やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 「高齢者の日常生活の看護技術は基礎看護技術の応用である」といわれている.
 では,“どのように応用すればよいのであろうか”,あるいは,“基礎看護技術の原則を高齢者の特性に当てはめることは本当に可能なのだろうか”,そもそも,“老年看護独自の看護技術があるのだろうか”.
 私達は,高齢者の療養の場で学生とともに老年看護学実習を行いながら,高齢者の日常生活の看護援助には,高齢者の特性に応じた独自の高齢者看護技術が必要であると考えるようになった.
 看護師養成教育の指定規則に老年看護学が取り入れられるようになったのは,1989(平成元)年であった.それから20年以上が経過した現在,わが国の老年看護学および老年看護学教育は飛躍的な発展を遂げた.高齢者看護技術としてのヘルスアセスメント,老化や転倒などの予防的看護方法,認知症ケア,廃用症候群や誤嚥・脱水・失禁・便秘・褥瘡・骨粗鬆症などの老年症候群に対する援助方法,高齢者特有の疾患に対する治療・検査,ならびにその看護援助方法についても研究が進んでいる.しかしながら,長期にわたる療養生活を送る高齢者や,急性期病院で短期間の入院・治療を必要とする高齢者の日々の生活を支える看護技術は,まだまだ看護師達の経験に頼っているのが現状といえよう.
 高齢者看護独自の日常生活援助技術が明確になっていない現在,老年看護学の実践経験が乏しい看護学生や新人看護師は,どのようにして高齢者への看護技術を学び,身につけたらよいのであろうか.そこで,本書は,看護学生や新人看護師および高齢者の看護援助に苦慮している看護師を対象に,高齢者との信頼関係を形成することを基盤として,高齢者自身が持っている目に見える能力を活用し,潜在化している能力を引き出し,個々の高齢者に応じた快く安全な看護援助が実践できることを目指して執筆した.臨床の場で経験豊富な看護師達が行っている看護援助を写真にし,高齢者の特性を反映させて,言語化した.すべての看護技術がエビデンスをもとにしたものばかりではなく,今後の研究に委ねられているものも多い.しかし,少なくとも現時点では,臨床現場の矛盾や葛藤を踏まえ,高齢者のQOL(生命・生活・人生の質:Quality of Life)の維持・向上をめざして,建設的・創造的な看護援助方法として解説している.高齢者の状況に即して柔軟な発想で執筆し,基礎看護技術の手順書に一石を投じている.
 本書で解説した看護方法は,今後,エビデンスの蓄積とともに変化し,確実に技術化されることが期待されるものである.写真に示された看護援助のプロセスを臨床で行われている一例として学び,自身が関わる高齢者一人ひとりの特徴に合わせて工夫してよりよい看護援助を提供していただきたい.
 第1章「高齢者の日常生活を支える看護」では,高齢者の日常生活の看護援助の総論として基本となる考え方や看護師が心がけることを解説した.第2章「高齢者の動きの制限を支える看護」は,移動・移乗の援助の際に活用していただきたい内容であり,食事,排泄,清潔行動に関する看護援助を行う時に必ず一緒に読むことをお勧めしたい.第3章「高齢者の生きる活力となる食事の看護」,第4章「高齢者の快適な衣生活の看護」,第5章「高齢者の気持ちよい排泄の看護」,第6章「高齢者が活性化する清潔の看護」は,それぞれの看護援助を行う時に活用していただけると幸いである.
 なお,本書はカラー写真とイラストを用いて,看護援助のポイントやプロセスを中心に解説している.
 急性期病院における入院期間は短縮化の一途をたどっている.疾患の治療が円滑に行われても,過度な安静によって,廃用症候群が進行し,日常生活動作能力が低下してしまっては,高齢者は元の生活に戻れなくなってしまう.また,長期療養の病床では,看護師の配置数に対する高齢者の人数は一般病床よりも多い.高齢者の個別性に応じた看護援助が提供しにくい現状ではあるが,流れ作業になってしまっては高齢者のQOLは守れない.老年看護学の臨床の場では,原理原則だけでは解決できない課題や倫理的葛藤を感じる場面が山積している.“高齢者だから”“看護師が少ないから”と諦めずに,高齢者の日常生活を発展的に追求し,支えるのが看護師の役割であることはいうまでもない.これからの超高齢社会では,老年看護学が構造基盤をなし,高齢者の日常生活の看護技術の更なる向上が必須となるであろう.本書がその一助となれば幸いである.
