やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 生活習慣改善に対する国を挙げての施策で,最も効果を上げたことのひとつに喫煙率の低下がある.いまとなっては驚きの数字だが,JTの調査では50年前の男性の喫煙率は80%を超えていた.新幹線や飛行機の座席でも普通にたばこが吸えた時代の数字である.しかし,2017年の調査では男性の喫煙率は28.2%まで低下した.この間に国を挙げて行った施策はなんであっただろうか? 昔は,たばこのパッケージに,「健康を害する恐れがある」などとちょっと書いてあった程度であった.しばらくして,書いてある内容が具体的になり,副流煙の被害が明確となってきて,分煙化の推進,禁煙エリアの拡大が進み,さらにたばこの値上げ,たばこ購入時の年齢確認の厳格化など,さまざまな政策が打ち出された.医療としても禁煙の推進や禁煙補助薬の処方などが進められた.このような,きわめて多方面からの取り組みがあり,その結果,大幅な喫煙率の低下に結びついたと考えられるが,これらの施策が出されたのは,「喫煙が健康を損なう・医療費増加につながる」という明確なエビデンスが積み重なってきたからである.
 その一方で運動はどうであろうか? 糖尿病における運動療法は治療上重要な役割を担っていることはすでに多くのエビデンスがあるが,わが国における実施率はいまだに低く,現状では50%程度と推測されている.別の言い方をすれば「運動不足率」が50%もあるともいえる.これは,喫煙率がまだ50%もあるということと同様の感覚で危機感をもって捉える数字と思う.「喫煙」が多くのリスクをもつことと同様に,「運動不足」もさまざまな疾患のリスクを増加させるからである.実際に,わが国における運動不足による関連死は,第1位・喫煙,第2位・高血圧に続く第3位に位置している.また,4番目は高血糖とされていることもあわせて考えると,糖尿病患者における「運動不足率の低下」を推進することはきわめて重要であるといえる.
 糖尿病患者の「運動不足率の低下」を推進するには,医療機関とともに,今後は医療機関以外との連携やより積極的なアプローチが必要と考える.医療機関で言えば,医療者自身が運動不足になっていないであろうか?また,対面式で介入できる糖尿病患者に対して,運動不足を改善するようなアプローチが十分になされているであろうか?というさらなる問いかけが必要であろう.また,患者が医療機関以外から影響されて運動するケースも増えているように思う.たとえば,患者が民間や自治体のスポーツクラブを利用する機会は増えてきたように見えるが,その中身を知る医療者は多くないのではないだろうか.また,2015年10月に創設されたスポーツ庁は,スポーツによる健康長寿社会の実現を目標のひとつとしており,スポーツ実施率向上に向けた取り組みを進め,患者がすでにその取り組みに影響を受け運動を始めている場合もある.さらには,患者がスマートフォンのアプリを利用して,活動量をモニターしているケースも多くなってきた.いつかは,たばこと同じように,「運動不足」に対する大きな認識の変化が生じ,「え,あなたたばこ吸うんですか?」という感覚で,「え,あなた何も運動していないの?」という雰囲気に変わるときが大きなブレークスルーとなる―と願っているが,これは着実な糖尿病診療の積み重ねを含むさまざまな社会的なアプローチの相乗効果により,はじめて成しえるものである.
 このような観点で,本書ではスタンダードな糖尿病の運動療法の情報に加えて,冒頭では鈴木大地スポーツ庁長官をお招きしての鼎談,さらには国・自治体・スポーツクラブ・IoTなど今後に大きな可能性を秘めた情報を第一線の専門家にまとめていただいた.企画者として感謝申し上げるとともに,糖尿病の診療・研究にかかわる多くの方々の一助となれば幸いである.

 2018年4月
 順天堂大学大学院 スポートロジーセンター・代謝内分泌内科学
 順天堂大学国際教養学部 グローバルヘルスサービス領域
 田村好史
 序(田村好史)
特別鼎談 糖尿病医療とスポーツ行政の接点を探る 鈴木大地×河盛隆造×田村好史
巻頭付録 図解 実践レジスタンス運動
 (天川淑宏)
第I部 サイエンス
 1 わが国における運動療法の実態(佐藤祐造・渡邉智之・荒川聡美)
 2 疫学からみた糖尿病患者における身体活動の意義(山田貴穂・曽根博仁)
 3 疫学からみた糖尿病患者における筋肉量・筋力の意義(野村卓生)
 4 糖尿病患者における運動による血糖降下メカニズム(田村好史)
 5 糖尿病患者におけるレジスタンス運動・栄養と筋肥大(藤田 聡)
第II部 プラクティス
 1 糖尿病患者における運動療法の安全性(細井雅之・薬師寺洋介・元山宏華)
 2 糖尿病患者に対する有酸素運動・レジスタンス運動による介入研究のまとめと有酸素運動の目標値(東 宏一郎)
 3 レジスタンス運動の目標値とその実践(天川淑宏)
 4 1型糖尿病における運動療法の意義と注意点(松久宗英)
 5 実践例
  1.独自アルゴリズムによるメディカルチェックの効率化:三咲内科クリニック(栗林伸一)
  2.“CDPA”サイクルの実践と運動指導の地域病診連携:太田綜合病院附属太田西ノ内病院(星野武彦・鈴木 進・清野弘明)
  3.1型糖尿病における実践的運動計画フローチャート:南昌江内科クリニック(前田泰孝)
  4.大学病院×フィットネスクラブ連携による糖尿病運動療法指導の試み―いま,糖尿病患者が運動療法指導を受けるには?―:獨協医科大学埼玉医療センター(原 健二)
  5.IoTを活用した運動療法の実践支援:あいち健康の森健康科学総合センター(野村恵里・津下一代)
 6 運動・スポーツにかかわる国・自治体の動き
  1.健康に向けたスポーツの振興―スポーツ庁の取り組み―(安達 栄)
  2.地域における健康長寿社会構築のための戦略(久野譜也)
 7 フィットネスクラブの取り組み
  1.事例a:株式会社カーブスジャパン(齋藤 光)
  2.事例b:セントラルスポーツ株式会社(國井 実)

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