・オブ・ライフ・ケア教育
XI 認知症ケアにおける連携システムづくり
 1.連携活動の原理
  認知症の人の語る声や記録に突き動かされて 連携活動の原理
 2.連携の構築
  ローカルな実践の発信から
  1つの大規模特別養護老人ホームを解体し,入所者を住み慣れた場所に分散して地域包括ケアを実践させた共同的実践の例
  各地のユニークな共同実践から全国的な共同実践へ
  社会資源をケアに役立つ道具(tool)にする
 3.連携づくり
  連携システムとは どうすれば良い連携を築いていけるか
  チーム医療の回路をつくる 認知症ケアチームの活動を活発にする
 4.認知症ケアに対応した組織間連携の課題
  病院や介護施設の特異性を知ることから
  介護事業の組織と公共的事業組織の連携の多様性
  連携の形態に基づいた活動の特徴
  「切れ目のない連携」を築いていくために必要なこと

 索引