 本書の写真は,実際の病院で,実際の患者様に提供していただきました.写真提供にご協力いただいた高齢者の皆様は「私が若い看護師さんの役に立つのなら,こんなに嬉しいことはない」とおしゃってくださいました.このような 貴重な機会を与えてくださいました高齢者の方々に厚く御礼申し上げます. また,写真撮影をご支援いただきました,医療法人康麗会越谷誠和病院の真々田美穂看護部長様,橋本由美子看護係長様をはじめスタッフの皆様,さいたま市立病院小川裕美子副院長兼看護部長様をはじめとするスタッフの皆様のご厚情とご協力に深く感謝申し上げます.最後に,私達が長年の教育・研究活動の中で出会えた中村尚三様,中村ふみ様,成田尚子様には多大なるご協力を賜りましたことを深く感謝するとともに,厚く御礼申し上げます.
 2012年8月
 大塚眞理子
 はじめに
第1章 高齢者の日常生活を支える看護(大塚眞理子)
 I.要介護や虚弱な高齢者の理解と看護
  1)超高齢社会を生きる高齢者
  2)要介護高齢者や虚弱高齢者・超高齢者
  3)要介護高齢者への看護の姿勢
 II.日常生活援助技術の基本的な考え方
  1)高齢者の日常生活援助技術の意味
  2)高齢者の日常生活援助技術の指針
 III.日常生活援助技術の評価と今後の課題
  1)評価を繰り返し,他のスタッフと共有する
第2章 高齢者の動きの制限を支える看護(國澤尚子・大塚眞理子)
 I.看護援助の意義
 II.高齢者の動きの特徴
  1)筋力低下や関節拘縮による動きの制限
  2)姿勢の変化や歩行機能の低下による危険性
 III.看護援助の特性
  1)高齢者に安心感を与え,高齢者の信頼を得る
  2)高齢者の運動機能に合った適切な道具の使用
  3)やさしい見守り
  4)高齢者に合わせた一体化した自然な動き
 IV.歩く・立つ・座る・寝返りの看護援助
  1)歩くことを支える
  2)立ち上がりを支える
  3)座る動作を支える
  4)寝返りを支える
 V.トイレ移乗の看護援助
第3章 高齢者の生きる活力となる食事の看護(服部 都・大塚眞理子)
 I.看護援助の意義
 II.気をつけたい状況
 III.看護援助の特性
 IV.座位での食事の援助
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・食事の選択 ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 V-1.嚥下障害がある高齢者への食事の援助
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・食事の選択 ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 V-2.片麻痺がある高齢者への食事の援助
  ・看護援助のプロセス
第4章 高齢者の快適な衣生活の看護(田中敦子・高地尚美)
 I.看護援助の意義
 II.気をつけたい状況
 III.看護援助の特性
 IV.ベッド上での更衣(臥位.高齢者のからだや思考に寄り添った看護援助)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・衣服の選択 ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 V-1.浴室・脱衣室での更衣(座位.高齢者の能力発揮や発展性を志向する看護援助)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・看護援助のプロセス
 V-2.浴室・脱衣室での更衣(臥位.高齢者のからだや思考に寄り添った看護援助)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・看護援助のプロセス
第5章 高齢者の気持ちよい排泄の看護(丸山 優)
 I.看護援助の意義
 II.気をつけたい状況
 III.看護援助の特性
 IV.援助方法の選択
 V-1.ベッド上でのおむつ交換(臥位)陰部洗浄
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・物品の選択 ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 V-2.トイレでのおむつ交換(パンツ型おむつ)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・物品の選択 ・必要物品 ・看護援助のプロセス
第6章 高齢者が活性化する清潔の看護(善生まり子)
 I.看護援助の意義
 II.気をつけたい状況
 III.看護援助の特性
 IV.高齢者に特有な清潔ケア実践上のポイント
  1)高齢者の皮膚の特徴を知る
  2)加齢による免疫機能低下
 V.ベッド上での全身タオル清拭(全介助)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 VI.浴室での清潔介助 機械浴(全身浴)
  ・看護援助のポイント ・アセスメント ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 VII.足浴・手浴(部分浴)
  ・看護援助のポイント ・必要物品 ・看護援助のプロセス
 VIII.爪・耳のケア
  ・看護援助のポイント ・爪や耳の病変 ・必要物品 ・看護援助のプロセス

 文献