やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 いま,日本の認知症の人に対する対応は新たな段階に入った.これまで認知症を支えてきた地域住民の理解向上や行政的支援だけでは対応できず,認知症の専門家の積極的なかかわりが切実に必要とされているのである.これは,認知症高齢者が462 万人(推計),認知症を発症する可能性のある軽度認知障害(MildCognitive Impairment;MCI)の高齢者が約400 万人(2012 年,厚生労働省研究班報告)と,予測以上に認知症の人の問題が深刻であり,また,それらの認知症高齢者がさまざまな症状や疾患を合併して複雑な問題を呈している事実が明確になってきたためと推測される.
 この新たな段階において,医療職で唯一の,生活全体の支援者である看護師の役割は大きい.「全体論的視点からみた老人看護の展開」の著者であるドロレスは,心と身体,精神をもつ全体的存在としての人間が自分を取り巻く環境とのあいだで展開するダイナミックなやりとりを通じて変化してゆく過程を支えるのが看護であるとしている.まさに,認知症の人は全体的存在として,人・場所・物など環境とのあいだでダイナミックなやりとりをしながら複雑な問題を示す.2012 年に始まった「認知症対策5 カ年計画(オレンジプラン)」では,困難な様相を呈する認知症高齢者に対し,解決に携わる職種による,個別の「地域ケア会議」が推進されている.また,一般病院において認知症の人のBPSD(Behavioral and PsychologicalSymptoms of Dementia)に対応しきれず,認知症の人が精神科病棟へ転院させられるという現状に鑑み,病院(約8,700)1 カ所あたり10 人(医師2 人,看護師8 人)の医療従事者が認知症研修を受けることが目標とされている.
 医療職で生活援助者である看護師独自の視点は,認知症の病態を理解し,認知症の人の24 時間の日常生活がどのように認知症によって影響されているか,環境との相互作用のなかでどのように認知症の人が問題を抱えてゆくかを1 つひとつ見極めながら,全体的視点で援助することである.とくに,認知症による障害や加齢変化によって喪失する部分を踏まえながら,長い生活史で身につけた力と,年齢を加えるごとに発達する精神的側面を問題解決に取り入れてゆく.このような視点をもつ看護師が,いまや国全体の問題である認知症の人の支援において大きな役割を果たしてゆくはずである.
 本書は,以上の考えにもとづき,看護師が活用できる看護プロトコルを示したものである.第1 章では,認知症の人を全体論的視点で捉えるための基本的な知識・考え方を示した.基本としてもつべき「認知症の人の捉え方」,看護師独自の視点の基盤となる「認知症の病態」,看護師独自のケアの視点である「BPSDと認知症の人の日常生活」について述べている.第2 章では,日常生活動作(食事,排泄,入浴,睡眠)とBPSD(徘徊,収集行動)の看護プロトコルを紹介している.すべて各執筆者が調査した結果にもとづいて作成した,エビデンスのある看護プロトコルである.第3 章では,生活場所の変化や人的・物的環境との相互作用を捉える視点で,環境変化に対する興奮,生活における自己決定,独居生活についての看護プロトコルを示した.これも,すべて各執筆者の調査の結果にもとづいて作成されている.第4 章では,肺炎,慢性心不全,疼痛,終末期という医療問題のある認知症の人に対する看護プロトコルを取りあげた.すべてが各執筆者の調査結果にもとづいて作成された看護プロトコルではないが,これらは今後の認知症ケアの焦点になると考えられる.
 本書が皆様の厳しい批評を受け,認知症の人の看護の礎となることを期待する.
第1章 認知症の人に必要な看護とは
 1 認知症の人の捉え方(山田律子)
  認知症の人が体験している世界に身を置くこと
  当時者主体の視点
  認知症の人の本質を捉えることと,病態の理解
  老年期を生きる人としての理解
  認知症の人にとっての環境の意味と調整の重要性
  BPSDの背景を認知症の人の視点で捉え直し,看護を探求すること
 2 看護を展開するうえで必要な「認知症の病態」に関する知識(山田律子)
  認知症の定義と診断基準にみる看護の方向性
  認知症の種類(原因疾患)と経過(重症度)に応じた看護
  認知症の薬物療法
 3 BPSDと認知症の人の日常生活(高山成子)
  BPSDに対する対応の原則
  BPSDの発現および増悪に影響する因子のアセスメント
  特徴的なBPSDの分類
  認知症の経過とBPSD
  BPSDと日常生活と看護
 4 看護プロトコル(高山成子)
  プロトコルとは
  看護におけるプロトコルの意味
  看護師における,認知症の人の看護プロトコルの必要性
  本書の看護プロトコルの特徴
  看護プロトコルの活用の仕方
第2章 認知症の人の日常生活行動への看護プロトコル
 1 徘徊の看護(大津美香)
  活動(歩行)について
  認知症の人の徘徊にみられる特徴
  徘徊がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 徘徊がある認知症の人の看護プロトコル
 2 食事の看護(山田律子)
  食べることについて
  認知症の人の摂食嚥下障害にみられる特徴
  摂食嚥下障害がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 摂食嚥下障害がある認知症の人の看護プロトコル
 3 排便障害の看護(西山みどり)
  排便障害について
  認知症の人の排便障害にみられる特徴
  排便障害がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 排便障害がある認知症の人の看護プロトコル
 4 入浴の看護(高山成子)
  入浴拒否・攻撃行動について
  認知症の人の入浴にみられる特徴
  入浴拒否・攻撃行動がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 入浴拒否・攻撃行動がある認知症の人の看護プロトコル
 5 収集行動の看護(渡辺陽子)
  他者・物との関係(収集行動)について
  認知症の人の収集行動にみられる特徴
  収集行動がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 収集行動がある認知症の人の看護プロトコル
 6 睡眠の看護(萩野悦子)
  睡眠について
  認知症の人の睡眠障害にみられる特徴
  睡眠障害がある認知症の人の看護プロトコル
  まとめ
  図 睡眠障害がある認知症の人の看護プロトコル
第3章 認知症の人の生活のあり方への看護プロトコル
 1 入所直後の混乱の看護(久米真代)
  入所直後の混乱について
  認知症の人の入所直後の混乱にみられる特徴
  入所直後の環境適応の看護プロトコル
  まとめ
  図 入所直後の環境適応の看護プロトコル
 2 生活における自己決定の看護(渡辺陽子)
  自己決定について
  認知症の人の自己決定にみられる特徴
  自己決定の看護プロトコル
  まとめ
  図 自己決定の看護プロトコル
 3 独居生活者の看護(久保田真美)
  独居生活者について
  認知症高齢者の独居生活にみられる特徴
  認知症高齢者の独居生活の看護プロトコル
  まとめ
  図 認知症高齢者の独居生活の看護プロトコル
第4章 医療問題のある認知症の人への看護
 1 心不全のある認知症の人の看護(大津美香)
  心不全について
  心不全の症状のアセスメント
  心不全のある認知症の人の症状悪化を予防するための看護
  まとめ
 2 肺炎のある認知症の人の看護(菅谷清美)
  肺炎について
  肺炎の症状のアセスメント
  肺炎のある認知症の人の症状悪化を予防するための看護
  まとめ
 3 疼痛管理が必要な認知症の人の看護(加藤泰子・久米真代)
  疼痛・疼痛管理について
  疼痛症状のアセスメント
  疼痛のある認知症の人の症状を緩和するための看護
  まとめ
 4 終末期にある認知症の人の看護(西山みどり)
  終末期について
  終末期にみられる症状のアセスメント
  終末期にある認知症の人の全人的な看護
  まとめ

 索引